激高い木だなあ、なんて見上げてると上からジローが落ちてきた
其れ自体はたいして驚くようなことじゃねえか。
どうせ木の上で寝てたんだろうし。
ただ、ジローが見慣れない格好をしていて。
しかも心なしかジローの背丈が縮んでいるような気がして。
ふとあたりを見回すと向日が居て、しかも心なしか縮んだ向日が居て。
極めつけに、長太郎を見て悟った。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ」
似てない上に古いですよ、宍戸さん」


 5 Run Hobbits Run


向日とジローは元々背が低い方で。
縮んだっつってもせいぜい普段の3分の2かそこらだろう。
けど。

「オマエ通常の半分くらいじゃねえ?」
「まあ、そんなもんですかね。感覚的には1メートル弱なんで」
「ちょうたろう、そんぐらいの方がかわいいしー」
「あはは、芥川さんも向日さんも違和感ありませんよね」
「うんうん。なんか面白いよな!」
「なんでそんな落ち着いてんだよ!?

この状況はおかしいだろ!
頼むからもっと焦るとか吃驚するとかしてくれよ・・・。
俺だけてんやわんやでアホみたいじゃねえか。

「飛行機落ちて死ななかっただけ良かったじゃないですか」
「いや、もうコレほとんど死んだのと変わりねえだろ・・・」

他の奴らが何処にいるのか見当もつかねえし、そもそも此処は何処だ。
霞の掛かったような薄ら寒い森。
こんなところ知らないはずなのに、どっかで見たことあるような気もする。

「宍戸さん、宍戸さん、ポケットになんか入ってません?」

ぼけっとしてると長太郎が妙なことを言い出して。
俺は言われた通りポケットを探る。
ん?なんか堅いものが・・・。

「ああ!やっぱり宍戸だしー」
「ならポジション的にサムは鳳だな!」
「ですね」
「ジローはピピンとメリーどっちがいい?」
「んー?どっちでもいいよー?」
「じゃあ俺がピピンジローがメリーな!」
「なんか違うの?」
「大違いだよ!がDVD見ながら『ピピンかわいー』って言ってたし
「えっ!?ズルイしー!おれもピピンにするー!」
「やだよ、もう決めたもん
「というわけで宜しくお願いします、フロドさん」

俺にはもうなにがなんだか・・・と言いたいところだが。
今の会話と手のひらの上にあるもので、大筋は分かってしまった。
そう言われてみれば、この風景や着ている服に既視感を覚えるのも肯ける。
唯一の問題は、その事実かもしれない推測が。
荒唐無稽なSF作家さえも怒らせてしまうかもしれないほど。
非現実的の極みだということぐらいだ。
じょーじ・るーかすもびっくりだろう。
ぴーたー・じゃくそんはもっとびっくりするだろう。

「つーかこの指輪、マジであの指輪かよ・・・?」

じゃあなにか?
俺がこの指輪、棄てに行かなきゃいけねえのか?
唖然呆然の俺を「指輪棄てたら帰れるかもしれませんよ?」と。
激笑顔で見つめてくる長太郎の脇で、向日とジローがこそこそ話し合っている。
ちらちらと指輪を見遣りながら、向日が言った。

「宍戸、絶対指輪離すなよ?
「お、おう?」
「なにするんですか?」
「まあ、ちょうたろうは見ててよ。じゃあいくよー」
頑張れジロー!」

向日の声援を受けながら、ジローはどこからともなく取り出したマッチを一本擦ると。
容赦なく俺の手のひらに載った指輪をあぶり始めた。

「ちょっ、熱っ!!熱っ!!手に火ついてんぞ!!」
「んー、もうちょい・・・・・・・・こんなもんかな」

漸くジローが火を離したのを確認して、取り敢えず指輪を反対側の手に移す。
焼かれた方の手は即地面へ触れさせて。

「おお!!出た出た!!すっげー、本物じゃん!!」
「うわあ、綺麗ですね」
カッコいー

人の気も知らねえで呑気に指輪を覗き込む3人の真ん中へ、俺も首を突っ込む。

「マジかよ・・・」

さっきまで柄のひとつもなかったはずの指輪の周囲ぐるりに、輝く文字が躍っていた。
ああそういや、映画でもこんなシーンあったっけ。

「というわけで、どうしましょう」
「まずアゴラルンとかいうのに会った方がいいんじゃねえ?」
「違うよー、アラルゴンだよー」
「違いますよ、アラゴルンですよ」
「つーかその前に、向こうから馬来てるんだけど、アレ危ないんじゃねえのか?」

