大切だとか、守りたいだとか、愛してるだとか、そんなの要らない。
あたしを統べることが出来るのはあたしだけなの。




 
( 亡國覚醒カタルシス )




「もう、二人だけかな」

萩がぽつりと呟く。あたしは分かってるのに、返事をしない。 なんだかすべてが劇場めいてきていて、この夕闇も、この言葉も、 この存在も。なんて贅沢な装置なんだろう。あたしと、 萩のためだけにある装置。

いままでただ生きたいと願って闇雲に、人を殺めてきたけれど、 気づく、この瞬間のためにそうしてきたんだと。 嗚呼、どうしても最後に、会いたかったの、 最後に会うのはあなただって決めていたの。 たとえ哀しい結末しかここに、用意されていなかったとしても。

「、なにを考えてるの?」
「たぶん、萩と同じこと」

この麗しいときに、どうやってさよならを告げるのが、 いちばん相応しいかということ。 もう生きていることや死んでいることを、 過小にも過大にも評価しない。あたしの生は清廉潔白だし、 萩の生もおなじだけ清廉潔白だ。あたしたちは、 お互いに会いたかったからたくさんの屍を超えて、 お互いに殺したかったからたくさんの愛を超えて。

萩がナイフを取りだしたのを視界の端に入れて、 あたしは黙って萩の肩にもたれかかった。

「終わり?」
「ううん、終わりのはじまり」

あたしが堪えきれなくなってくすくす笑うと、 萩は「なにが可笑しいの?」と言いながら、 自分もくすくすと笑っていた。緊張感は変わらずある。 それが心地良くて、あたしと萩は顔を見合わせて微笑みあう。 すると萩がおもむろにナイフを手首に当てて、 それをぐいと手前に引っ張った。

見る見るうちに萩の左手首に血が滲む。

やがてつうっと流れ出したそれは、地面に落ちて血溜まりを作った。 いままで忘れたふりをしてきたけれど (そう、生まれたときから忘れていた)、血は赤いのだ。

あたしは萩の血ならいくらかぶっても構わない。 だからあたしのために血を流して、永久に、血を流して……「以外のために流す血なんて一滴もないよ」って、 世界を睨みつけて欲しいの。

「貸して」
「どうぞ」

そう言って、萩が渡してくれたナイフで、 あたしは自分の右手首に傷を付ける。痛みなんかすこしもない、 血管を引きちぎるぷちぷちって僅かな感触が、ただ聞こえて、 それで出てきたあたしの血も萩のと同じように赤かったから、 なんだか嬉しくて涙が溢れそうになった。 こんな場面での涙はきっと雄弁すぎると思うから、一所懸命に堪えて。 萩の左手とあたしの右手が重なって、血が混じり合う。 どんな行為よりも清々しくて、気持ち良かった。 萩も感じてくれてると良い、あたしの鼓動を。

あたしたちはふたりともパラサイトなのだ、 赤い血を媒介にすればあたしたちは、なんにだって侵蝕出来る。

繋いだ手をぎゅっと握りしめると、ぬるぬるした血の感触がくしゃり潰れた。 キリストのように磔刑にしてもらえたなら、 このヴァイタルは光よりも速く地上を満たすだろうか?

「『狂ってる』って、誰かに言われたわ、笑ったら」
「……知ってた? 狂気って薔薇色をしてるんだ」
「そんなふうに思ってるの、あたしと萩だけよ」




人と人が惹かれあうのには理由がある。




「」

萩の言葉を合図に、 あたしは持っていたナイフを萩のみぞおちのあたりに宛がった。 萩はあたしの大好きな微笑を浮かべながら、 あたしのこめかみに銃を向ける。

「楽に死なせてあげるから」
「あたしは嫌よ、萩を楽になんて死なせてあげない。 あたしは我が儘だから」

甘美な時間はこれから先もずっとつづくだろう。それは或る種の約束。 だって思い出に縋って生きるなんて、哀しすぎるじゃない。

「さよなら、」
「さよなら」

赤い血が、降る、しんしんと。




  to be continued...