俺より(たぶん)ひとつ年上のさんは不思議な人です。
跡部さんが気持ち悪いほどさんに貢いでいるとはもっぱらの噂だけど。
さんにはどうもその気がないようで。
もしかすると俺に気があるんじゃないかと密かに考えたりしてしまっています。
俺に冷たくしたり日吉に優しくしたりするのはアレです。
一種のカモフラージュなんだ・・・・・・・・と思うことにしています。
3 The NZ Captivity
朝部室に行くと、珍しいことに日吉が携帯電話を握りしめていて。
そのうえ呆れたような、嬉しそうな、寂しそうな。
そんな、なんとも複雑な表情で溜め息まで吐いていた。
「おはよう、日吉。どうかした?」
「なんだ鳳か・・・」
そこまでがっかりした顔をされると、いくら温厚な俺でも顔が引きつったりするわけで。
「先輩が今日休むってメール」
「先輩?どの先輩?」
俺としては忍足さんとかだと嬉しいな。
正直忍足さんのノリにはついていけないモノを感じる。
『萌え』ってなんですか、忍足さん。
そのストラップなんですか、忍足さん。
「先輩」
「ええ!?なんで日吉に連絡が!?」
言ってからしまったと思った。
なんでもかんでもない。
さんったら俺に連絡するのが恥ずかしかったんですね・・・・・・と思いたい。
「向日さんもだ」
「ええ!?なんで向日さんまで!?」
「先輩の家、泊まったらしいぜ?」
「泊まったぁ!?」
あ、そうか。
これは俺にヤキモチを焼かせようって魂胆だ・・・・・・・と思いたい。
さんってつくづく可愛いなぁ。
「昨日から連絡つかへんと思ったら、やっぱりがっくんんとこ泊まっとったんか」
この人は毎朝毎朝、わざわざ忍足星(関西地方)から通ってらっしゃるんだろうか。
「「おはようございます」」
「あー、おはようさん。ほなやっぱり休むんか?とがっくん」
「らしいですよ。なんでも徹夜して映画見てたとかで」
「昨日言ってたやつ?」
「ああ。相変わらず馬鹿だな、あの人も」
さんのことを馬鹿というときの日吉の顔ときたら、
・・・・・・・とんでもないほど憎たらしいんです。
さんのことを愛情8割、本音2割で『馬鹿』と言っていいのは俺だけですから!
(と以前冗談半分で言ったら跡部さんに冗談じゃなく殺されそうになった)
「そういえば跡部さんも遅いですね」
「ほんまやな、珍しい。自分らなんも連絡受けてへんの?」
「俺が知ってるわけないです」
「俺も連絡は受けてません」
忍足さんは少し考え込んだあと、ぱあっと顔を輝かせた。
「ほな、今日の朝練は適当に終わらせよか」
この人はどうしてレギュラーなんだろうかと、時々真剣に悩んでしまう。
事件は放課後に起きた。
掃除時間中に跡部さんの高笑いが聞こえた気がして、嫌な予感はしていたのだ。
それからいつも通り宍戸さんと部室に向かう傍ら。
さんの話やさんの話やロード・オブ・ザ・リングの話などをしつつ。
あっという間に部室にたどり着いて扉を開けた瞬間。
俺も宍戸さんも言葉を失った。
それこそ「あっ」と言うことすら出来なかった。
「よう、宍戸に鳳」
氷帝学園男子テニス部約200人の頂点に立つ人が。
あろうことか杖(本格仕様)を持ち、ついでに白馬を繋いでいらっしゃったのだ・・・。
呆然と立ち尽くす俺たちを怪訝そうに眺めながら。
跡部さんは綺麗な指で馬を撫でている。
「うっわっ!馬!ウマがいるー!」
「ようジロー。羨ましいだろ、俺様の馬だ」
「あとべってジャッキーになるのー?」
「ジャッキーはチェンだろ。それを言うならジョッキーだ、がしかし違う。
聞いて驚け、俺様は王になるんだ!」
「「「え?」」」
幻聴だろうか。
それとも
『王っていうのは君主の称号もしくは皇族の一種であって、宣言してなれるようなものではないんですよ』
と、優しく諭した方がいいのだろうか。
それとも
『何言ってるんですか、跡部さんも冗談がお好きですね』
などと。
軽く流した方がいいのだろうか。
続々とやって来るレギュラーの人たちは、入口付近で皆、ぎょっとして立ち止まって。
それから至極平然を装って、何事もなかったかのように着替えを始める。
芥川さんはいつの間にか馬に乗って寝ていた。
凄い人だ。
「長太郎、呼んでこい」
「え?」
「いいから、不測の事態に備えて呼んでこい」
聞き慣れない着メロが鳴ってると思ったら、の携帯がしつこいくらいに震えてた。
今何時?4時?
