「おはようございま、す?」
授業受けるのもめんどくさくてお昼過ぎ。
景吾たんの部室でのびのび寛いでたら。
(43)がやって来た・・・。


 Sg Series Extra3
  Music is my Radar


「何をしている」

無表情でそういうこと言うの、やめて欲しいと思う今日この頃。
何をしてるって、右手に煙草、左手に雑誌(たぶん侑士の)。
この状況で普通、何してるか尋ねて来る?

「見ればお分かりかと思いますが・・・?」

男子テニス部顧問および音楽教師・榊太郎(43)は溜め息を吐いて。
そのまま30センチも空けず、あたしの隣に腰を下ろした。
やめてくださいよ、イイ匂いが移っちゃうじゃないですか。
さり気なくちょっとだけ身体をずらす。

「先生こそ、何をしてらっしゃるんでしょうか・・・?」
「教育相談だ」
「は?」

「はい?」

「何か悩みがあるのなら先生に話してみなさい」

「けほっけほっけほっ・・・は、あ?」

おっさん榊太郎が変なこと言い出すものだから、勢い、咽せる。
ごほごほやってるあたしの肩を、太郎はがしっと掴んで。
おまけにわさわさと揺すぶってくれた。
痛いじゃないのさ。

「言ってみなさい、イジメか?家庭の事情か?恋愛のもつれか?」

イジメより家庭の事情よりあなたの顔面が目の前にあることの方が辛いです。

・・・と言えたらどんなに楽か。
それに恋愛の糸はもつれてなんかない。
ピヨとあたしの赤い糸はピアノ線のようにぴんと張りまくってる。
そんな乙女心を知ってか知らでか太郎はなおも執拗に迫ってくる。

関係ないけどいわゆる『先生』と対峙してていつも思うのは。
『先生』っていつから『先生』になるんだろうなってことで。
だって『先生』ってどうしたって『先生』で、若い頃の姿とか想像出来ないし。
世の中の教師はいつから『先生』に目覚めるんだろうね・・・。
嗚呼、自分で言っててわけが分からない。

「あの」

あたしが言うと、榊太郎はぴたっと動きを止めた。
肩胛骨を直撃してた手にこもってた力も、ちょっとだけマシになる。
吸わないうちにすっかり短くなった煙草を一口だけ呑んで。
ジロちゃんお気に入りの羊型灰皿にわしわしと吸い殻を押しつけた。

「煙草はやめなさい。お腹の子どもに害が及ぶ」
「別に妊娠中じゃありません」
「そう、なのか?」
「そうですよ。どうしてあたしが妊娠しなきゃいけないんですか」

妊娠なんかしたら大騒ぎですよ、あんた。

・・・あたしじゃなくてべ様が。

ヤツなら『俺の子だ』とか意味不明なこと言い出さないとも限らない。
DNA鑑定なんか金の力でどうとでもなりそうな怖ろしい世の中だ。
そんなことになったら間違いなくピヨに捨てられる。
まだ拾ってももらってないのに捨てられる・・・。

「それからその本」

あたしの悲劇的な妄想を打ち破るように、太郎の魔の手が雑誌に伸びる。
びしいっと効果音でも付きそうなかんじで太郎が指さしたのは。

・・・セーラー服姿のアイドルがかますセクシーショット?

違う、あたしの本じゃない。侑士のだ。

は男性より女性に興味があるのか?」
「え?あ、いえ、違います」

男性より女性に興味がある女性はグラビアアイドルを好むのか。
そんなことないでしょ、とあたしは思うわけだけども。

「そうか・・・。それを聞いて安心した」

どうして太郎に安心されなきゃいけないのか。
いくら男の方が好きだからってそれが何だって言うの、ねえ?
そりゃピヨのことは好きですけどね。
榊太郎の十万倍、榎本かなこが好きですよ、あたしは。
あたしの手からグラビア雑誌を掠め取った太郎はぱらぱらとそれを眺めて。
ものすごいしかめっ面でそれを眺めて。

「けっ」

と小さく舌打ちをすると、迷わず窓の外に放り投げた。
グラビアアイドルに何らかのトラウマがあるのかもしれない。
あわれ侑士のお宝本に合掌。
袋とじもまだ開けてなかったのにね・・・。

「それで、悩みはいったい何なんだ」
「いえ、別にありません」
「そんなことはないだろう」

オマエは細木かず子かみのもん太かなんかなのか。
人にお悩み設定しなきゃ仕事がなくなってしまうのか。
『そんなことなくないです』とか言ったら勝手に悩みとか捏造されそうな気がする。
ジャン・バルジャンも真っ青な悲しい人生にされてしまいそうな気がする。

いろいろ考えながら、ただ漠然と太郎の真摯な瞳を見ていたら。
しばらくも経たないうちに、太郎は恥ずかしそうに目を逸らした。
別にアンタを見つめてたわけじゃない。

「まあ悩みと言えば・・・」
には悪いが、私は教師だ」
「はい?」
「生徒と不埒な関係に陥るわけにはいかない。卒業するまで待ってくれないか?」

この人もべ様系列の人なんだと悟ったある日の午後。

こういう人のシナプスやニューロンが常人と同じ構造をしてると思っちゃいけない。
そんな考えを抱こうものなら確実に痛い目に遭う。
ていうかすでに身の危険を感じ始めてる。
やんわりとさらに太郎との距離を空けて、煙草に火を点けた。
早く誰か来ないかな・・・。

「私以外に好きな男はいないのか?」

『私以外』の意味が分からない。
好きな男が居たとしても、そこに榊太郎は入ってない。
なんかもうどうでも良くなってきたぞ。
こうも疲れる人間があたしの周りにたくさんいるのはどうして・・・?
蛾が夜の街灯に集まるのと同じ原理?

