今月の生活費がちょっと・・・いや、かなりヤバくて。
すっかりサボリ場所に定着したべ様の部室でぼんやり。
求人情報誌をめくってる真っ最中。
・・・この十六歳以上っていうのがネックなんだよね。
どうしてあたしはまだ中学生なんだろう。
Sg Series Extra 2
Hourly Wage 5000yen
「、バイトでもすんのか?」
「うわっ、びっくりした!急に声掛けないでってば」
いつの間にかソファの隣にべ様が座ってて、こっちを怪訝そうに見つめてる。
そっか、もう放課後になってたんだ。
光陰矢のごとしとかってほんとだ、こんなんじゃ気付いたら三十路だ。
「俺様に言えば金くらい・・・」
「ちょっと更正しようかな、と」
我ながらすごい見上げた心掛けだと思うんだけど。
なんでかべ様は『景吾、チョーびっくり』ってかんじに目を見開いて。
そういう反応、軽く傷付く。
「え、え、え・・・偉いじゃねー、か?」
どもる必要皆無な上に、どうして最後が疑問系なのかが分からない。
あたしにだって純真無垢な部分は残ってるんだからね!
「けど肝心のバイトが見つからないんだよね。年が駄目で」
労働基準法とか誰か改正してくれないかな。
アイドルなら15歳以下でも良いとか、不公平だ。
資本主義社会の底辺で足掻いてる中学生に愛の手を!
「どうしよう。飢え死ぬ」
腹立たしさのあまりコンビニで無料配布されてた求人情報誌を。
それはもう華麗にライターで焼き払って。
燃えかすおよび灰を侑士のロッカーに押し込んでると。
「俺様の知り合いに頼んでやるよ」
と、べ様が金持ちの薄汚いコネクションをちらつかせてくださった。
やっぱり持つべきものは金持ちの知り合いだ。
「オマチしてマシタ、」
「え?・・・いや、あの・・・え?」
「コレ、服、着てくだサイ」
「ちょっ、ほんと待って・・・手違いですから・・・」
「下、ワタシ待ってマス」
というわけで日曜日。
仕事を紹介してくれるというべ様をのこのこ訪ねて行ったらば。
何故か黒服の外国人に強制連行されてしまって。
不思議に思いつつも大人しく、手渡された服を着てみたところ。
べ様があたしに仕事なんかさせてくれるわけないんだよね、所詮・・・。
・メイド仕様が鏡に映っておりました。
ちょっと待て、これはどういうことだ。
「あのー、意味分かんないんですが?」
「ワタシ、ニホンゴわからナイ」
「嘘吐け。分かるでしょ」
「ニホンゴわからナイ。、にあう、かわいい」
「え?あ、ほんとに?それはどうも・・・・でなくて!」
下に行くとさっきの外国人のお兄さんが待ってて。
日本語の分かんない振りをしてる彼にボディランゲージを交えつつ詰め寄る。
そしたら彼は大きな手であたしを制して、言った。
「、じきゅうごせんえん。メイドやる、ごせんえん」
煙草一箱三百円。五千円割る三百円。十六あまり二百円。
・・・・というわけで、あたし、本日メイドデビューします。
あまり二百円っていうのが素晴らしいよね。
イエス、イエスを連呼しながら激しく頷くと、お兄さんは嬉しそうに笑って。
「景吾さまがお部屋でお待ちです」
と、すごい流暢な日本語で教えてくれた。
やっぱり喋れるんじゃん・・・!
「よう、似合うじゃねーか」
樋口一葉の幻影と共に景吾の部屋に向かうと。
あたしを見るなり、べ様はかつてないほどキモイ笑顔でそう言った。
そうかそうか、アンタはこういうプレイが好きだったのか。
「アホ!」
「俺様、ご主人様。、メイド。時給、五千円」
「・・・・おアホさま?」
「違うだろ。まあいい、取り敢えず茶だ、茶」
「お茶ぐらい自分でいれてよ」
手も足もついてんでしょ、アホ!
ていうかあたしの脚ばっか見てんじゃねえよ、アホ!
と、しおらしく心の中で毒づいてると。
「『かしこまりました、ご主人様』だ」
「は?」
「口答えすんな。『かしこまりました、ご主人様』だろーが」
ああそうか、景吾はサディストな属性だったんだ・・・?
なんかすごいムカツク気がする。
でも耐えるんだ、。
五千円という輝かしい未来があたしを待ってるんだから!