「っ!っ!電話鳴ってる!」
「ああ?」
「電話だって!」
すっごい不機嫌そうにほふく前進で電話に向かったは、通話ボタンを押すなり
「うっさい!死ね!人の快眠を妨げる輩は須く死ね!」
・・・・・・怒鳴った。
『うっさい!死ね!人の快眠を妨げる輩は須く死ね!』
嬉しがりて電話するに想いの人怒りけり。
突然の攻撃にびっくりして思わず竹とり物語だ。
「ちょっ、さん!俺です!鳳です!」
そう、さんはちょっぴり恥ずかしがり屋さんなのだ。
と、努めて思うことにしている。
『長太郎?あー、おっはー (!おっはーは古いって!)』
「おはようございます」
『おはよう、そしておやすみなさい、さようなら』
「ちょっ、待って!うわっ、切らないで切らないで!あーもう・・・あっ日吉!日吉!」
偶然通りかかった日吉を大声で呼び止めると。
電話口でさんがむせているらしい音が聞こえた。
「日吉!日吉!さんにいますぐ学校来てって言って!」
「なんで?」
「いいから早く!」
オイシイところを日吉にかっさらわれるのは非常に口惜しいけれども。
宍戸さんが呼んでこいと言うのだから、是が非でも呼び出さなければいけない。
(そうですよなんだかんだいってさんがひよしにマジラブ激ラブだってことぐらいちゃんとしってるんですよそれでもしらないふりをつとめてよそおっているのはさんがひよしにフォーリンラブだなんてみとめてしまったらおれのせんさいなこころががらすのしょうねんじだいのようにこなごなにくだけちってばすのなかのきみにせをむけてしまいそうだからなんですよあああおれもきのこかっとにしてみようかな)
というわけで日吉は嫌々のふうを見せながら、内心喜んで(邪推)電話を受け取った。
「もしもし先輩ですか」
『もしもし先輩ですか』
「そうですよ。あなたの愛しの先輩ですよ」
『何言ってるんですか。巫山戯てると切りますよ』
「巫山戯てなんかないので切らないで・・・お願いだから」
『要件だけ簡潔に言うと今すぐ来て下さい』
「行きます!、ジャンボジェットより速く行ってみせます!」
『それじゃあお願いします』
「うん!行くから抱いてね!」
『切りますよ』
「ああああああ、死んじゃう!切られたら死んじゃう!」
『それくらいじゃ死にませんよ、切りますよ』
「ああああああ、じゃあメール!そっち着くまで一分おきにメールちょうだい!」
『気が向いたら』
「ほんとに!?絶対してね!」
『気が向けば。切りますよ』
「うん!ばいばい。ちょっとだけばいばい」
『切りますよ』
「切りますよ」
と、なんと5回目の「切りますよ」で、漸く日吉は通話を切った。
ちなみに俺との電話で、「切るぞ」は最高2回だ。
それ以上聞く前に、日吉は本当に電話を切ってしまう。
それでも俺はまだ良い方で、先輩たちからの電話だと、
1回目の「切りますよ」を言い終えるが早いが即座に通話中止だ。
俺に無愛想に電話を返して、日吉はすぐに自分の携帯でメールを打ち始めた。
さんが向日さんを従えて登場したのはそれから約30分後。
お出迎えという名目の下、跡部さんから緊急避難していた俺は。
歩く道すがらこれまでのいきさつを説明して。
ようやく部室に入ると、何故かみんなが荷造りを始めていた。
「みんな・・・なにしてるの?」
「うわっ、なんで馬がいんの!?」
「ように向日。今からニュージーランド行くぞ、ニュージーランド」
『でずにーらんど』の間違いかな?
「え?ユニヴァーサル・スタジオ・ジャポン?」
「一文字もかぶってねえよ!」
「じゃあわんわん小王国」
「余計離れたわ!」
宍戸さんと忍足さんのストレートなツッコミもどこ吹く風、むしろ無視して。
さんはちょこちょこと日吉の方へ向かっていった。
「ピヨも南十字星見に行きたいの?」
「貴女は何を言ってるんですか」
「じゃああたしも行かない。そういうことでよろしく、べ様!
