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「此処ってどう見てもあたしの部屋なんですが。あたしにはそう見えるんですが」

もしかしてこの美少年には異世界が見えてるんじゃないか。
美少年は往々にして電波をキャッチしてしまいがちなものだ(ったら良いな)
入口に立ち尽くしてるのもアレなので。
取り敢えず閉めたばかりのドアを開け、美少年を外にお出ししようと。
兎にも角にもヤバイ人にはお帰り願おうと。

「ですので、是非お帰り下さい」
「いえ、僕が来たのは其処からじゃなくてですね」
「はて?火星でしょうか水星でしょうかはくちょう座のデネブでしょうか?
「いえ、地球なんですけどね」

もう一人のノビ太くんが居る地球でしょうか?」

もう一人のノビ太くんは超天才なのだ。

『未来から来たロボット?ハッ、馬鹿馬鹿しい。そんなの俺が作ってやんぜ!』

ってなもんである。
ということは!
この美少年の故郷(=超天才ノビ太くん在住の地)に居るかもしれないもう一人のあたしは
不美人・どアホ・金持ちである可能性が高い。

「いえ、ノビ太くんは漫画ですよ」
「そうですか。実はそうですよね」
「僕は寮に帰って自分の部屋の扉を開けたんです」

「そして宇宙船に乗ってはるばるこんな場所まで」

違いますッ!あなたのようなアホには付き合ってられませんッ!」
「ええ、ですからネス湖でもシベリアでもオーロラの彼方でも
 ぜひ美少年殿のあるべき場所へお引き取り下さい」

たまになら電波交信しても良いですから。
ペンパルくらいにならなっても良いですから。

「違うって言ってるでしょうッ!
 今から言う本を10分以内に最寄りの『ぶっく・おふ』で買って来なさいッ!」
「と、言われましても生憎お財布が軽量級なので・・・」
「お金なら差し上げますッ!」


というわけで美少年からいただいてしまった1000円札で言われた通りの本を買い。
お釣りで煙草を買えるだけ買い。
ほくほくえびす顔で凱旋を果たしたところ。

取り敢えず殴られました。

「遅いッ!何分経ったと思ってるんですか!」
10分弱でしょうか?」
43分22秒ですッ!さあッ、本を出しなさい、お釣りを返しなさいッ!」

パッションピンクのベッドの上にふんぞり返る美少年に。
恭しく本とお釣りを差し出したところ。

また殴られました。
そろそろDVの域じゃないですか?
ディーヴイ、ドメスティックV。
・・・ドメスティックVって栄養ドリンクの名称みたいで素敵ですね。

「50円じゃないですかッ!僕は幾ら渡しましたっけ、1000円ですよねえ!?
 この本の定価700円ですよ!中古で950円になるわけないでしょう!?」
「あの、どくだみ茶でよろしかったら・・・」
「僕は高血圧じゃありませんッ!そんな心配するくらいなら、黙ってて下さい!」

と言われてしまったので。
ぜえぜえ息をしながら本を捲る美少年のお膝元に正座して。
待ちますよ、その間に地球が何回転しようとも。

「嗚呼、あったあったありました。ほらご覧なさい」

せっかく覚悟を決めてたのに。
美少年は間もなく目当ての箇所を見つけたらしく。
開いたままの本をあたしにくれました。

なになに。
ふむ。

『聖ルドルフ学園 観月はじめ』

ふむ。
ふむ。

かんづきはじめ?

感付き始め。

ふむ。


それで?


「僕です」


ふむ。
ふむふむ。


『漫画に出てるなんて凄いですね』


と言った方が良いのだろうか。
それとも黙って拍手を送れば良いのだろうか。
分からないぞ。
この美少年は何が目的でこんなものを買いに行かせたというのか。
自慢したかったんだろうか。

「反応が薄いですね」
「凄い!凄いですね!あたし漫画に出てる人なんて初めて見ましたっ!」

ぱちぱちぱちぱちぱちぱち。
美少年があまりに不服そうだったので、慌てて拍手と賛辞を。

肖像権の使用料はお幾らくらい貰われたんですか?」
「生みの親に肖像権は委ねられてるんですッ!」
「さぞかし親御さんはがっぽがっぽ儲かってらっしゃるんでしょうね」
「そうでしょうね。漫画家部門なら長者番付にも載るくらいですから」
「それでは美少年なうえに富裕層に属してらっしゃるんですね」

「あなた、意味分かってます?」

「いえ、あの、肖像権と利益の関係はいまひとつ・・・」
「違いますッ!」

やっぱり帰ってもらおう。
いくら美少年でもカルシウム不足しがちな人には帰ってもらおう。
それがいい、それがいいなり


「最寄りの交番までご一緒し
「僕は漫画のキャラで、生みの親はコノミ!コノミが作り出した僕の親は演歌歌手と農業を営んでいて、僕はどうやら漫画の世界から一時的に此処!いわばパラレル・ワールド!に来てしまったみたいなんですッッ!」


なーるほど。
よく分かった。法律相談所の行列に並ばなくてもよーく分かった。
要するにこれは、なんとなくメタな展開をしてるのだな。
疲れてたらこんなこともちょくちょく頻繁にあるだろう。
深く考えちゃいけないよ、ボーイズ。
ボーイズ・ビー・アンビシャス。

「部屋に入ったつもりが何故か其処の」

と、美少年キャラ・観月はじめはトイレのドアを指さしました。

「其処の扉から出てきてしまって、
 え?と思って振り向いたところ、すでに後ろはお手洗いだったんですよねぇ」
「はあ、それはそれは大変でしたね」
「ですから帰れるまで、あなた・・・名前を伺ってませんでしたね」
と申します。ぴちぴちの18歳です」
「そうですか、僕は15歳ですけどね」

「それがどうした若けりゃいいってもんじゃねーぞ、ガキ」

「少なくともお肌だけは若い方が良いと思いますけど」

「何か仰いましたか?」
「いえ、僕は何も言ってませんよ」

火花散る金曜の夜。
漫画のキャラを暴行してもおまわりさんに連行されるんでしょうか。
罪状はなんだ、著作権侵害か。
ん?ああそうだ、著作者!
この漫画、なになに『テニスの王子様』?
これを描いてる人のとこに連絡したらいいんじゃないか。

『あなたの描いたキャラが不法侵入してきたので引き取ってください』

・・・・・・・・・これじゃあ、ただの電波な人だ。

「あの、あたしお腹空いたんですが」
「奇遇ですね、僕もです」
奇遇っていうか人間の基本構造なんで、当然っていうか」
「どうしていちいち突っ掛かるんですか」
「理由を述べても良いのでしょうか?」
「どうぞ、構いませんよ」

あたしはただの一介のごくごくオーディナリーな女子大生なんですよね。
女子大生の夜といえばウフフなことがたくさんあるはずなんですよね。
それがどうでしょう。
どうしてこんな美少年もとい美ガキに振り回されなきゃいけないんでしょう。
一人でのんびりまったり過ごしたいんです、あたし。


「かんづきはじめがムカツク。疾く帰れ。漫画の中に今すぐ帰れ」


ぷちぷちといろいろ、切れちゃいけないものが切れた音がしました。


「アホなこと言うんじゃありませんッ!
 僕だって帰れるものなら帰ってますッ!」


「アア?アホはどっちだ、この電波男!美ガキ!」

でんしゃ男じゃありません、でんぱ男です。


まだまだ続きます。