たまたまうっかりこんなお金持ち学校に入学してしまって。
たまたまうっかり世紀の金持ち坊ちゃまと幼なじみで。
たまたまうっかり坊ちゃまの取り巻きと仲良くなってしまって。
たまたまうっかり連中はそろってテニス部で。
たまたまうっかり大会で知り合った子のお友だちをお見舞いに行ってしまって。
其処にあたしの過失は微塵もないというのに。
どうしてこんな怖い目に遭わなければいけないのでしょうか。


 1 About a Present


今日も今日とて半ば強制連行的に部室へ連れられていって。
立派な帰宅部のあたしが。
マネージャーの子もなかなか入らせて貰えないという部室に入り浸っていれば。
当然の帰結としてマネージャーの子は怒るわけで。
正直な話、もう久しく健全な上履きを見たことがなくて。
画鋲なんかが入ってるのはまだ可愛い方。
鉛筆の削りカスやら焼き芋の皮やらだってまだ序の口。
けどね。

腐ったクラゲの死骸が入ってたのはほんとに堪えたから!

どうしろって仰るんでしょうか、ねえ、このわたしに何をどうしろと・・・!
以来、仕方なく毎日上履きは持ち帰ることにして。
というか、其れは結局イジメなので。
イジメならイジメで此方としても対処方法がないわけじゃないけど。
其れもなんだかめんどくさいし。

ひとつ溜め息を吐いて。
仮にも女の子の居る中で臆面もなくジャージに着替え始める連中に
もうひとつ溜め息を吐いて。
ソファに腰掛けてうっとりしながら手鏡を覗き込む首領・跡部景吾に紙袋を差し出した。

「べさまにあげる」
「せめて、景吾様と呼べ」
「ヤだよ、気持ち悪い。何でも良いからコレ貰って?」
「何だよこれ。・・・本か?」
「本っ!?」

景吾の声に反応するはおかっぱ頭の美少女戦士(男)。

が本!マジで!?うわぁ、吹雪く・・・」
「がっくん、凄い失れ
っ!今すぐ病院に行こう!迅速に病院に行こう!可及的速やかに病院に行こう!脳神経外科?心療内科?精神科?」
「萩は輪を掛けて失れ
さん!精神科なら俺、知り合い居ますよ!行きましょう!」

「・・・長太郎?」

「ハイ!」

「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」

「・・・・・すみませんでした」
「分かればいいんですのよ、分かれば」

所詮あたしの人生なんて擦り傷・切り傷・生傷に心の傷が溢れかえった人生なんですもの。
嗚呼暗い!弱冠15歳にして此の暗さ!
あたしと本がどれ程相見えないベクトル示してるのか誰か説明して頂戴よ。
平行ベクトルなの!?そうなの!?

「先輩、まさか買ったんじゃないんでしょう?」
「そうよ、ピヨ。まさか買ったんじゃないわよ。一寸ホラーだけど聞いてくれる?」
「ちょお待ち。まさか盗んだとか言わんやんなあ・・・?」
「馬鹿、盗むぐらいならコイツは誰かに買わせてるだろ」
「え?いや、そうなんだけど、なんかその言い方嬉しくないな」

買わせてるんじゃない。
みんなが買ってくれるのだ、勝手に。

「えーじゃあもしかしてもらったのー?言ったじゃん!
 『俺以外から物もらっちゃダメだよ』
 って、俺言ったじゃん!」
「言ってないじゃん!しかもジロちゃん何にもくれたことないじゃん!」
「誰に貰ったんだよ」
「そう、それなんだけどね・・・」

此処で一息。
学校来て帰るだけなのになんでこんなに疲弊し尽くさなきゃいけないんだろう。
お陰で最近煙草の数増えてる。
景吾がくれた高級おトートバッグからおシガレットケースを出して。
景吾がくれた高級おシガレットケースからお煙草を一本出して。
景吾がくれたおジッポ(バレット・ニコニコシリーズ!!)で火を点ける。
何コレ、景吾、あたしにいくら貢いでくれてるの・・・?
最近あたしに関するよからぬ噂が立ってるの、もしかしてこれらの所為?
そうだよねー、バレット・ニコニコシリーズいくらすると思ってるのよねー?
たかがライターのくせに(と人は言う)余裕で7桁だもんね。

