うちみたいなお店はどこでも、
同業者さんと893さんはお断りなんですよね。
02 The Mission
(Magic and Medicine Make the Impossibles Possible)
「よう、芽衣。元気にしてたか?」
榊さんが「ここでは出来ない話だ」なんて言うから、
あたしは店が終わったあと、榊さんとクァジモドさんに連れられて、
榊さんの経営するホストクラブUniverseに来ていた。
なにも言わなくてもVIPルームに通されたあたしたちのところへ、
No.1の景吾くんがとりあえずといったふうに顔を見せにくる。
「うん、元気。景吾くんも元気そうね」
「当たり前だ。この業界は身体が資本だからな」
「そ。あとではじめちゃんにも顔出すように言っといて」
「オマエもいいかげん、俺様の魅力に気づけ」
「ちゃんと分かってるってば。
それでもはじめちゃんの方が好きなのー」
それにはじめちゃんだって、ちゃんとナンバー入りしてるもん。
まあ景吾くんの売り上げは断トツだって話だけど。
あたしと景吾くんが榊さんに苦笑されながら言い合ってるところに、
ボーイさんがブランデーとグラスを持ってやって来る。
Lafontanの1904年もの。
買ったら軽く十万は超えるんじゃないだろうか。
あたしの隣に座った景吾くんは、
あたしの煙草に火を点けてくれたあと、
ブランデーグラスに薄くLafontanを注いだ。
綺麗な琥珀色がグラスのなかで揺れている。
「そろそろ閉める時間だからな、
芽衣の頼みなら観月も残るんじゃねえか」
「お店のあとだし疲れてるでしょ。会いたいけど、
あたしのためだけに残ってくれなくて良いよ。
ちょっと顔出してくれれば」
「そのまま伝えとく……まあ、ゆっくりしてけよ。
では、オーナー、失礼します」
「ああ、行ってよし」
榊さんはびしっとそう言って景吾くんを下げると、
煙草を取りだした。条件反射的にZippoを構えたあたしをやんわり
押しとどめて、榊さんは自分で火を点ける。
そうだった、ここは榊さんのフィールドだった。
「クァジモド、芽衣に例の話を」
「……実はね、芽衣。僕のもとで働いて欲しいんだ」
「引き抜きですか?」
「引き抜きというか、ホステスじゃなくてね」
「あれ? ホステスじゃない?」
「芽衣、クァジモドは」
「良いよ、榊。僕が自分で言う」
クァジモドさんはこほんこほんと二度咳払いをして、
それから言った。
「僕はこう見えてもマフィアのボスなんだ」
「まふぃあの、ぼす?」
煙草を落とさなかった自分を褒めてあげたい。
いきなりマフィアのボスでーすなんて言い出す人がいたら、
普通は「ハァ?」ってなるに違いないんだけど、
そこは腐っても(腐ってないけど!)接客業、
あたしは努めて平静を装って、ブランデーをひとくち飲んだ。
「アナスタシアファミリーっていってね、そこの5代目のボスが僕」
「……そんなところで、わたしに出来ることがあるんですか?」
マフィアといえば『ゴッドファーザー』、
『ゴッドファーザー』といえばロバート・デ・ニーロ。
百歩譲ってクァジモドさんがマフィアのボスなんだとしても、
そんな物騒なところであたしに働き口があるとは思えない。
ああ、一個あった、アレ、愛人。
愛人だって立派な職業なんですよ!
「なにから話そうかな」
「愛人の心得から御願いします」
あたしが間髪入れずにそう言うと、
クァジモドさんは一瞬きょとんとした顔をして、
それから葉巻の煙を吐き出すと、はっはっはっは、
とまァ盛大に笑い出した。榊さんより幾分大きな体を折って、
咽せるんじゃないかってくらい盛大に。
「違う違う、もちろん芽衣なら喜んで愛人にしたいけどね、
違うんだよ、あのね」
「……?」
「僕のファミリーは規模で言うと中小なんだよ、
それでファミリーの存続のために、
ある大ファミリーと同盟を結びたいんだ。
ここまで、いいかい?」
「はい、つづけてください」
「その大ファミリー……ボンゴレファミリーっていうんだけどね、
そのボンゴレにこのあいだ使者を送ったんだ。
ところがその使者がどういうわけか帰ってこなくてねェ。
連絡もつかないし、正直困り果ててた。
そこにボンゴレが次のボスを日本で養成してるって話を聞いたんだ。
しかもその次期ボスはなんと中学生だと言うじゃないか。
これは少々遠回りでも次期ボスに取り入った方が簡単だろ?」
「それでわたしがアナスタシアとボンゴレの橋渡しに?」
「さすが話が早い。マフィアは男社会だから、
芽衣みたいに可愛い女の子が行くほうが角が立たなくて良いんだよ。
というわけで芽衣、僕のために中学生になってくれないか?」
クァジモドさんのきらきらした笑顔に消されそうだったけど、
