「春だねえ……」
「春だな」
「景吾、花粉症とか平気なんだっけ?」
「アーン? 花粉なんざ気にするほど庶民じゃねーよ」

花粉症にも庶民とか関係あるんだ……!

じゃあアレですか。

あたしは花粉症になった方が良いんですか。

「ねえ、そういえばお花見行ってない」

ああ、心なしか喉が痒くなってきた!
そんな、喉まで庶民を自覚しなくたって良いのに!
出そうで出ないくしゃみと格闘してると、景吾がいきなり立ちあがった。

「景吾! 出掛けるんだったら花粉症の薬と煙草を……」

立ってる者は親でも使え、とか言うじゃないですか。
あたしのお財布より景吾のお財布の方が、断然春っぽいじゃないですか。

「花見行くぞ」
「……や、もうお花見どうでも良いからさ、とにかく薬と煙草を買ってき」
「行くぞ」

……ちょっと日本人の心で言ってみただけなんだってば!


Sg Series Extra 05
 The Cherry-Blossom Front!


「しかも散ってるし」
「散ってねーよ」
「いやいや、散ってるじゃん!」

車を呼んで、お花見の名所まで飛ばすこと十五分。
桜の花びらを敷き詰めた公園で見上げれば。
緑の葉っぱが混じった桜は見頃を過ぎてるばかりか。

もはや『お花見』じゃなくて『お葉見』だ。

『オハミ』ってどうなんですか。

外国人の名前みたい。
……そんな名前の外国人、聞いたことないけど。

「景吾、アレどう見ても散ってるってば」
「散ってねーつってんだろ」

景吾の目が悪いのか、あたしの目が悪いのか。
景吾の心の目が悪いのか、あたしの目が悪くないのか。

だいたいそんな必死こいてお花見しなくても良い。

横にいる景吾をちらっと見上げると。
いつになく間の抜けた表情で。
……ちょっとぎょっとするから止めて欲しいです。

インサイトとかあるじゃん。桜、散ってる、見たら分かる、オーケィ?」

高そうな服の裾をちょいちょい引っ張ってそう言うと。
いきなりこっちを振り向いた景吾は。





「認めない」

と、わけの分かんないことを呟いた。





嫌な予感がする。





「まさかと思うけど、なにを……?」
「プラトンによると、見えてる世界は影にすぎねーんだよ」





景 吾 が お か し く な っ た 。





桜の花びらを巻きこんだ風が、そばを虚しく駈けぬける。

いやいやいやいや、認めてよ! プラトンとか知らないよ!」
「アア? プラトンは紀元前五世紀のギリシアに生ま
「プラトンどうでも良いってば!」
「いくらでもプラトンぐらい知っとかねーと、社交界デビューのとき困るぜ?」





『困るぜ?』じゃないでしょ。
しないですよ、社交界デビューなんか。





どうしよう……早いとこ景吾を連れて帰らなきゃ……これは……

「じゃあ! 社交界デビューに備えて、帰ってお勉強でも……」
「行くぞ」

お釈迦様、あたし悟った。
今日一日なくなった……。

「ちょっ……行くって何処行くの?」

否応なしにあたしの手を引っ張って、ずいずい車へ向かう景吾の隣に。
小走りで並びながら、そう尋ねると。
やつはこう言った。





「ちょっと桜前線のところまで、だ」





『ちょっと』じゃないだろ。

あたし、昨日テレビで見たもん。
桜前線はすごい順調に北上してるって言ってたもん。
『お花見行きたい』なんて言うんじゃなかった……!
ていうか『お花見行きたい』とか、あたしそもそも言ってないんじゃ……?






「……なに?」
「俺様を差し置いてメールとは良い度胸じゃねーか」

一般車道だと幅が広くて迷惑きわまりない高級車が。
首都高に入ったと思ったら。
……いつのまにかここは東北道。

坊っちゃまは最初テレビをつけて。
延々、自分の勝った試合のビデオを流してたけど。
あたしがちょっとむかついて

『酔うからやめて』

って言ったら、なにを勘違いしたのか。

にもようやく俺様の魅力が分かったか』

などと、感慨深そうに呟きながらテレビを消してくれた。

車酔いですよ、ただの、ねえ……?





テレビが消えたと思ったら、オペラみたいなのが聞こえてきて。
あたしみたいな女子中学生に似合わないBGMのなかを。
お構いなしに走る車と。
お構いなしに密着してくる景吾と。

嗚呼ママン、はお家に帰りたいです……!





「だってジロちゃんからメールなんだもん」
「ジロー? ジローってどのジローだよ?
「『どのジロー』って、あたしの知ってるジローはジロちゃんだけだよ」

個人情報保護法も無視してメールを覗こうとしてくる景吾を。
ぐいっと左腕で押し退けると。
景吾はそのままなにやら考えこんだふうに腕組みをして。

あ、あ、あ、いま窓の外に『宮城』って標識見えた……!
絶・対・見・え・た!

これ、今日中に帰れないんじゃ……。

、ジローってメール打てんのか?」

そんな素朴な疑問でかわいこぶっても欺されませんよ、あたしは。

昨日今日明日なんていう時間の枠に捕らわれない男・跡部景吾。
桜前線のためにとうとう宮城県まで来てしまった男・跡部景吾。

景吾(と可哀想な運転手の森田さん)と一夜を。
しかも初体験の東北で過ごすとか!
悲劇的すぎて泣けてくる……!