「かしこまりました、ご主人様。・・・メイド喫茶でも行ってこいよ」
「何か言ったか?」
「いいえ、何でも御座いません、ご主人様!」
こんな屈辱といったら臥薪嘗胆に並ぶくらいだけども。
あたしは千の仮面を持つ女・・・だと信じて。
これを乗り越えれば十六箱あまり二百円だと自分に言い聞かせて。
広いお屋敷を台所に向かって、出来るだけゆっくり歩いた。
途中で何人かメイドさんを見掛けて会釈をしたんだけど。
なんかあたしの制服だけやたらスカートが短いのは。
きっと気のせいなんだと思う。
変態。変態。アホ。変態。
「景吾さまはお砂糖一つです」
「あ、そうですか。ご丁寧にどうも」
台所というより厨房なそこで、かちゃかちゃとカップや何やらを準備。
親切なコックさんがソーサーに一つ角砂糖を置いてくれて。
なんとも心温まるひとときだ。
何が悲しくてあんな変態のところに戻らなきゃいけないのかと。
アホの部屋に引き返す道々、ちょっと涙が出そうになった。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
「遅い」
「た い へ ん し つ れ い い た し ま し た !」
がちゃん!とお盆をテーブルに叩き付けたら顔をしかめられた。
それでも五千円のためだと我慢して。
もはや湯気さえ昇らないお茶をカップに注ぐ。
溶けない砂糖を無理矢理スプーンで潰して、無言で手渡そうとすると。
「『お待たせ致しました、ご主人様』」
あたしは景吾より樋口一葉が好きだ。
「お待たせ致しました、ご主人様」
「よろしい。次、掃除」
大丈夫、大丈夫、これはあたしであってあたしでない。
時給五千円でアホ坊ちゃまのお世話をやってるだけだ、ただのメイドだ。
込み上げて来るのは怒りじゃなくて、未知なる衝動だ、たぶん。
間違っても掃除機でアホの頭をブチ割りたいとか思っちゃ駄目だ。
五千円のためだ。
その後も食事のお世話(自分で食え)やら
本の朗読(自分で読め)やら
犬の散歩(自分で行け)やら
数限りない羞恥プレイに耐え抜いて。
夜十時を過ぎた頃、ようやくべ様が五万円をくれた。
実働七時間弱なのに、残りの一万五千円はボーナスだそうで。
還してあげる義理もないから有り難く頂戴する。
それからべ様が車を出してくれると言うから、送ってもらうことにしたんだけど。
どうやらそれがまずかった。
「どうして部屋まで入ってくんの?あたし着替えたいんだけど」
べ様の前で勢いよく閉めようとした扉は。
何故か。何故か微妙な異物感によって閉じられないまま。
ぱっと下を見ると、革靴が見事にドアに挟まってて。
これは俗に言う悪徳訪問販売の手口じゃないのか。
お坊ちゃまはいつの間にそんな手口を習得したというのか。
「ボーナス分だろ」
「此処までこんな服着てきてあげたんだから、それでいいじゃん!」
車の中で酔っぱらいオヤジ並みのセクハラにも耐え。
正直これ以上なにをお望みなのか、べ様は。
まあ考えなくても分かるから、考えたくもないんだけど。
「勝手に電気、消さないでよ」
「電気屋が止めに来たんだろ。料金滞納で」
「こんな遅くに止めに来る電気屋さんなんかありません」
そもそも思いっきりスイッチ切ってただろ、あんたが。
つかつかと壁際のスイッチへ向かおうとしたら。
景吾に腕をものすごい勢いで引っ張られた。
三半規管がぐらり、平衡を失ったことを教えてくれる。
「景吾も懲りないね」
暗くてよく見えないけど、たぶんこれは押し倒されてる状況で。
先に唇を貪るもんでしょ、普通は脚を撫で回す前に。
ムードの欠片もありゃしませんこと。
「、好きだ、ヤらせろ」
「嫌。ほんといい加減別の子見つけなよ」
どうしてそんなにあたしに拘るのかが分かんない。
女なんか他にいっぱい居る。
「ん・・・・・」
別に拒否したいわけじゃないのだ、本能的には。
触られれば感じもするし、息だって弾んでしまうし。
だけど本能だけじゃ割り切れない、ちゃんとした理性が。
がしっと爽快な音が、暗闇に響く。
「そんなにメイド服が好きならイメクラでも行って来な」
電気をつけると景吾は隅っこでお腹を押さえて悶絶中。
ごめんね鳩尾蹴り上げちゃって。
まあでも、急所蹴られなかっただけマシだと思えって話。
ああ、いかんいかん。あたしとしたことが危うく絆されちゃうとこだった。
「覚えてろよ・・・次は作戦Rだ!」
「そんなにヤりたいの・・・?」
「もちろんだ」
これ録音して校内放送とかで流したらいいんじゃないかな?
したらさ、べ様にご奉仕したい女の子とかわんさか来るよ。
ああ、そうしよ。
明日放送委員に掛け合ってみよう。
「というわけでさようなら。お帰り下さい」
外から断末魔のような呻き声が聞こえたけど知らない。
ドアに鍵を掛けて、チェーンをして。
ほくほく五万円をお財布にしまった。
いい仕事だった。
翌日。
公約(?)通りべ様が欲求不満である旨を校内放送したところ。
女の子に追いかけ回されて疲れ果てたべ様と。
・・・・・大喧嘩になってしまったのは、また別の話。
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