「この通りっ!頼むわっ!」
例によって例の如くべ様とジロちゃんとで部室に居たらば。
六時間目終了のチャイムと同時に侑士が赤星並みのスライディング。
ザ・スライディング・土下座。
相変わらず寝てるジロちゃんを他所に。
べ様とあたしはしばし、呆然と。
侑士はいったい誰に何を頼んでるの・・・?


 Sg Series Extra4
  His Girl's Help!


「金なら貸さねーぞ」
「ちゃうわ!そんなんとちゃう!」
「じゃあ何なんだよ」
「そもそも跡部に頼んでるんとちゃうねん!!」

くるっとあたしの方に向き直って、侑士がぐわしっとあたしの手を握る。
不愉快を隠そうともしないべ様の視線を強力ガードしつつ。
侑士はものすごい情熱的な視線で言った。

「今度の日曜ヒマ?」
「え?あ、うん、ヒマ、かなあ?

歩く予定表男、景吾にちらっと視線を遣ると。

「暇じゃねーだろ、俺様とディナーの約束があるだろ」

とか言われて、こっちとしては『え?そうだっけ?』みたいな。
そんなのお構いなしに、侑士はどんどん話を進める。

「ほな、遅くならへん内に帰すし。
 な、!ちょっと付き合うて欲しいねん」
「えー、嫌だよ。夏は出来るだけ屋内で・・・」
「屋内や!屋内のうえに高級レストランや!」
「行きます!」
「煙草だけちょっと我慢したってな!」
「行きません」

なんだなんだ、危うく騙されるとこだったよ。

ちょっと言わせて貰いたい、厚生労働省に言わせて貰いたい!

最近「禁煙」とか「分煙」とか煩すぎませんか!?
まあ「分煙」は良いですよ、それくらいはたぶん当然出来ますよ。
けどアンタ、店内全面禁煙とか、あろうことに学校敷地内禁煙とか!

がっこうしきちないきんえんとか・・・!

もうアレですよ、この部室と屋上だけ勝手に治外法権ですよ。

「3時間ぐらいやし、我慢してくれへん?」
「3時間も我慢出来ればとっくに禁煙成功してるよ」

まあ飛行機乗るときどうすんのって話だけど。
それはそれ、これはこれ。

「一時間一本でどや!?」
「もう一声」
「一時間一本とアナスイのワンピース」

・・・・・・・・・・。

「ハンマープライス」

ー、『ハンマープライス』とか若い子は知らないよー?」

いつの間にか起きてたジロちゃんがツッコミをくれる。
けど!あたしが若かろうが年齢詐称だろうがどうでも良い。

「ほな11時に家まで迎えに行くし」

、しっぽりすっぽり侑士に付き合わせていただきます。
ていうか11時って早くない・・・?



あっという間に日曜日ですよ奥さん、時間が経つのって早いですね。

そんなこんなで侑士と二人タクシーに揺り揺られ。
バックミラーに跡部家のベンツが映ってる気がするのは。
きっと気のせい。

、俺が何言っても突っ込んだらあかんで?
 黙って『うん』言うといてな?」
「良いけど・・・何?今日って何あるの?
「俺の人生が掛かってんねん」
「何それ・・・?」
「まあええやん。
 ほんま大人しくしといてくれたらそれでアナスイはのもんや!」

こうやってあたしのワードローブは増えていくのです。
赤ちゃんでも分かる、実に簡単な仕組み。

とは言え、歯切れの悪い侑士になんとなく釈然としないものを感じつつ。
二人で侑士の必殺技のネーミングとか考えつつ。
いつになく分厚い侑士の財布からタクシー代がぽんと出て。
降りてみたらば其処は日比谷公園のすぐそば。

・・・未知の世界が繰り広げられておりました。

「なんか『いんぺりある・ほてる』とか書いてあるんだけど・・・?」

こんなとこ景吾とだって来たことないよ?
だって此処、中学生の来るとこじゃないもん。
・・・マダムとかが来るとこだもん。

「おお!、英語読めるやん!」
「や、それぐらい読めますよね、普通ね」
「ちょおそのままじっとしててな」

一歩離れた位置から侑士がじろじろとあたしを品定めし始める。
そういう失礼極まりない視線には慣れてるから良いけども。
ていうか今更気付くのもどうなの、ってかんじだけども。

