さて鏡台に向かいましょう。

「まぁ〜っかな林檎をほおばるぅ〜」

リキッドファンデーションはごく薄塗り。
……貧血気味の顔色を隠せる程度の薄塗り。
アイシャドウはパールピンク。
メイク道具を引っ繰り返したら出てきたのだ。

びっくり。

「ネ〜イヴィブル〜のティ〜シャッツ〜」

そしてそしてそして!
勿体ないから特別な日にしか使わない高級マスカラ。
これをふんだんに塗りたくる。

もうマスカラの広告に抜擢されるんじゃないかというほどに。

おしまいに色味の薄いグロスを塗って。

「あ〜いつはあいつは可愛い〜」

そう、可愛い可愛いMilkのワンピースとか着ちゃったりして。
ビューティフルにターンとかしちゃったりして。
こんな健気な行為は全部。

「としし〜たの男の子ぉ〜」

目下のところあたしが片恋真っ最中の。
年下の男の子のためなのだ。

なんて純情、可憐、病弱!

まあアレです。
化粧ポーチにちゃっかりコンドーム忍ばせてるのは乙女の秘密です。


Sg Series Extra 06
 XXX at Peach Club, Tonight


「そもそも今日のことを言い出したのは誰だか分かってますよね?」
「……はい」

「待ち合わせは何時でしたっけ?」
「……十二時です。正午です」

「今、何時か分かってますか?」
「…………いいえ。もう分かりたくもありません」

(花も恥じらう)14歳。
恋する人を目の前にして。
推定家賃二万円のアパートの玄関にて。
なぜか現在、正座して……させられております。


ピヨの眼、怖い、怖いよ!

嗚呼、でもそこが素敵……!


などという恋する乙女の陶酔感を。
木っ端微塵に粉砕するがごとくに、彼は言いました。

「……午後五時ですよ?」

ああ、通りで。西日が差しこんで来てると思った。
ああ、通りで。洗濯物取り込まなきゃいけないと思った。
ああ、通りで。お腹空いたなァ……と思った!

朝からなんにも食べてないもんね。

今日の晩ご飯どうしようかなぁ。
今日も景吾の家でご馳走になろうかなぁ。
いっそのことうちにもシェフとか雇えないかなぁ。

そしたらこんな貧乏体型にな
「午・後・五・時・ですよ……?」
ることもなく、貧血になることもなく。

ええ、ええ、現実逃避を試みておりましたとも。

だからそんなに詰め寄らないで……!
や、待って、やっぱりもっと詰め寄って来てくれても……!
とか不埒なことを考えてるそばから。
ピヨ改め日吉若のお顔は徐々にあたしの方に近寄って来て。

さん」

と。 切ないような気もしないでもない声で囁かれてしまっては。


14歳の母になる決意も出来ようってもんですが。


いや、待て
十月十日を経たらばあたしは15歳だぞ。
んん、まあ、それでも良し、行って良し!

……という淡い妄想を抱いたあとに直視したピヨのお顔は。
面白いぐらいに青筋が浮かんでおりました。

ねえ、ママン、どうしてでしょうか。
アレですか?


バージンロードはバージンで歩かなきゃいけないんですか?
そういう古風な考えを、眼前のこの子はお持ちですか?


「……ピヨ、なんか怒ってる?」


相変わらず青筋浮かべっぱなしで詰め寄って来るピヨに。
あたしはそりゃあもう恐る恐る尋ねた、ら。


日吉若少年の顔に青筋がさらに五本現れた。(RPG風に)


怒ってる! 怒ってる! 怒ってる!
14歳……じゃない、15歳の母とか言ってる場合じゃなかった!


あたしが痺れる足を堪えて必死で後退ってるあいだに。
ピヨはすうっと盛大に息を吸いこんだ。


「人を何時間待たせれば気が済むんですか。
 五時間ですよ、五時間。
 携帯に連絡しても全然繋がりませんでしたし、
 まさかさんに限ってそんなことはないだろうとは思いましたけど、
 栄養失調で倒れてるとかなら十分有り得る話ですし
 心配して、
 こうして来てみればぴんぴんしてるじゃないですか。
 まさかですよ?
 まさか人を五時間待たせておいて
 『忘れてた』とかではないでしょうね……?」


息を吸いこんで、そして、このように捲し立てました。

ノンブレス。

こんなに饒舌なピヨ、初めて見たよ……!

、恋する人の新たな一面を発見しました!


じ ゃ な く て !


このままじゃ土足で人の家に踏み込んで来そうな勢いのピヨに。


「エクスキューズ・ミー!」


とまあ、景吾仕込みの英語を駆使して阻止をはかれば。



「Do you have any decent answers for these, indeed?」



あ、あ、あ、そんな難しい英語分かりません!