使者が帰ってこないってそれ、
ものすごく危険なんじゃないんですか……? しかも、
それ以上に。
「どう頑張ったって中学生には見えませんて」
そう、あたしはもうティーンエイジャーなんかとっくに卒業した
23歳だ。言いたくないけど23歳だ。
たまに店のコスプレイベントとかでセーラー服着たりする
ことはあるけど、それは大人のお友達相手だから
許されるのであって、実生活でそんな恰好してたら恥さらし
を通り越して死あるのみ、な気がする。
猥褻物陳列罪だ。
だいたい実際中学生だったころにも、そのとき付き合ってた彼氏に
「制服姿が卑猥すぎて放送禁止」って言われたくらいだし、
もう胸を張って言える、あたしは中学生になれません! などと、
あたしが自分の中学生時代を思い出して赤くなったり青くなったり
してるところに、いったいぜんたいどこでタイミングを間違ったのか、
はじめちゃんがやって来る。榊さんがこくりと頷くと、
はじめちゃんは持ち前の柔らかい笑みを湛えながら、あたしの隣に、
「こんばんは」と腰を下ろした。
両手に花だ。
片方は若干年齢が高めだけども。
「どうかしましたか、顔色が悪いですよ」
「ううっ、はじめちゃーん!」
あたしが泣きつくと、はじめちゃんはぽんぽんと頭を撫でてくれる。
ホストなのにボーイさんみたいにジャケットの下にベストを
着てるけど、よく似合ってて、ARMANI EAU POUR HOMMEの香りは
厭味じゃなく心地良い。
「あたしの存在って卑猥なのー?」
「芽衣がですか? ああ、そりゃあ多少セクシャルかもしれませんが、
嫌なかんじではないですし、僕は好きですよ?」
「卑猥は否定しないんだ……でも、あたしもはじめちゃん好き
……そういうわけで、ね、クァジモドさん、
わたし中学生には戻れません」
「それが戻れるんだよね」
と、はじめちゃんの腕にくっついてるあたしを見て、
クァジモドさんは楽しそうな口調で言った。
そして「どーん」と妙な効果音つきで
(間違った日本語教育を受けたに違いない)、これまた妙な、
ピルシートいっぱいの、紫色をした小さな薔薇の粒を取りだした。
「アナスタシアファミリーで開発した、若返りの薬なんだ」
爆弾発言来たァ。コエンザイムQ10みたいな、そんなノリ?
どもほるんりんくる? そんなの全部まやかしですよ。
「一粒飲めば20時間、10歳若返る薬。
これを飲んで中学校に潜入して欲しい」
腕にへばりついたまま、唖然となってはじめちゃんを見上げると、
あたしの視線に気づいた彼は涼しい顔で笑っていた。
「そ、そんな怪しい薬飲めません」
「怪しくないよ。ねえ榊?」
「なぜ私に振るんだ」
「しょうがないなァ、よし、僕がちょっと飲んでみるから、
それでこの薬が怪しくないって分かったら、芽衣は転職決定ね」
「転職するんですか?」
なにやらイタリア語で歌いながら、
「どうせなら三粒くらい飲もう」と浮かれた調子で言う
クァジモドさんをちらっと見遣って、
はじめちゃんがあたしにそう尋ねる。
「んー、なんかスカウトされちゃって」
「そうですか。僕はてっきりオーナーが芽衣を身請けでも
するのかと思いました」
「身請けってそんな馬鹿な」
「なんだ、芽衣は私と結婚するのは嫌か?」
「滅相もない! 榊さんがそう仰有るなら、
いつでもヴァージンロード歩きます」
欲を言えばはじめちゃんと同居して一妻多夫制にしてください……!
とか考えながら、ぴったり横にいるはじめちゃんに弁解の視線を
向けると、はじめちゃんは
「まあ、いくらオーナーとはいえ芽衣は渡しませんが」と、
血反吐をはきそうなほど素敵なことを言ってくれた。
良いんだ、
リップサーヴィスでもなんでも良いんだ、
ここは夢を楽しむ場所だもの。
「はじめちゃんはお客さまのお見送り、いかなくて良いの?」
閉店5分前から流れ出すお決まりの音楽が聞こえてきて、
あたしがそう尋ねると、はじめちゃんはにっこり微笑んだ。
「それじゃあ、ちょっと行ってきますね。また戻ってくるので、
待っててください。あとで二人で飲みましょう」
「うん。行ってらっしゃい」
にこやかに手を振ってはじめちゃんの後ろ姿を見送る、
それからクァジモドさんに視線を移して、
あたしはざっと十秒くらい、自分の目を疑った。
「……どちらさまですか?」
「サルヴァトーレ・クァジモドだよ、芽衣」
そこに座っていたのはさっきまでのダンディなおじさまではなくて、
どう贔屓目に見ても十代半ばにしか見えない、
可愛らしい外国人少年だった。そんなSFちっくな展開あり?
→第三話
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