侑士が何故かスーツを着てて。

だんだん雲行きが怪しくなってきた気がする・・・。

「服、良し。化粧、良し。髪型、まあ良し」

『まあ』ってなんだ、『まあ』って。

「ええか、座右の銘はなんやって聞かれたら『内助の功』言うねんで?」

意味が分からない。

果てしなく曖昧なかんじで頷くと、侑士は満足げにいんぺりある・ほてる。
もとい『ていこくほてる』の中へと入っていった。

高級レストランとか言ってたけど、嘘だ。

こんなとこにあるレストランは『高級』じゃなくて『最高級』っていうんだ。

・・・味はともかくお値段の面では。

いざホテルの中にはいると。
『プリティ・ウーマン』のジュリア・ロバーツばりに場違い感むんむんで。
お金持ち連中の痛い視線をくぐり抜け。

もうフツーに表参道行って帰りたい。

景吾助けて、ピヨ助けて。
誰でも良いからもっと庶民なとこへ連れてって・・・。

「なんか『きっちょむ』って書いてあるんだけど・・・?」
「おお!、漢字も読めるやん!」
「や、それぐらい読めますよね、普通ね」

ついでに懐石料理のコースが最安値一万円だっていうのも知ってます。
アレだろうか、とうとうあたしは侑士に取って食われるんだろうか。

『女体盛り』とか外国人に罵倒されそうなアホ行為をやらされるんだろうか。

というかそういう発想がすでにこの場所に相応しくない・・・?

店員さんとさくさく予約の確認をする侑士を横目に。
俗に言う『アイデンティティ・クライシス』だ、あたしは。
右手と右脚一緒に出ちゃうぞ。
オタクだから忘れてたけど、侑士も金持ちだったんだなあ、と。
しみじみ思いながら通されたお座敷には。
何故か、非常に元気の良さそうなお婆さんが居ました。

つづく。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・。

嘘です、普通に一話完結だし!

「よお、祖母ちゃん。遅なって堪忍な。・・・ほら、も挨拶したって」

え?あ?え?あいさつ・・・?むしろ『祖母ちゃん』?え?

「初めまして、と申します」

目の前のお婆さんを眺めてつくづく。
嗚呼、これは煙草どころの騒ぎじゃないな、と。
悲しい悟りを開いてしまった。

「また貧相な子連れてきたもんやなあ、侑士も」

「アア!?なん

!怒ったらあかんで!大人しく、大人しく!」

 ・・・うふふ、お褒めに与り光栄です」

「誰も褒めてへん。頭まで足りひんのとちゃう?」

東京湾に沈めてやりたい。

ていうかその言葉をそっくりそのままアンタの孫に返してやりたい。
侑士が座るのを待って、あたしもその隣に腰を下ろす。
なんせ即席座右の銘は『内助の功』なのだ。
侑士のあとを半歩下がってついてくくらいじゃないと駄目なのだ、たぶん。

「こんな子なんやったら、見合いした方がええわ」

・・・血管の何本とか切れたかんじ。

「こん
「『こんな子』言わんといてや、はごっつうええ子やねんで」

馬鹿でアホで貧相なあたしにもだんだん読めてきた。
隠れ金持ちの侑士はこのお・ば・あ・さ・ま!に
無理矢理お見合いさせられそうになって困ってるんだな?
そんでお見合い回避策としてあたしに彼女の振りしてくれってことでしょ?
だよね?そうだよね?

「気ぃも利くし、優しいし、可愛いし、頭も悪くはないかもしれへんし

最後のだけかなり微妙、あ、婉曲表現・・・?
間違った、婉曲じゃなくて逆説表現だ。

なおも不満げなお祖母さんが向けてくる露骨な視線をかわしたり。
避けたり、スルーしたり、見なかったことにしたり。
あたし嘘吐くの苦手なんです・・・すみません・・・。

良い感じに泥沼少女・

「あんた、侑士と何年一緒に居るん?」
「え、あ、何、年?」

どうして年単位なんだろう。
頼みの綱の侑士がテーブルの下で人差し指を立ててるから。

「一年で、す」

と、どう考えても怪しい答を返す。
一年前とか、侑士のことキモイオタクだと思ってたけど。

もはや尋問的な様相を帯びだした質問責めは止まるところを知らない。

『全部嘘でしたー!』

とか早くも土下座かましたい気分だ。
駄目だ、あたし女優とかポーカーとか向いてない。

「馴れ初めを句読点含めて20文字以内で説明して」
「侑士くんに惚れました。告りました。」

嘘と汚職にまみれた馴れ初め。

「初キッスの場所と味は?」
「夕日の見える土手で・・・味?か、かす汁の味が・・・すみません・・・」

うわあ、嫌なファーストキス!

