虐められるなんて柄じゃないのはよく分かってるけど、
現に虐められてるのだから不思議。手首に何本も走った傷は、
虐められてる所為じゃない。むしろこれがあるからこそ
虐められてるのだと知るけれど、知ったところでなかなか
止められることではないし、生きているのはやっぱり辛い。
愛は死にある。死こそ愛のすべて。現世に繋ぎ止めておきたいのなら、
それ相応の対価を支払ってもらわなくちゃ困惑してしまう。
学校に行かなくたって勉強は出来るのだし、
こうしてなかば不登校のようになってることだって、
いけないとは思わないし、おかしな思想を除けば、概ね人生は良好。
「帰るのか」
「……日吉。なんであんたが此所にいるの?」
靴箱の前で、ローファーに入れられた土を払っていると、
背後から気配と人の声。まったく靴に土なんてまたしても悪趣味。
よっぽど暇なのか、あたしを嫌いなのか、
たぶん両方だろうけれど、こんなところ日吉に見られるのは嫌だったな。
「滝さんがメールで知らせてきた」
「そう。滝もつくづくお人好しよね」
同じクラスにいるんだから、こんな回りくどいことしなくても、
堂々と助けてくれたら良いのに。そうしたらあたしは喜んで、
滝に出来るかぎりの感謝をするかもしれないじゃない?
ヒロイックになるにはそれで十分。
「おまえ、滝さんに少しは感謝しろよ」
「してるわよ。ただ日吉を此所に差し向けたのが気に入らないの」
そう、滝が心配してくれてるのは知ってる。だからって日吉を、
よりによっていちばん会いたくない日吉をあたしの前に送り出す
なんて馬鹿な真似、やめてもらいたいものだ……どうして
あたしが日吉に会いたくないか、分かってるんでしょう?
靴を履くために屈んだ瞬間、菊の花がはらりと髪から抜け落ちた。
黄色いかたまりがころころと転がって、日吉の足もとで止まる。
「あ」
思わず声を漏らして、そして日吉の足がそれを踏みつけた。
「こんなもの挿して、馬鹿か?」
「馬鹿じゃないわよ。良い花じゃない、趣味が悪くて」
日吉の上履きから黄色い花弁が生えている。
踏まれた菊はくすんくすん泣いているように見えた。
感傷かもしれない、なんだかトラジックになっているのはあたしの方だ。
ローファーのなかに入れた足が残った土を踏みつけて、
あまり良い心地はしなかった。
「」
日吉の声で名前を呼ばれると、身体が強張るのはどうしてだろう。
猫に睨まれた鼠みたいな気持ちがする。
サディスティックな日吉にこれ以上馬鹿にされるのは、
とても遣り切れない気がした。誰にだって馬鹿にされたくない。
その程度にはあたしは強いはずじゃないか。
日吉のそれが決して悪意からくるものではないとしても。
「辛かったら泣いても良いんだぞ」
「…………!」
ぱちん、と軽快な音がひびいた。
自分で自分のやったことがよく理解出来なくて、
痛む右手を握りしめ、走りだす。そんなつもりじゃなかったのだ。
走りながらあたしは泣いた。
なんだか百年分の涙が溢れてくるような、そんなかんじがした。