「ちょっ!べ様だか景吾ルンだか知らないけど、アレ!アレどうするの!?」
さて、他の皆さんはいかがお過ごしなんだか知ったこっちゃないですが。
不幸にも同行することになってしまったあたしとべ様は切羽詰まってます。
真っ青になったあたしたちは、悠長にも3秒ほど見つめ合って。
それからべ様はあたしの手をぎゅっと掴んで、言いました。
「逃げるぞ!」
嗚呼、逃げ惑うヒーローなんてお呼びじゃなくってよ。
8 Bleed Forever ?
景吾と二人、手に手を取って逃避行なんて夢見たこともないけれど。
とにかくそれにものすごく近い状況であることだけは確かだ。
「ロミオ様、ロミオ様、あなたは何故ロミオ様でいらっしゃるの?」
「巫山戯てる場合かよ!?んなこと言ってる暇あったら、とっとと走れ」
そうでした。
追ってくるのは、モンタギュー家でもなければキャピュレット家でもないんでした。
コークオークとかいう特殊メイク集団なんだった・・・。
思わず項垂れてしまった瞬間。
『ひゅんっ』とマンガみたいな音が耳元を過ぎていって。
「え?」とか思う間もなく
ひゅんっ ひゅんっ ひゅんっ ひゅんっ
「撃ってきたぁぁぁぁぁ!!景吾っ!!あの子ら、矢ぁ撃ってきた!!」
「全部避けろ、避けねえと殺すぞ」
「横暴!アホ!金持ち!」
飛んでくる矢の音に混じって、馬の駆ける音が聞こえる。
ふっと右後方を眺めると。
四郎(景吾の愛馬?)が有り得ないことに。
あたしらを見捨てるかの如きスピードで遠くに走り去って行くのが見えた。
あ ん の 薄 情 馬 め 。
ていうかあたしはロビンフッドの的なんかじゃないんだよ?
あたし殺したらピヨが殺し・・・たぶん
たぶんもしかしたらひょっとするとピヨが嘆き悲しんでくれるかもしれなくて
敵討ちに行ってくれるかもしれないんだぞ!
「うっわっ、掠った!今、スカート掠った!」
気のせいかな、なんて希望的観測を抱いてスカートをちらり見ると、焦げてて。
ほんと死ぬかも、ほんとピヨに会えないかも、ほんと化けて出るかも。
「アーン?」
「なに止まってんのよ、べ様!?死ぬの!?ねえ死にたいの!?」
「は先行ってろ」
ん?コレは、きゅんとしていい場合だろうか。
「絶対安全なとこで待ってろ、すぐ追いつく」
「でも景吾が・・・」
「バーカ、剣持ってるし、平気だろ」
きゅん きゅん
いやいやいやいや、否!あたしにはピヨという素敵な夫(予定)が・・・
「んなこと妄想してる間にとっとと行け!」
景吾はあたしをどんっと突き飛ばして、剣を抜いた。
後ろ姿からでも分かる。
・・・・・・この子、自分で自分に酔ってる。
『を守る俺は全宇宙規模にかっこいい』とか思ってる。
それを見てると、なんだか急に楽観的思想がもわもわと巻き起こって。
「絶対死なないでね!?絶対すぐ来てね!?」
言いながら、前方に見える木立めがけて掛けだした。
べ様が死んじゃったら今後の生活費どうしようとか考えつつ。
ピヨに会えなかったらどうしようとか考えつつ、待つこと十数分。
待ちかねた足音が聞こえてきて、あたしは立ち上がった。
ところがどっこい。
「逃がしやしねえぞ」
とまあ、いわゆるひとつの血塗れのオブジェ?
ていうか、絶・体・絶・命?
あたしには有無も言わせてくれずに禍々しいナイフを振り上げたそいつに。
通じるのかどうかはともかく。
「タンマ、タンマ!」
と叫びながら両手を顔の前で交差させることくらいしか出来なかったのだけれど。
「ああ!?」
意外にもそいつは動きを止めて。
意外にも紳士的。
「ね、景吾は?景吾どうしたの!?」
「ケイゴ?ああ、あの男なら今ごろ事切れてるだろうよ」
・・・・・こときれてる?
「つかぬ事をお伺いしますが、『こときれてる』ミーンズホワット?」
「死んだ」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「アーン?今なんつった?オマエいまなんつった?」
「で、で、で、ですからぁ・・・あの男なら死んだ、と申しあ
「じゃあオマエも死んどけ」
「え?え?え?えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
がしっと鳩尾に蹴りを入れると、それは奇声をあげて悶絶して。
脳天にもう一発お見舞いしたら呆気なく倒れたそいつに馬乗りになったはいいんだけども。
武器もなにもないし。
けどほんと何回殺しても殺し足りないくらいに頭が沸騰してたあたしとしては。
なにはなくともタコ殴りにしなきゃ気が済まなくて。
「じゃあ誰が養ってくれるのよ!?」
ぼすっ。あ、初めての感触・・・。
「誰がロールスロイスで送迎してくれるのよ!?」
めこっ。血飛沫。
「誰が嫁に貰ってくれるの・・・かというとピヨなんだけど」
ばしっ。血。
「とにかくねえ、景吾が居ないと死んじゃうんだからっ!あたし死ぬんだから!