「侑士の前にボーイフレンドは何人や?」
「えっと・・・あの・・・すみません・・・」

嘘さえ言えません。

「愛し合うのんは週何回?」
ええ!?あの、毎晩激しく・・・すみません・・・」

セクハラとの境界線は果たしてどこらへんなのか。

「避妊はちゃんとしてんのん?」
「はあ、まあ、妊娠も病気も怖いので・・・すみません・・・」

さよなら、ピヨとの素敵な新婚生活。
さよなら、ピヨとの素敵な道場経営。

さよなら、あたしの人生設計のすべて。

そこでお祖母さんは一息ついて、ちょっとだけお料理に手をつける。
侑士はすでにさっきから食べ続けてる。
あたしはほんと、食べる気にもならなくて。

げっそり、ほっそり、ひっそり、ごっそり、モンテッソリ。

とにかくしょぼしょぼとお茶を啜るしかなかった。

「ほな、最後の質問な」
「ナンデゴザイマショウ・・・?」

どんなグロイ質問でもばっちこ〜い、チョーなげやり〜、みたいな〜。

「座右の銘は?」

「人生ラクしてなんとかなるなる」

「・・・・・・・。」

アナスイのワンピースがいっきに遠のいた。
最後の最後でつい本音がポロリと・・・!

女だらけの水泳大会 〜ポロリもあるよ〜

「あの!ちょっとした冗だ

「あっはっはっはっはっはっは!」

・・・あれ?

「そうやろな、なんかそんな感じしてたわ。
 侑士!こんな子なかなか居らへんで、ちゃんと口説きや。
 アレやろ、この子アンタの彼女とちゃうんやろ?」

・・・あれれれ?

「なんや、バレとったんかいな」
「当たり前や。アンタの彼女がこんなべっぴんさんやったら、
 わたしびっくりして50歳は若返ってしまうわ」
「そっちの方がびっくりやわ!」

ちゃん言うたかいなあ?」
「あ、はい。です」

なんだか急に和やかな雰囲気で、ちょっとだけ戸惑う。

「アホな孫やけど、仲良くしたってな」

と。お祖母ちゃんってやっぱり孫が可愛いものなんだな、って。
笑顔で頷くと、お祖母さんも穏やかな表情を浮かべてくれる。

「アンタみたいな子が侑士の嫁になっ」
「失礼致します。さまでいらっしゃいますか?」

お祖母さんがキワドイ台詞を吐きかけた瞬間、がらっと戸が開いて。
切羽詰まったかんじのお姉さんに、ものすごい詰め寄られる。

「御食事中たいへん失礼かとは存じますが、
 早急に1Fロータリーまでおいで下さい」
「あたし、ですか?」

「はい!申し訳ありません。ですが今すぐ向かわれた方がご自身のため、ひいてはわたくしのためで御座います。お願い致します!」

、なんか悪いことでもしたん・・・?」
「してない、と思うけど・・・」
「お ね が い い た し ま す !」

オチにね、一歩一歩向かってるような気がする・・・。
しかたなく、侑士とお祖母さんに中座を謝って。
半狂乱のお姉さんに連れられるまま、辿り着いたロータリーには。

なんか叶姉妹とかが降りてきそうな長い車が停まってて。

ああ、そうだよね、やっぱりこういうオチだよね。


「俺様を差し置いて忍足のババアに会うとはイイ度胸してんじゃねーの」
「だってアナスイが・・・!」

あたしの部屋より上等かもしれない車内は深紅の薔薇まみれ。
正直言って、暑苦しい。

「伊勢丹だ、伊勢丹行くぞ」
「えー、路面店が良い、路面店!」

「アナスイとギャルソンどっちが好きなんだよ?」


・・・・やだなあ、景吾ってば。


「ギャルソンに決まってるじゃん?」

決定。伊勢丹な」

赤ちゃんでも分かる、あたしのワードローブ増殖の仕組み。
講座はこれにて終了です。