うわあ、此処どこだろう・・・。
飛行機が急下降してて、ってとこまでは覚えてるんだけど。
死んだかな?・・・死んだよね?
でもその割りに、意識もはっきりしてるし。
なにより、どうして俺、馬に乗ってるんだろう・・・?
6 Going West
木陰で馬を休めて、苦労しながらどうにか鞍から下りる。
「なんていうか、天国っていうのは予想外の場所だったんだね」
天国が、まさかこんな草原だとは思ってもみなかったし。
天国に来ると、こんな服を着せられるなんてことも知らなかった。
カーキの腰まですっぽり隠れる半袖オーバー。
ベルトを締めて、その下に白いシャツ。
グレイの、これはタイツ?(スパッツ?)を黒いブーツに仕舞い込んで。
それらをすべて濃茶のマントで覆ってある。
腕に宛がった防具、それから背中に弓と矢立。
天国って弓矢が必要なぐらい野蛮なところなんだろうか。
やだなあ・・・、俺、弓なんか使えたっけ?
使えるわけないよね、弓道部じゃあるまいし。
はちゃんと天国に来れたんだろうか、正直微妙すぎて分からない。
木に背中を預けながら、小さな荷包みをひとつ解く。
中に入っていたのは青々とした葉っぱでくるんだ
パンのようなものがいくらか。
微かに血糊のついたハンカチ大の布がふたつ。
水の入った布袋がひとつ。
小さな櫛。
レトロな雰囲気のコンパスがひとつ。
それからこれは、地図かな?
右半分はたぶん森で、その森の北東部に赤い印が打ってあって。
地図の西側を南北に走る山脈の中に、もうひとつ赤い印がある。
どっちから来て、どっちに向かっているのだろう。
印に差異なんか見つけられないし、ちょっと分からない。
でも、こんな。
人っ子一人見当たらないような場所にずっと居るわけにもいかないから。
右手でぽっかりと口を開けている、森へと続く道を辿るのは躊躇われて。
とにかく山を目指して西へと向かうことにした。
それにしても
「なんとか下りたけど、今度は乗れるかな・・・」
簡単そうに見えて、実は乗馬って結構難しいんだね。
不思議と眠たくならなくて、夜通し草原を横切って馬を歩かせた。
明け方ごろ丁度いい水場を見つけて。
馬に休みをあげつつ少しの間ぼんやりと微睡む。
もう何時間かすれば、いつもなら朝練が始まっているのだろうけど。
お昼までにはが学校にやってきて、みんなでお弁当を食べて。
考えたこともなかったけれど、ずっと一人で居るのって結構寂しいものだ。
お腹が空いてるわけでもないのに一口だけパンを囓って。
ふうと小さく溜め息を吐いた。
やみんなはどうしてるかな。
また会えればいいんだけど。
そうして太陽が朝を告げる高さまで上がってしまったころ。
ぽっくるぽっくると蹄が地面を蹴る音が聞こえてきて。
誰が来たのかも分からないのに。
どうしても、嬉しくならずにはいられなかった。
用心のために片手に弓矢を携えて、待つこと数秒。
俺と同じような衣装を着た、見たこともないほど神秘的な容姿をした人が。
二人、連れだって現れた。
「探しましたよ、レゴラスさま」
「急に居なくなられて、こんなところまで来ていらっしゃったんですか」
「え?」
西洋人のように見えるのに、金色の髪から覗く耳が尖っていて。
そんな人(?)たちに。
あたかも旧知の人かのように話しかけられてしまっては困惑もする。
「裂け谷はもうまもなくです。このまま行けば予定通りに着きますね」
高さのある馬から軽やかに下り立って。
「少しお休み」と優しく馬に言葉を掛けると。
彼は所在なさげに池と木々との間を行きつ戻りつし始めた。
レゴラスに裂け谷?
なんだろう、何処かで聞いたことがあるような気がする。
そういうことに限って、どれだけ考えても思い出せないけれども。
俺は滝萩之介であってレゴラスじゃないはずだ。
でも、もしかすると、此処での俺はレゴラスなのかもしれないし。
そうすると、此処は天国なんかじゃないのかもしれない。
そんな考えは天国というアイディアに比べてもずっと。
怖いように思える。
ふとした不安から、こっそりと耳へ手を遣ってみる。
「どうかされました?」
「いや、なんでもないよ」
やっぱりだ、やっぱり耳が尖ってる。
うそ。
身体が変わってる・・・?
じっと手を見る。
手はいつもと何等変わりないように見える。
梳く振りをして眼前に髪の毛を持ってくると。
髪も普段の俺そのままの色、長さで。
顔は変わっていないのだろうかと。
それが一番気がかりなのに確かめる術がない。
「長居するのもなんですから、そろそろ出発しましょうか」
出来るだけ自然に見えるよう頷いて、目の端に彼らが馬に乗る様子を観察する。
軽々と、ちょっとした段差を跨ぐのと大差ないふうで。
真似をしてみると、案外簡単にできた。
一向に襲ってこない睡魔や空腹感といい、なんだか具合がおかしい。
この場所の空気が合っているとか、そんな外的な理由じゃないと思う。
別人になったとか、ほとんどそれに近い感覚。
「日暮れまでに、着けると良いですね」
「そうだね」
そう短く返して、俺は馬の脇腹を小さく蹴った。
頭を過ぎった朧な影は・・・
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