おかしいよねほんとかねもちのきんせんかんかくって。

煙草に火を点けるとピヨシ若がすかさず空気清浄機のスイッチを入れた。
ピヨのそういうクソムカツクところが大好きだ。

「こないだなんとかっていう大会でなんとかっていう学校の
 なんとかっていう子と仲良くなってね」
「せめてイニシャルトークにしてくれよ・・・」
「2年って言ってたと思うけど・・・。あ!あと髪の毛が焦げたみたくなった子!それでその子のとこの部長が入院してて、一緒にお見舞い行ってくれって言うから、暇だったし行ったわけ。したらその部長が好みなの何のって、ちゃんほんと運命感じちゃった」
「話の筋が見えないんですが・・・」
「でもピヨの方が好みだよ?」
「それはどうでもいいんですが」
「うん、じゃあ、抱いて?」
「何を言ってるんですか」
「え「いいから話を戻せ」
「すみません。・・・そしたら昨日唐突に、ぺりかん便で本とDVDが来たの。自宅に」
これ一緒に入ってた手紙なんだけど、と言って無駄に豪華な机の上に手紙を広げる。
つれない男なピヨも、みんなと一緒に覗き込む。

『 
 わざわざお見舞いに来てくれてありがとう。
 キミの居ない病室はまるで花びらの散った桜の木のようであり
 まるで太陽の昇らない永遠の暗闇のようであり
 (中略)
 まるで乾上がったナイル川のようでもあります。
 また来てくれると嬉しいな。
 ところで見たいと言っていた映画のDVDと原作本を送ります。
 そういえばたまたま入院中に其の映画のDVDを見てたんだよね。
 それから、たまたま入院中に其の本も読んでたんだよね。
 僕からの中古品で良ければ是非受け取って下さい。
 お見舞いのお礼です。
 では。   幸村 精一
 P.S. 是非また病院に来て下さい』

なんだろう、この背筋を走る薄ら寒い感覚は。
幸村くんの容姿が直球ストライクゾーンなのは間違いないのだけど。
しかもどうやら幸村くんもあたしのこと気に入ってくれたっぽいのだけど。
・・・・・・・・どうして素直に喜べないんだろう。

「下手すりゃ稲川ジュンジより怖ェな」
「うん、亮ちゃん。あたしもそう思う。それでさ、その本見てみ?もっと怖いから」

亮ちゃんはその言葉に素直に従って、景吾の手元にある本をまじまじと見つめて。
見つめて。
見つめて。
見つめて。

「・・・ビニール掛かってる」
「何言うてんねん宍戸、入院中に読んでたののお古やちゅうて書いてあったやんか」
「や、侑士・・・マジでコレビニール掛かってるぜ?」
「なんやがっくんまで。冗談もたいがいにしいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」

ひゅるっと本を見遣った侑士が奇声をあげて、ぴたっと黙り込んだ。

「・・・・・・・DVDにも掛かってたの、ビニール」

「「「「「「「「「うわあ」」」」」」」」」

『幸村がそういう奴だとは思わなかった』とかなんとか言ってるから。
どうやらみんな幸村くんを知ってるらしい。

「で、それを俺様に回して寄越す」
「だって読まないのに部屋に置いとくの怖いし!べ様本読めるでしょ!?
 お願いだから供養してやってよ!」
「べ様言うなよ」
「い い じ ゃ ん !!よん様だって『ぺ』だよ『PE』!」
「あんな韓国版忍足と一緒にすんな。
 ・・・よし、が『景吾様』っつったら受け取って読んでやろうじゃねえか!」

「景吾様のサド!鬼畜生!・・・ハイ、言った」

「・・・・・・・・・・・」
「言った。」
「分かった。読む」

あらま、意外に素直じゃないの。
「良かったねー」って言ってくるジロちゃんがあまりにも可愛いから、
二人で『良かったねダンス(回るだけver.)』を披露してたら、べ様は溜め息を吐いて。
人がわざわざ入れてきてやった伊藤ヨーカドーの紙袋から
『くりっしゃんでおーる』の紙袋に本を移し替えていた。
なんだそれは。
伊藤ヨーカドーはご不満か。

「『指輪物語』ってことは『ロード・オブ・ザ・リング』?DVDも貰ったの?三つとも?」
「うん。長いし帰ってから徹夜で見ようと思って」
「いいなー。俺もまだ見てないんだー」
「じゃあがっくんも一緒に見る?」
「見る見る!」
「ん、了解。あんまり遅くならないうちに手土産持参でどうぞ」
「りょうかーい」

他の連中も、さも当然といった顔をして『家行き』を主張したけども。
誰が深夜にあなた達の顔を見たいと言ったか、いや言ってない。
そして深夜にジロちゃんと萩と長太郎に会ってはいけないと、
心の中の女神様(貞節を司る女神様)が囁くので。
ピヨならがっくんとの約束を反故にしてでも呼んだのに。
肝心のピヨ(と樺地くん)だけは『行きたい』のいの字も言ってくれなかった。
恋する乙女のなんたるかをしょっぱいとこだけ嘗め尽くして知った気分。


ていうかあたしはべ様の馬鹿をなめてた。