じゃあなによ、アンタはあたしにまで死ねと!?ねえ?死ねと!?」
ぼすっ。めこっ。ばしっ。
「そのへんにしとけよ」
「うっさい!べ様は黙ってて・・・・・・・・・・ん?」
「が死んだら俺も死んでやる。光栄だろ?」
埋められない溝を感じてしまう今日この頃。
はっと我に返ると、べっとり血糊のついた手が気持ち悪くて。
罪悪感が津波のように押し寄せてくる。
そうだよあたし、なにやってるんだろ。
殺そうとしてたの?これを?
自分の手だけは汚さずに生きていこうと、遠いあの日に誓ったのに!
「・・・早く来てって言ったじゃん」
「ヒーローはいつも遅れて来るもんだろ」
「遅れてくるヒーローなんか待てないよ」
待ってるうちにどうにかなっちゃうよ、きっと。
「 」
「え?」
「心配掛けて悪かった」
ぱくぱくと、良く動く口元に反して小さな小さなその声は。
そんなことないんだよね。
謝って貰いたかったわけじゃない。
心配はしたけれども。
「景吾でも謝ったりするんだね」
「・・・テメエ人が折角謝ってやってんのに」
「ありがとう」
「・・・分かればいいんだけどよ」
笑いかけると、返り血にまみれた景吾はふいと目を逸らしてしまった。
べ様は常軌を逸したくらいキモくて可愛い。キモ可愛い。
あたしが死んだらこの可愛い子はほんとに死んでくれそうで。
それってちょっと、いやかなり高笑いな気分だ、人として最低な気分だ。
「血塗れのべ様見る機会ってちょっとないよね」
「永久保存的にセクシーだろ?」
「標準録画的なセクシーさではあるかも」
「R指定だな」
「3歳未満保護者同伴くらいじゃない?」
『ほんのり過激風味な描写がごくまれに御座います』とか。
怒られると思ったのに、むしろ怒られるのを期待してたのに(マゾヒスト?)
べ様はあたかも儚げな美少年の如き笑みを浮かべて。
未だ腹立たしいオークっ子に馬乗りになってたあたしを引っ張り上げた。
あ あ あ!
血塗れ姿よりそっちの方がR指定だよ、調子狂うよ切実に。
「こそ、そんな血浴びてどうすんだよ。ルクレティア・ボルジアか?」
「アイアン・メイデンの人?」
自分の肌を美しく、より美しくするために。
『鉄の処女』で何百人もの娘の血を搾り取ったという伝説の人だっけ、たしか。
「ああ。絶世の美女だったらしいぜ」
「へえ・・・どうでもいいけど、手離して?」
「嫌に決まってんだろ」
掴まれたままの手を戻そうとしても。
べ様はあたしの手をラケットか何かのようにぎゅっと握りしめたまま離さない。
それはそれは胸の高鳴るようなシチュエーション・・・なんかじゃ断じてない。
手と手の間にどうも血糊っぽいのが挟まってて、気持ち悪くてしょうがない。
なんかべたべたするし、鉄の匂いするし。
ああどうしよう、血って半乾きになったらびろーんって伸びるんだよ!?
ねばねばねばねばするんだよ!?
と、いかに不快かを伝えたところ。
「完全に乾くまで握ってりゃいいんじゃねえの?」
・・・そういう問題じゃないでしょ。
「乾き切ったら、ばりばりでしょ」
「うるさい。次に口答えしたら犯る」
「・・・・・・・」
「口答えしろよ」
奥さん知ってました?
戦闘のあとって、いろいろ昂ぶっちゃうらしいですよ?
セックスレスに悩む奥様方は、ひとつ旦那をクマかなんかと戦わせてみてはいかがでしょうか。
『うなぎぱい』とかより効果ありますよ、きっと。
でもね、あたしの『気持ち的にはバージン』はピヨにあげるって決めてるの。
「これからどっち行くの?」
「知るか」
「ふうん。じゃあこっちね。行こう。お手々繋いで仲良く行こう」
「のアホ」
「うん、そうだね。さあ行こう」
ぶつぶつ文句を垂れつづける景吾の可愛いのなんのって。
そうこうしてるうちに町が見えてきましたよ、隊長!
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