あー、ジロちゃんいいの乗ってるね」
さん降臨によって、芥川さん嬉しさのあまり落馬。
落馬しつつも健気な笑顔の芥川さんを2、3度撫でてから。
さんは白馬を執拗に撫で始める。
「あんた名前なに?四郎!四郎でいい?」
「違う、アスファロスだ」
「よしよし四郎、あたし馬刺しって食べたことないんだよね」
「ア ス フ ァ ロ ス を 食 う な !」
俺、あんまり生もの好きじゃないんですよね・・・。
とかなんとか考えてるときに、俺は聞いてしまった。
跡部さんが杖を振りながら『ぶりざが』と呟いているのを・・・!
跡部さんの頭にとうとう末期症状がやってきた。
「あたしどうせならグエル公園見たいな。サグラダファミリア見たいな。
スペインが良いな、どうせなら」
「無理だ。俺様がニュージーランドに行くと決めたからには行く」
「行きたかないよ、南半球なんぞ」
「でもでもー、ニュージーランドって羊がねー、人口より多いんだってー」
「子作り怠ってるのかな?」
「さあ?俺、分かんない。けどね、キウイもいるよ?」
興味なさげに「ふうん」と呟いて、さんが煙草に火を点ける。
芥川さんはいそいそと羊型の灰皿を準備。
まったくもって健気である。
「ぐだぐだ言ってねえで、行くぞ」
「どうしてまたニュージーランド?」
「あかん!!それ聞いたらあ
「よくぞ聞いてくれた!」
跡部さんは尊大に脚を組みかえて、杖を振るいながら熱っぽくそう言った。
「てめえはロード・オブ・ザ・リング見たんじゃねえのかよ」
「見たけど、本読んだの?」
「読んだ。勿論映画も見た」
「ええっ!?早っ!」
「・・・・・感動した」
跡部さんがどこかの総理大臣の如き台詞と共に泣き出した。
俺はこんな部に入っていていいのだろうか、一抹の不安が頭を過ぎる。
しばらくぐずぐず啜り泣いたあと。
跡部さんはヒョウ柄のハンカチで涙を拭いながら顔を持ち上げた。
「そこで映画が撮影されたというニュージーランドに行こうと思う」
(((((((((ほんと頭おかしいんじゃないかな)))))))))
そう思っても口には出さないのは、部員なりの優しさだろう。
「べ様テニスの大会は?」
「そうやんな!大会あるちゅうねんな!」
「延期させた」
なにやってるんでしょうか中体連。
「お金ない!亮ちゃんもお金ない!」
「おまっ、なんでピンポイントで俺なんだよ!?」
「俺様が出してやるから有り難く行け」
これだから金持ちは、ほんとどういう思考回路してるんでしょう。
「飛行機席満席。飛行機席満席。ねえ萩!」
「そうだよね、こんな団体は取れないよね」
「自家用ジェットだ」
「ニュージーランドなんか行ったら樺地くん仲間(アボリジニ)のとこ帰っちゃうよ!?」
「ウス?」
「樺地は日本国籍だ」
え?ほんとに?うそでしょう?
「ピヨと婚前旅行なんて不埒な真似できない!」
「なにが不埒ですか。だいたい婚前旅行ってなんですか」
「ううう。だってニュージーランドって煙草高いんだよ?自動販売機ないんだよ?」
「10カートンくらい持ってけよ、買ってやる」
「え・・・・・・!」
さんの眼がきらきらと輝きだした。
というわけで現在氷帝学園男子テニス部有志は飛行機の中にいます。
メンバーはいつも通り、さん、俺、跡部さん、宍戸さん、滝さん、向日さん、芥川さん、忍足さん、樺地、日吉。
それにしてもおかしい、窓から見える海がどんどん近付いてきてる気がする。
「べ様!べ様!落ちてる!!飛行機落ちてる!!」
「違うだろ、ちょっと重力に逆らいきれなかっただけだろ」
「べ様おかしいよ!言ってることおかしい!」
お気楽俺様跡部様以外のメンバーは一様に。
・・・浮き世を儚むような表情を浮かべていた。
「「「「「「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」」」」」」」
まさかこんなに早く死ぬなんて思ってもみませんでしたよ!
日吉若とそのファム・ファタール(自称)、オセアニアに死す?
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