宿の1階がちょっとした酒場になってて。
あたしらが下りていくと、宿主のおじさん・バタバーさんは。
待ってましたと言わんばかりに微笑んで。
一番隅のテーブルへ座るとすぐ、熱いスープを一皿運んできてくれた。
「殿方のご注文は?」
そう聞かれたときの景吾の顔は、青筋浮かんでてすごい怖かった。
10 Sob Reunion
「なんなんだよ、あのおっさんは!」
どんっ、と、べ様がテーブルに拳を叩き付ける。
あたしの前にはポテトやらキノコやらウサギ肉やらの料理が並んでいて。
景吾の前にはパンとスープとビールジョッキ。
キノコを見てピヨを思い出したり、ウサギの肉は案外美味しかったり。
「一口いる?」
「いらねーよ、胸焼けがする」
「ん。じゃあ遠慮なく」
久し振りにまともな食事を摂ったような気分になるけれども。
昨夜はがっくんにピザをご馳走になったし、そんなに間隔が空いてるわけじゃない。
嗚呼そうだ、家庭料理とか、そういうのを食べたのが久し振りなんだ。
「美味しい!生き返る!これにデザートが付けばもう言うことなし!」
「ちゃん、焼き菓子と果物とどっちが良い?」
「バタバーさん気が利くね。・・・じゃあ両方で!」
「あいよ!ちょっと待って、すぐ持って行かせるから!」
レセプションに居るバタバーさんが、あたしの声を聞きつけてすぐに反応してくれる。
なんていい人なんだろう。
あたしの周りには奢ってくれる人がたくさん居るのだ、いつも。
『お金持ち万歳!ジェネラスネス万歳!』
なんて意味もなく叫びたくなってしまうほどに。
「オマエ、ほんといい身分な」
べ様は溜め息を吐いて、ほんの一口だけスープを啜った。
「世渡り上手なだけよ」
「ああ、そうかよ。悪かったな世わ」
「デザート、此処に置いて良いですか?」
「あ、嬉しい!ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして」
「・・・人の話はちゃんと聞けって小学校で習っただろ!?」
本当ならカウンターにつきっきりの店員さんが持ってきてくれたのは。
ケーキ!クッキー!リンゴにぶどう!
至れり尽くせりってこのことを言うんだね!って感じの豪華プレート。
あたしこれ食べたら死ねるかもしれない。
これ食べたら、ピヨに会えなくても成仏出来るかもしれない。
、3度のメシより只メシが好きです!
「聞けよ!」
「べ様、あんまり怒ると皺増えるよー?」
「増えねえよ!」
こんな小汚い酒場の備品とは到底思えないほど綺麗なフォークで、ケーキを食べる。
一口食べて、あたしは悟った、大悟した。
あたしはこのケーキを食べるために生まれてきたんだと。
まさにこれは
「空前絶後の美味しさ・・・!」
震える声で呟くと、べ様がちらりと此方を見た。
「むしろ、空前絶後とかで表現しきれない美味しさ!」
ちらりちらりちらりずむ。
駄目だ・・・・・・・・・凄いウケる。
「賤しい!景吾たんチョー賤しいよ!
そんな物欲しそうな目で見なくてもあげるってば。
はい、あーんして。あーん」
「う、う、う、うっさい、いらねーよ、ばか」
ど も り す ぎ の か わ い す ぎ で し ょ う じ き 萌 え
「景吾たんが食べてくれないと、ケーキさん寂しくて泣いちゃうよ・・・?」
「いらねーつってんだろ、アホ!・・・しょうがねえから一口だけ食ってやるよ」
「ん。あーん」
嫌そうに小さく開かれたべ様の口に
『むしろあたしが飛び込みたい』
って思うのは間違ってますか?ねえ間違ってますか?
