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「なんですかこれは・・・?」

愛用5年のちゃぶ台にどーんと置かれたディナーディッシュを見て。
かんづきくんは溜め息のような声を漏らした。
たぶんあまりの素晴らしさに感動してるのだろう。

「ほら、小麦粉?と、あんこパンマンチョコ」

あんこパンマンチョコなんか高いんですよ。
ABCチョコなんかより断然高級なんですよ。
それをわざわざ出してあげるあたしはまるで菩薩さまのようじゃないか。
三十三間堂にでも東大寺にでも心ゆくまであたしを祭るがいい。
そしていっそゆきちをお賽銭にするがいい。

「なんですか・・・?」
「だーかーらー!小麦粉とあんこパンマ」

「それぐらい見れば分かりますよッ!」

「え?じゃあどういう・・・」
「これはいったい何なんですか!と聞いてるんですッ!」
「だから小麦粉とあんこパンマンチョ・・・」
黙らっしゃい!これがお夕食なんですかって聞いてるんですよ!」
「そうだよ。感動して声も出ないでしょ
「声は出てますし、感動なんかするわけないでしょう」

静かにそう言って、かんづきはじめはお皿を手に立ち上がった。
あたしの貴重な食料をどうする気だよ・・・と思って見てると。
台所にある生ゴミ用のゴミ箱の蓋を華麗に開け放って。
ぼたぼたと容赦なく小麦粉を落下させて下さった。

「ちょっ!晩ご飯!あたしの晩ご飯!!」
「こんなもの食べるくらいなら死んだ方がマシですッ!」
「贅沢は敵だって小学校で習ったでしょ!?」
「戦時中の人間ですかッ!」

さて戦後数十年のうちに、日本は高度経済成長を迎えまして。
三種の神器が『テレビ・洗濯機・冷蔵庫』の時代は何処へやら。
今や冷蔵庫が1ドアなだけでちょっと馬鹿にされる時代です。
冷凍庫がなくちゃいけないっていう法律でもあるんですか?
野菜室がないなら野菜食べるなってことですか?

ときどき映らなくなるテレビデオはもはや旧時代の産物ですか?

電子レンジが存在しない家は竪穴式住居のようですか?

「うわあ・・・見事になにも入ってませんね」
「冷蔵庫を勝手に開けないでください」
「なに言ってるんですか。冷蔵庫は開けるためにあるんですよ」

ああそうだよ、あたしが開けるためにな。
じゃあオマエはあれか?
道行くオッサンの社会の窓とかも『開けるためにあるんですよ』つって勝手に開けるのか?
そうか、かんづきはじめは変態だったのか。
マイケル被告のようにいたいけなキッズオッサンを手籠めに・・・・

「また変なこと考えてるんじゃないでしょうね」
「いいえ、滅相も御座いません」

河童に似てる人に「あなた河童に似てますね」と言っちゃいけないように。
変態に「あなた変態ですね」と言っちゃいけない。
気にしてることを人から言われるのってちょっと耐えられないもんね。

は普段、何を食べてるんですか・・・」
「霞とか?」
仙人ですかッ!真面目に答えなさい」

そう言われてじっくり考える、今日は何を食べたっけ?
朝は時間もお金も夢も希望もなくて食べなかったし。
昼は水と板チョコ半分と・・・ニコチン?
おやつに水と・・・水と・・・水と・・・水?

「今日はチョコしか食べてないですね」
「昨日はどうなんですか、昨日は」
「昨日も似たようなもんかな」
「・・・ちょっと待ってなさい」
「何秒?」
「僕が帰ってくるまで永遠にですッ!」

怒鳴って、かんづきくんは肩をいからせながら外に出て行ってしまった。
何処行ったんだろ。
出征?遠征?あ、漫画のファンとの交流会?
いいな、それ。
『あのかんづきはじめと握手出来る権』とかヤフオクに出したらいいんだ!
幾らで売れるかな、ゼロ何個つくかな。
最低落札希望価格5000円とかで出品したら一ヶ月は困らない!
そうと決まれば善は急げだ。
早速パソコン立ち上げて、その間にちょっとトイレに・・・。

ちょっとトイレに行こうと思ったんですよね。

「・・・・こんばんは?」

どうしてトイレの中に人が居るんだろう。
どうしてトイレがなくなってるんだろう。
どうしてトイレじゃなくて廊下みたいなとこに出るんだろう。

「そしてご機嫌よう」

呆然とするトイレの住人の眼前でばしっとドアを閉めて。
心の中で53秒数えてから、もう一回ドアを開けてみる。

「また会いましたね、こんばんは。そしてご機嫌よう」
「ちょっと待つだーね」
「無理です。閉めます。だから手を放せ」
「嫌だーね」
「ちょっ、おまっ、アヒル!入ってくんな!境界線を越えるな!」

自分の家のトイレにこんな・・・こんな・・・アヒル人間が住んでるなんて。
あたし今までまったくちっとも知らなかった!
大家さんも教えてくれなかった!欠陥住宅じゃん!

