03 Her Spring
(What an Easiness, What an Encounter!)
薔薇の形をした紫色の錠剤
(某エクスタシーみたいだ)を飲むと、
身体が薄く発光しながら縮む。
縮むっていっても十センチくらいだし、
縮むときの頭がクラクラするようなかんじにももう慣れたけど、
我ながらやっぱり制服姿は卑猥だと思う。
中学生になってもフルメイクはやめられないし、
もう卑猥だろうがなんだろうが良いんだけど!
というわけでクァジモドさんと契約してからちょうど一ヶ月後
の昨日の夜、華々しくお水を引退して中学生になったあたしは
(普通の中学生に戻りたい! 的なアレ)、
ボンゴレの次期ボスがいるという並盛中学校にやって来ました。
初日からすでに遅刻。ANNA SUIの革で出来た
バッグのなかには化粧ポーチと煙草と携帯と財布、
それからシャーペンが一本。消しゴムはない。
なんつう気楽さ。なんつう中学生らしくなさ。
クァジモドさんが護身用にってプレゼントしてくれたスタンガンは、
あまりに物騒すぎるから家に置いてきた。
そんな、触れるもの皆傷付けるガラスの十代
はとっくに終わった。
10時を過ぎた運動場には人っ子一人見当たらなくて、
とりあえず職員室かなァなんて呑気に考えながら、
そういえばあたし何年生に転入するんだっけ、
という超根本的なところを分かってなかったことに気がついた。
十年戻ったってことは13歳? 13歳って何年生なんだろ、
一年生とか言われたら断固拒否しよう、こんな中一は嫌だ。
まだ下駄箱の場所も分かんないから、
たぶん先生とか来客が使うのであろう正面玄関から校舎内に侵入して、
勘だけを頼りにして職員室へ向かう。
まあ大抵職員室は正面玄関の近くにあるものだし、
なんて思って二階に上がったら、
ありました職員室はっけーん。
「失礼しまーす」
「あ、もしかしてさんっ!? 良かった、
いま電話しようと思ってたのよ」
あたしが職員室に入るなり、駆け寄ってきたのは三十代後半かなァ
という女の先生。自然の摂理でとりあえず睨みを利かせると、
先生は一瞬怯んだもののすぐに持ち直して、
品定めするようにあたしを見た。
なんかムカツク。
「さん、先生なにも言わないわ。
だけどうちの学校には怖ぁい風紀委員さんがいるの。
よく覚えておいてね」
いきなり言うことがそれ。なにが「怖ぁい」だよ。
「怖ぁい」ってなによ。ああ、
中学生ってストレス溜まるのなァ……。
「大丈夫です。中学生なんかものの数にも入りません」
「あらあら、老けて見えるけど
あなたも中学生でしょう? さ、行きましょうか。
2年A組よ」
2年生なんだ……なんて迂闊なことはさすがに言わない。
しかしそうか、2年生といったら初期の某セーラー服美少女戦士
とおんなじじゃないか。あれが中学生ならあたしも中学生、
先生に厭味を言われるくらいなんの問題もありません。
法律と校則は破るためにあるのだから!
さっさと職員室を出て歩いていく先生(そういえば名前、
聞いてない)のうしろに、昨日の今日でまだお水スタイルな
巻き髪をいじりながらついていく。
うしろから跳び蹴り喰らわしてやろうか、とか思ったけど、
そんなハッスルマニアみたいなことしたってなんの
得にもなんないし(強いて言えばあたしの気分が多少晴れるけど)、
初日から先生に目ェつけられるというのも尾崎信者みたいで
ヤダし、ひぃひぃふうの呼吸で気持ちを落ち着かせる。
そういえば携帯の音消してなかったかも。まあ、いっか。
新しい番号知ってる人、そんなにいないし。
「みんな席に着きなさーい、転校生を連れてきたわよー」
そうこうしてるうちに、先生はそんなふうに声を張りあげながら、
なんの前フリもなしに教室に入っていく。ちょ、待てよ、
あたしどーすんの!? 入るよ、入っちゃうよ、
もう知らない、入ります。で、教室に一歩入った途端、
突き刺さる視線、視線、視線。
べ、別にあんたたちの視線なんて痛くも痒くもないんだからね! と、
ひとりツンデレごっこ(楽しい)をしつつ、
ちらっと教室を見回すと、もう中坊満開で若干気後れしてしまった。
こんな空気のなかでまともでいられる自信がない。
助けて、はじめちゃーん!
「転校生のちゃんよ。さ、さん、自己紹介して」
なぜか先生はノリノリであたしを小突く。
ちょっとカチンと来て、あとで覚えてろよという意味を込めて、
先生にだけ聞こえるように舌打ちしてから、
あたしは教卓にぱんと手をついた。
「です。新宿(かぶき町)から引っ越して来ました。
よろしく」
正確に言うと引っ越しは今日なんだけどね。
あたしの挨拶に、調子の良さそうな男子が何人か「よろしくー」と、
声を上げる。女子はなんかひそひそ話し合ってるけど、
あたしも別に女子に用事はない。
任務はただひとつ!
アナスタシアとボンゴレの同盟を結ぶこと!