どっかのお爺ちゃんじゃあるまいし、ジロちゃんだってメールぐらい打てるよ」
、ケータイ貸せ」

言うが早いがあたしの返事も聞かずにケータイを(華麗に)奪い去って。

、あそぼー! 動物園行こー!』

っていうジロちゃんのメールを見るなり。
景吾は言葉では表現しづらい『デスノート』みたいな顔をした挙句。
デスノートに誰かの名前を書きこむライトくんのごとく。
すごい勢いでメールを打ちはじめた。

ひとのメール、勝手に返事しないでくれますか、ねえ……!





桜前線追いかけるぐらいなら、ジロちゃんと動物園行く方が良かった。

あ、それと『ふれあい広場』とかに居る羊!
ジロちゃんには懐くのに。

あたしが撫でようとしたら逃げるのやめてくださいよ。

ジロちゃんには懐くくせに! アホ!





「ほら、俺様が返信してやったから有り難く思え」

哀しみに打ち拉がれるあたしに向かって。
じゃらじゃらストラップを靡かせながらケータイが飛んでくる。

「なんて送ったの……?」
「『は預かった。
 返して欲しくば俺様にテメエのアドレスを教えやがれ、アホ』」





………………ん?





「景吾、ジロちゃんのアドレス知らないの?」
「……聞け」
「は?」

ただでさえ逃げ場の少ない後部座席のなか。
普通の車よりだいぶ広いとは言え。
まあ、結局逃げられるはずないんですよね……。





いま『山形』とか見えたけど、もうどうでも良いです……。





『桜前線を追いかけて気がついたら網走刑務所でした!』

とか、そういう展開でももうびっくりしない。
あたし、強い子なの……!





悲痛な面持ちで、それでいて怒ってるらしい景吾に肩を抱かれながら。
もはや、あたしは人形より大人しくしておりました。
触らぬ神に祟りなし。

「ジローの番号は知ってる」
「うん」

「アドレスは知らねー」
「へえ」

「『アドレスも聞いてやる』つったら、ジローはこう言った」
「ああそう」

『おれメール打てないんだー、あとべ、ごめんねー!』
「……あはは」

それはそれは、なんていうか…………。
だってジロちゃんがメール打てないなんて話。
あたしはもちろん、景吾以外誰も聞いたことないだろう(と思う)。

アレだろうか、ジロちゃんは実は景吾が嫌いなんだろうか。

「景吾……?」

わなわな震える景吾がなんだか可哀想に思えて。
そう言って表情を窺ってみたらば。

……」

と、ひとのワンピースの肩紐を落とそうとしてきたので。
こいつ、油断も隙もあったもんじゃない。

もう良いよ、心配したあたしが馬鹿だった。

とか、ちょっとだけジロちゃんの気持ちが分かりそうになった。
こんなことになるって分かってたら違う服着てきたのに……!

「俺様の美技に酔いな、
「嫌です」
「俺様の美」
「嫌だって言ってるじゃん!」





山形の桜は綺麗でした。

……嘘です、あんまり覚えてません、すみません。

山形銘菓『からからせんべい』は美味しかったです。
お煎餅のなかからおもちゃが出てくるやつ。
ピヨのおみやげに買いましたよ、きゃっ。

だけどホテルのデラックススイートで。
ひたすら『俺様の美技に酔いな』とか言ってくる景吾に。

あたしは正直ついてけない。

こんなのと対戦する子はちょっと大変だろう。
だってテニスコートに笑いは要らないじゃない……!





あたしの貴重な春休みを返して……な疲れきった気分で。
送ってく、とか言って聞かない景吾をどうにか撒いて。
アパートの玄関にたどり着いたあたしを待ってたのは。

……ていうか、もう一人にさせて欲しいんだけどなー。

ー! 何処行ってたのー?」
「……ジロちゃん。あの、何処でも良いから、家、入れて」

夕暮れのアパートの廊下。
むかつくほど嬉しそうに飛び跳ねるジロちゃん。
ああ可愛い、だけど、癒やされない。
いまのあたしを癒やせるのはせんべい布団だけですよ!
景吾がうるさすぎて昨日全然寝てないんだ、ぞ!

「おれ、東京中探したのに!」
「べ様と……ちょっと桜前線を……」
「それでにおみやげ買って来たんだー」

当然のように部屋に入ってくるジロちゃんを追い返す元気もなく。
ベッドに倒れ込みながら適当にうんうん頷いて。

「あたしも買ってきたよー……ピヨ「じゃあ交換しよ!」に」

こんなふうに適当に返事しすぎたのが悪かったんでしょうか。





次の日、可愛い可愛いピヨに『からからせんべい』を渡すはずが。
なぜか『ひよこまんじゅう』をあげることになって。

「いりません、何時でも買えますから」

とか言われたのはいったい誰のせいなんでしょう、か!








アンケート御礼、跡部夢(?)。
まだちゃんと集計してないのでアレですが(すみません)、 印象からいうと跡部と若様がワンツーフィニッシュでした。 次がたぶん観月タン(嘘じゃないです、妄想とかじゃないですから!) なので、たまん(笑)・若・観月タン、で三本書こうと思ってます。 ちょっとノロノロになりますが、まずはたまん(←可愛い)から。 どうやったらコメディになるのか、忘れてるかんじですみませ……!