しょうがないので、怖すぎる、でもそこが可愛いピヨに座布団を用意して。
落ち着いてとばかりにそこに座って貰って。
今度はあたしが盛大に息を吸いこんだら……むせた。


「まあなにか言い訳があるなら聞きますよ」


むせてるあたしを気遣ってもくれない、でもそこが可愛いピヨは。
座布団に座ってるにもかかわらず威圧的な態度で。
対抗してあたしも煙草に火を点けてピヨとお見合い席に座る。
ピヨは煙草を見てちょっと眉を顰めたけど、気にしてやるもんですか。


「……あのね、話せば長くなるんだけど」
「簡潔にお願いします」
無理。 あのね、あたしは今日ちゃんと朝早くに起きました。
 なので『寝坊した』とか『忘れてた』とかの不名誉な理由は即刻削除!
 まさかピヨとの初デート忘れるわけないじゃん!
 寝過ごすわけないじゃん!
 化粧もお洋服も十一時にはもう準備万端、
 今日のあたしは最高に輝いてるわ、きゃっ!
 ……ってなもんだったんだよ!」


そうだったんです、十一時の時点では……。


「それじゃあどうして五時間も遅れたんですか」
「怒んない?」

「俺をこれ以上怒らせるつもりですか」

滅相もない!
 ……まあ、それでね、自分的には非の打ち所なかったんだけど、
 念には念を入れなきゃいけないと思ったわけよ。
 ロリヰタっぽいお洋服とか着慣れないし、
 化粧もいっつもと比べたらすごい薄かったし、
 ここは誰か客観的な目を持ってあたしを評価してくれる人を……
 とか思って人畜無害そうな亮ちゃんに写メしたのが運の尽き……」


亮ちゃんには乙女心とか分かんないんだ。
だって、あれだけおめかししたあたしの写メに返って来たのが。



『コスプレ?』



あ た し は 侑 士 キ ャ ラ で す か !



ショックすぎて携帯、明日に向かって投げつけましたよ。
だからピヨのメールも着信も知らなかったの。

三時間泣き濡れて、三時間かけて衣裳と化粧をやり直し。
締めて六時間も経ってしまえば。

そりゃあ五時にもなるよね……。


というようなことを申し上げたところ。
ピヨははあっと大きな溜め息を吐いて。


「じゃあなんですか、
 宍戸先輩如きのせいで俺は五時間も待たされたんですか」


と、さらっと非道いことを言った。


「いや……まあ亮ちゃんのせいというか、あたしの脆弱な精神のせいというか……


あたしがうじうじ煙草の火を消しながらそう言うと。
ピヨはまた、また、大きな溜め息を吐いて立ちあがって。

なんとびっくり「失礼します」などと、靴を履き始めた。


「ちょっ、ちょっと待って! もう帰っちゃうの!?」
「はい、用は済みましたから」
「済んでないじゃん! デート! デート!


あたしがどれだけ苦労して初デートの約束までこぎつけたか!
もうその苦労談だけで一冊や二冊、本出せるよ!

無情にもほんとにドアを開きかけたピヨの腕を慌ててつかむ。


「デートだかなんだか知りませんけど、すっぽかしたのは誰ですか
……あたしです、ごめんなさい。でも、えーっと、晩ご飯!
 せめて晩ご飯ぐらい付き合って欲しいなーとか思ったり思わなかったり
「思わないなら帰ります」
「思う思う思う! 思うからちょっと待って!……駄目?」


意外にがっちりした腕に縋って、上目遣いに顔色をうかがう。
ピヨは本日三度目の溜め息を吐いた。


「しょうがないですね」


これは肯定の返事と受け取っても良いんだろうか。


さん、まともなもの作れるんですか」
「作れますー。今日のお詫びに美味しいもの作るから、上がって」


そしたら今まで険しさ満点だったピヨの表情が。
ちょっと、ほんのちょっとだけ緩んだような気がして。
もう一回靴を脱ごうとするピヨを「待って」って押しとどめて。
バリアフリーのご時世、玄関の段差をフル活用。




−−すでに もう! もう! 理屈じゃない
−−逆らえません 本能 本能
−−でも 胸にたぎるのは
−−下心ではないのです かなり本気です




フレンチなキスを恋する彼にあげちゃったりしたのです。
顔を真っ赤にして慌てふためくピヨを眺めてるのは。
可笑しいやら嬉しいやらちょっと恥ずかしいやら。

嗚呼! あたしにも「恥ずかしい」なんて感情残ってたんだ……!



「晩ご飯なに食べたい?」









最早一年も前に実施したアンケート御礼、若様夢。
遅くなりまくりまして大変大変申し訳ありません……! 残る観月タンで番外編をもう一本書いて、そしたら第二部に突入しようと 思っております。Sg本編は是が非でも黒が白でも逆ハーに したいので若様とキッスとか……させたい気持ちを一所懸命 抑えて書いておりますが、マァ番外編なので、ええかなと。 ちなみにこれ本編の二、三ヶ月前の話です。 ゆえに本編のヒロインと若様も一応一回だけキッス済み。
ミッチーの『今夜、桃色クラブで。』からちょこっと引用させていただきました。 嗚呼、もう、好きです、ミッチー。