アヒル人間は泣きそうになりながら。
ドアだけは閉めてくれるなという旨の意見陳述をして寄越したので。
仕方ないからドアだけは開けたまま。
あたしはせんべい座布団をドアの前まで引っ張っていって正座。
気分はさながら国境警備隊だ。

「此処、観月の部屋だーね」
「いえ、違います。わたくしの部屋で御座います・・・あ、失礼しました。
 アヒル語の方がよろしいですね。えーと・・・ぐわっ、ぐわわわわっ。ぐわぐわわっぐわっ」

どなるどダックの真似なら町内一と怖れられたである。
アヒル人間と意思の疎通が図れないなんてことはあってはいけない。
ところが、あたしの流暢なアヒル語によっぽど感動したのか。
とうとうトイレの住人・アヒル人間は泣き出してしまった。

ぐわっ、ぐわっ。ぐわわっぐわっ(泣ける映画ならオスギに任せて下さい)」
「ぐすっ・・・ぐすっ・・・ひどいだーね」

オスギじゃ駄目なのか、淀川ちょうじ以外の映画評論家は認めないというのか。
アヒルのくせに生意気だ。

ぐわっ、ぐわっぐわわっぐぐっわっ(水野はるおはどうですか)」

あたしとしてはダントツ淀川ちょうじですけどね。
水野はるおでヒッチコックの恐怖でも思い出したのか、アヒルはさらに涙をこぼして。
「ひどいだーね、ひどいだーね」と連発するので。
たぶん『鳥』のメラニーでも思い出したのだろう。
大量のカラスに襲撃されるんだから、まあ可哀想と言えなくもない・・・のか?
うん、感情移入しすぎたら泣けるかもしれない。

「ぐわわっ、ぐわっ、ぐわわわっ」
「何をやってるんですか・・・?」
「ぐわっ、じゃなかった。お帰りなさいかんづきくん」
「あっ!観月だーね!会いたかっただーね!」
「あ、ちょっと、境界線を越えて貰っては困ります」

帰ってきたかんづきくんを見るなり
踊り出さんばかりに嬉しそうな声を上げたアヒルを・・・え?アヒル?

今、日本語喋ってなかった?

おかしいぞ、これはおかしい。
アヒルの発声器官ではとうてい不可能な荒技じゃないか。
こう見えても、高校生の時は生物の授業が大好きだったんですよね。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!やめるだーね!!」
!ちょっと落ち着きなさいッ!」

「いいじゃん!ちょっと解剖するだけだってば!」

「やめなさいッ!彼はアヒルじゃありません!僕の下僕ですッ!」
「「え?」」
「分かったら、その文化包丁をしまいなさい」

そうか、アヒルじゃないのか、ただの下僕か。
まあ、実際半信半疑だったわけですが。
危ない橋は渡っちゃいけないね。
あのまま解剖してたら器物破損とかの罪に問われるとこだった。

「みんな観月が居なくて探してただーね」

話しながら、アヒル男はちらちらとあたしの方を。
まるで泉ぴん子のヌードを見るかのような目で見てきて。
ああ、ああ、すいませんね!
どうせあたしの美しさはアヒルには分かんないですよ!

「そうですか。それはお騒がせしてすみませんでしたね。・・・!」
「なんですか」
「というわけで僕、帰りますね」
「え?何処に?・・・あ、漫画の中?」

頭おかしい人ってわけじゃないですよ。
展開について来れない方は是非最初から読み直して下さい。
・・・それで分かんなかったらごめんなさい。

「そういうことです。お世話になりましたね」
「いえいえ、なにもしてませんので」
「そういえばそうですね」
「意味が分からないだーね」
「まあ追々説明しますよ。それでは

そう言って、かんづきくんはトイレのドアの向こう側に一歩踏み出した。
ということは、あたしも向こう側に行けば晴れて漫画のキャラ?

「頑張って脇役卒業してね!」
「そうします。・・・なかなか楽しかったですよ」

かんづきくんが頑張ったところで脇役は卒業出来ないかもしれないけども。
かくなる上はあたしがコノミ?に直談判に行くしかない。
何と言ってもあたしは『チョイ役救済の女神』なのだ。
神話になって印税を稼ぐのだ。
にこやかに手を振って去っていくかんづきくんは。

扉が閉まる直前に『ばるさんの恨み』がどうのこうのとか言ってて。

あたしには何のことだかさっぱり分かりませんでした。


ところでかんづきくんはどうやらコンビニに出掛けてたみたいで。
一人っきりになった部屋の片隅に。
お菓子やらお弁当やらがたくさん入ったビニール袋が置いてあった。
ちょっと短気だったけど、良い子だ。