勿体振ったりなんかして。
そろりそろりとフォークを景吾の口元に運んでいる最中。
「わあっ」
たくさんの人が驚いたような声を上げて。
声のする方を見て、あたしは思わず硬直した。
あの未確認飛行体のような髪型は・・・・・・。
「はやく食わせろ」
「あっ、はい、只今」
「うむ、苦しゅうない。・・・うわ、マジに美味いな、これは」
「じゃなくて!そうじゃなくて!」
「んだよ?美味いっつってんだろ」
「じゃなくて、そのまま視線を右へ、右へ・・・」
差し出したままのフォークでべ様の視線を誘導して。
「はい、其処でストップ」
そしてべ様も硬直した。
あわあわと声にならない音がべ様の口から流れ出す。
決定打はまもなくで。
なにもなかったはずの場所に。
見覚えのある人間が(幾分縮んだ感はあるものの)唐突に姿を現した。
酒場はまた驚きの声に包まれる。
あたしも景吾もご多分に漏れず。
「・・・・思い出したぜ、『踊る仔馬亭』」
「?」
「、俺様は先に部屋戻ってるから、オマエはあとであいつら連れて来いよ?」
「え?うん、いいけど」
「それ食い終わったらすぐ来い」
そう言い捨てて、景吾は。
たった今虚空から現れたその人の腕を強引に引きながら、二階に上がっていった。
取り敢えずすべてを見なかったことにして、あたしはケーキの続きを食べた。
「おじさん、ご馳走様でした。こんなに美味しいもの食べたの初めてです」
食器をひとまとめにしてカウンターへ。
バタバーさんはにこにこ返事をしてくれて、「おやすみ」と。
軽く会釈して、あたしはその足で小さな人たちが相談事をしているテーブルへと。
遠目になんとなく見当はつけてたけども。
「やっほー、がっくん」
可愛いんだけど、なんだかなあ・・・という。
「え?・・・!?」
「「(さん)!?」」
「あらま、皆さんおそろいで」
名前を叫ばれて、平静を装ってはみたものの・・・
な ん だ こ れ は か わ い す ぎ る !
プチジロちゃんにプチ長太郎にプチがっくんが一斉に立ち上がって。
しゃ、写真?写真撮った方がいい!?
ていうか鼻血の心配した方がいいって話!?
「ってば、何着てんの!?つーか、デカっ!デカっ!」
「違うよ、がっくんらが小さいだけでしょ」
「ー、おれねえ、ピピンなの」
「なに言ってんだよジロー!俺がピピンだって言ったじゃん!」
「ちがうしー、おれがピピンだしー」
「ちょっ、先輩方!宍戸さんどうするんですか、宍戸さん!」
長太郎の言葉に目眩がした、軽く。
やっぱりそうなんだ、やっぱり亮ちゃんがフロドなんだ・・・。
なんだそれフロドに対する冒涜かこのやろー。
「そうだった!!宍戸がアラゴルンとおぼしき人に連れてかれちゃったんだって」
「平気だよ。あたしアラゴルン(もどき)と一緒に来たんだもん」
その瞬間ジロちゃんの顔が『叫び 作・ムンク』のように歪んで。
そんなジロちゃんの顔を見たがっくんと長太郎は、驚きのあまり顎が外れそうになっていた。
「のていそうがアラゴルンとかいう人にぃぃぃぃぃ!!」
「や、だいじょぶだから、ジロちゃん発想おかしいって。いいから行こ?部屋行こ?」
泣き叫ぶジロちゃんの手を引きつつ、後ろにがっくんと長太郎を従えて。
ちょっとした保母さん気分で、あたしは階段を上った。
二つめの扉に手を掛けて、開くが早いが長太郎とがっくんが部屋になだれこんだ。
「「宍戸(さん)!!」」
「何しに来たんだよ、おまえら!早く逃げろ!」
「「え?」」
「よう、向日に鳳。随分と縮んだじゃねえか」
二人の顔が見る見る青ざめていくのが、可哀想なほどよく分かった。
ごめん。
期待通りのアラゴルンじゃなくてほんとごめん。
アラゴルンじゃない上に景吾ルンとかでごめん。
「ー、アラゴルンてあとべだったのー?」
「そ。べ様、そこらのコスプレイヤーなんかメじゃないくらいノリノリなの」
もしかしてそっちの気があるんじゃないかと疑ってしまうくらいに。
あたしが亮ちゃんを見てる間に、べ様はジロちゃんを見てて。
べ様は可愛いジロちゃんを拝めて目の保養になったかもしれないけれども。
あたしは気持ち悪い亮ちゃんを見て、胃液が込み上げてきた。
「亮ちゃんだけ小さくて気持ち悪いね・・・」
「気持ち悪いとか言うな!」
「まあまあ、無礼講ってことで。にしても、みんな無事で良かったね」
「此処まで来るの、大変だったんですよ」
「映画みたいだったよな!」
「おれねえ、だいかつやくだったんだよ!ほめて!」
「メリーだもんな」
「ちがうよ、ピピンだよ」
「メリー」
「ちがう、ピピン」
「メリーだよ」
「ちがうしー、ピピンだしー」
「メ「うっさい!チビどもは黙って座ってろ!」
べ様に一蹴されて、とりわけ長太郎はものすごく傷付いた顔をした。
そりゃそうだ。
普段は見下ろしてるはずのべ様に「チビ」なんて言われたら。
サーブだけ!サーブだけ!身長高いのだけが自慢・・・?
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