「そりゃもう数え切れないくらい居ますけど」

太郎と同程度に好きな人なら。
もしくは太郎以上に好きな人なら。
あたしが煙を吐き出しつつそう言うと、何故か太郎はわなわなと震え始めた。
こんな危ない人が教師やってていいのかニッポンは。
ニッポンの未来は恋をしてるだけでいいのか。

『ニッポン』と掛けて『スッポン』と解く。
その心は、『健康に良いでしょう』?
・・・駄目だ駄目だ、笑点の見過ぎだ落語やってる場合じゃない。

震える太郎を珍獣でも眺めるような目で見つめてたら。

「何角関係だ・・・」

と、また訳の分からないことを言い出した。

「いや、何角関係もなにも、恋の往復航空券ですよ?」
「うそをつけ」
「そんなアホみたいな嘘吐きません」
「なら、これをどう説明する!?」

氷帝学園が誇る音楽教師・榊太郎はよく分かんないけど沸騰したみたいで。
ばーんと何かが書いてある紙をあたしの前に突き出した。
逆光でよく見えない。

「ちょっと良いですか?」

一応確認を取ってから受け取った紙を見て、俗に言う絶句?

「コレ・・・何ですか・・・?」

煙草の灰が落下して、ソファがちょっと焦げた。
けどほんと、それくらい許して欲しい。
コレの破壊力は相当だ、黄門さまの印籠並みだ。




 将来の希望 のおむこさん

 希望進学先 といっしょのところ

 学習の悩み がアホなこと

 生活の悩み

  が冷たい。
  が日吉にばっかり構う。
  と遊んでると跡部が怒る。
  がすきなのには日吉がすきで日吉はげこくじょう?
  がすきでげこくじょう?は戦国時代で戦国時代は尾田織田
  信長で織田信長は「鳴かぬなら殺してしまえほととぎす」で
  ほととぎすはおれ。かわいそうなおれ・・・。
  どうすればいいですか?



あたしがどうすればいいんだよ・・・。
ツッコミどころがありすぎてにっちもさっちもいかないよ・・・。

「芥川の進路調査書だ」
「それは分かってます」

コレを提出された担任の先生もすごい可哀想だ。
榊太郎は沈痛な面持ちで、ジロちゃんとの個人面談の経緯を話してくれた。
ジロちゃんは怒るわ暴れるわ終いに泣き出すわで大変だったらしい。

ほんとに大変そうで、あたしは関わりたくない。

「あんなあばずれやめておけと、何度も言ったのだが・・・」
「『あばずれ』ってあたしのことですか・・・?」

生徒のことを『あばずれ』などという死語で罵る教師でいいんですか?
せめてかわいげのある『パンパン娘』とかにして欲しいです。
『椿姫』とかだともっと嬉しいです。

「そこでだ。もしにその気がないのなら、振ってやってくれないか?芥川のためだ」

あたしの質問を気持ち良く無視して、太郎は言った。

「それはいいんですけど、そのあと何かあってもあたしは一切責任取らないですよ?
 それでも良ければ・・・」
「構わん。責任は私が取る」
「それなら今か
・・・と、たろう?何やってんのー?」

おとぎ話並みの都合の良さで、現れたるはジロちゃんなりけり。
ジロちゃんはちゃっかりあたしと太郎の間に座り込んで。
さも当然みたいな顔をして膝枕の体勢に持ち込もうとしたから、慌ててかわす。
可愛いジロちゃんのためだ!
どれだけ可愛らしくおねだりされても、心を鬼にしなきゃ。

「私との語らいを邪魔するな」

「「え?」」

何を言い出すんだこのオッサンは、と太郎を見ると、口をぱくぱくさせて。

(話を合わせろ。芥川のためだ)

どうやらそう言ってるみたいなので。

「そうだよジロちゃん、邪魔しないで」
・・・?」
「私との関係は他言無用だぞ」
「たろう・・・?」

どさくさに紛れて肩に腕を回してきた太郎と太郎のイイ匂いにも我慢。
すべては可愛いジロちゃんの明るい未来ため!

そしたらジロちゃんの目にじわじわと涙が浮かんできて。

「たろうのアホーーーー!!」

という捨て台詞を残して、すごい勢いで走り去っていった。
なんかものすごい悪人になった気分。
そして若干の罪悪感と共に部室に残されたあたしと、太郎。

「あの、そろそろ腕、放して貰えませんか?」
「照れることはないんだぞ?」
「いえ、何言ってんですか・・・」

そう言って太郎の腕を引き剥がした瞬間、爆音のようなものが聞こえた。

ほーれ、言わんこっちゃない・・・。

「行ったほうが良いんじゃないですか?」
「あ・・・・ああ」

冷や汗満載で部室を後にした太郎とほとんど入れ違いにがっくんと侑士が入ってきた。

がっくんは青ざめてて、侑士は半泣き。

侑士の手には泥にまみれた雑誌があって、ちょっと納得。

「こんにち「オマエ何したの・・・?」
「え?」

にこやかに挨拶しようとしたあたしを遮って、がっくんが詰めよってくる。

「ジローが太郎のベンツ、火ィつけようとしてんだけど・・・?」

あたしの所為じゃない。



それから数日、榊太郎(43)は学校を休みました。
ジロちゃんは翌日にはすっかり復活して元気にしてたけど。
ジロちゃんを怒らせちゃいけないと、あたしは深く心に刻みました。
チョー怖かった・・・。