さてこの中にボンゴレの十代目とやらはいるのかどうか、
マフィアのボスっていうんだから、きっとそれなりの子だろう。
なんだっけ名前、沢……沢田? そうだ、沢田ツナ。
回転寿司みたいな名前。
「じゃあさんの席はこの列のいちばん後ろね」
言われた場所を見ると、たしかに真ん中付近のいちばん後ろが
空いていた。こういうときは窓側のいちばん後ろっていうのが
セオリーだけど、いちばん後ろならどの席もそんな大差ないし、
あたしは大人しく空いてる席に向かう。
机と机のあいだの狭い通路を通り抜けると、両側にいた男子が「さんイイ匂いー」などと、オマエはどこの中年オヤジか、
みたいなことを言ってて、こいつらが十代目じゃなきゃ良いけど、
と密かに思った。
だいたいあたしがイイ匂いなのはデフォルトだ。
イイ女はイイ匂いがするものなのだ。
嘘、香水なんだけど。
机にどさっと鞄を置いて席に着くと、
嗚呼あたし中学生なんだって妙に腑に落ちて、
苦い気持ちになった。
「さん、俺、山本っての、よろしくな」
そう言われて左隣の席を見ると、いかにもスポーツやってます
という爽やか少年がにこやかにこっちを見ていた。眩しい。
「うん、よろしくね」
「近くで見ると大人っぽいのな」
だって23歳だしねって言いそうになったけど、
そこはぐっと堪えて、「そう? ありがと」と思ってもないことを
口にしてみる。前に座ってる女の子は、
面白いほどこっちを向かない。あたしまだなんにもしてないのに、
もう嫌われフラグ立っちゃった? 嫌です、侵略超やめて
(某セーシェルふうに)。
「今日って授業あるの?」
「いや、もうHRだけで終わりだぜ」
「そっか、良かった。授業は明日から?」
「明日はテストで、そん次からだな」
「テストかァ、懐かしいな」
「懐かしいってばーちゃんみたいなこと言うなよ」
はっはっは、と山本少年が豪快に笑ってると、先生から
「そこ、うるさいわよ」と注意が飛ぶ。
テメエの顔のがよっぽどうるさいっつうの。
「わりー、怒られちまったな」
「良いよ、質問したのあたしだし。ね、
そういえばこのクラスに沢田くんっている?」
「沢田……ああ、ツナのことか?」
「そーそー、ツナくん」とあたしが言ったのに被さって、
山本少年の反対側から聞こえてきた、
「てめー、十代目になんの用だよ」という声に振り向くと、
なかなか将来有望そうなアッシュヘアの少年がこっちを睨んでいた。
早速ビンゴ、この子きっとボンゴレの人だ。
あたしはへらっと笑って、少年に面と向き合う。
「あたしアナスタシアファミリーの使いなの」
「アナスタシアだと?」
「なんだ、さんもマフィアごっこの仲間なのか」
「あれ? マフィアごっこなの?
まあいいや、ちょっと待ってね、ウェイトアミニッツ!」
片膝を立てて椅子に座るちょっとお行儀の悪い少年を制止して、
鞄から財布を取り出す。
たしかこのなかに仕舞ってあったと思うんだけど……お。
「あった。はい、よろしくねー」
財布のなかから出てきたのは、紫色の薔薇(薬とおんなじ。
なんでもアナスタシアファミリーのシンボルマークらしい)が
印刷された、あたしの名刺。こんなの。

水商売で名刺は配り慣れてるとはいえ、
本名が印刷された名刺を渡すのは初めてだ。
プライヴェート用の携帯の番号が書いてある名刺を渡すのも初めて。
ちなみに『Anastasia No.00』っていうのは、
クァジモドさんが『Anastasia No.01』で、非常に名誉な
特別の番号らしい。
少年はあたしが渡した名刺をまじまじと見つめて、裏返したり、
電気に透かそうとしてみたり、そんなことしなくてもちゃんと
本物だってば。クァジモドさんが作ってくれた名刺だもん。
「あ、獄寺ずりー。さん、俺にもちょーだい」
そう言って差し出してきた手にちょこんと名刺を載せてあげると、
山本少年は「やりー」と、やっぱり電気に透かそうとしていた。
だからそんなことしなくても本物だってば!
しかも透かしは入ってないし! お札じゃないんだから。
「アナスタシアなんつう中小ファミリーが、
ボンゴレになんの用だよ」
名刺の検分をやっと終えたらしい少年は、
やる気なさそうに机に肘をついて、あたしのほうをぎろっと睨んだ。
ちょっと年上に対する態度がなってないんじゃないか、
不良少年業界がいくら実力社会だとはいえ、
正直あたしはきみより実力もあるつもりだけど、
そのへん弁えてるのか、コノヤロウ……という憤りを
もはや職業病なスマイルで抑えて、
それでも抑えきれなかった分は、
少年の机を思いっきり蹴ることで解消しました。
笑顔と暴力は歓楽街の二大必需品!
「ちょっとアンタ、名乗るくらいしなさいよ」
「こらそこ、静かにしなさい!」
「んだと、てめー」
「静かにしなさい!」
「てめーじゃないわよ、! 人がせっかく本名教えてやってるんだから、
有り難がりなさい。女の名前を大事に出来ないようなやつ、
成り上がれないのよ」
「さん! 本名ってなんですか!」
「わっけわかんねえことぬかしやがって、
成り上がろうが成り上がるまいが、
俺は十代目の右腕なんだよ!」
「獄寺くん! 十代目ってなんですか!」
「こんなのが次期ボスの右腕なんて、ボンゴレも高が知れてるわね」
「さん! アサリは晩ご飯まで待ちなさい!」
「てめーみてーなひょろっちいのをファミリーに入れるなんざ、
アナスタシアも焼きが回ったな」
「獄寺くん! さんに家族はいませんよ!」
「「うっさい(るせえ)、黙ってろ!」」
「さんと獄寺って仲良いのな」
山本少年の楽しそうな笑い声をBGM代わりにして、
あたしたちはお互いがたんと立ちあがると、
「風紀委員さんが……!」となぜか涙目で懇願する先生を放って、
廊下に出た。
→第四話
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