3人が一斉にくるりと振り返る。

「なずごーーーーーー!!!!」

もやの向こうに見える影から一番に逃げ出したのは向日で。
近くに見つけた手頃な窪みに飛び込む。

「早く!早く!こっち!」

切迫した表情の向日に促されて、俺たちも慌てて同じ窪みに飛び込んだ。
なんだっけ、アレ。
映画見たの結構前だから、あんま覚えてねえ。
『なずごー』?そんなん出てきたっけか。
考えている間にも、かっぽかっぽと蹄の音は近付いてくる。
そしてそれはぴたりと、ちょうど俺たちに一番近い場所で、止まった。

「キェェェェェェェェ!!」

な ん だ よ こ の 超 音 波 み た い な の は !!
耳を塞いでもまだ鼓膜が痛い。
夢じゃねえんだとしたら、かなり本気でヤバイ。
はやくどっか行け、はやくどっか行け、はやくどっか行け。
嗚呼フロドも大変だったんだな、とか今更ながらに考えたりして。
果てしなく長い時間が流れたような気がした。
そしたら突然ジローが身じろぎをして。
くるくるっと丸めたジャケットを思いっきり遠くに放り投げた。
微かに聞こえる物音に馬と乗り手が反応して、脇目もふらずそちらへ駆け出す。

「行こう、今のうちに逃げなきゃ

どっちに逃げればいいのか分からない、けど逃げなきゃいけねえのは確実で。
ジローを先頭にして、これ以上ないくらいのスピードで森の中を走る。
小さくなった身体は普段と勝手が違って、走りにくいこと甚だしい。
それでもみんな、懸命に走った。

「こっち、水のにおいする!!」
「マジ?すげーな、ジロー!俺全然分かんねーよ」

「キェェェェェェェェ!!」

「うわっ!また来ましたよ!!」

木が生い茂る森の中に馬は向かないだろうけど。
身体が小さくて絶対的に歩幅が足りない俺たちとならほとんど五分で。
死にたくない一心で走り続けると、本当に眼前に川が現れた。

「あっ!あの筏(いかだ)、映画で乗ってた!」

川縁の少し拓けた土地を向日が真っ先に横切って。
筏に乗るが早いが舫い杭に巻かれたロープを器用にほどき始める。
次に長太郎が筏に飛び乗って。

「ししどっ!早く!」

後方の俺を窺いながらジローも筏にダイブ。
馬のギャロップが間近に迫ってるのが分かって、マジで死ぬかと思ったけど。
間一髪、岸を離れかけた筏の上に飛び移った。
今まさに後にしてきた岸で、巨大な黒馬と黒ずくめの人間
こっちを口惜しそうに眺めていた。

「マジで有り得ねーって、こんなの・・・」
「ほんと、どうなることかと思いました」

4人が4人とも肩で息をしていて、それでもジローは無表情に筏を漕いでいる。
なんだかんだいってコイツが一番タフっつーか、生命力が強いというか。
目が合うと、ジローは「映画見ててよかったー」と、笑った。

「芥川さんって鼻利くんですね。おかげで助かりました。漕ぐの代わりますよ」
「ありがとー。そういえばさ、がっくんはさっきの何か知ってんの?」
「さっきのって黒い奴?」
「そう、それー」
「なんか映画で、『なずごー』って叫んでて・・・確か、『ナズグル』とかだったと思うけど。
 指輪狙ってる敵なんだってさ」

その指輪がポケットに入ってるなんて。
・・・ちょっと信じられねえ話だ。
駄目だ、近日中に死ぬかもしれねえぞ、俺。

「で、次ってどこ行くんだ?」
「映画だと、近くの村の酒場みたいなとこだった。
 そこでアラゴルンに会ってたから、そこまで行けば今よりかは安全じゃん?」
「方角分かります?」
「おれ、なんとなくなら分かるよー!そういうの得意なんだぁ」

真っ暗闇の中の渡し船は激不気味で。
それでも4人で良かったと心から思った。


いざ『踊る仔馬亭』へ!