起きたら自分の部屋でした!とか。
マンガとかで読んだりしたら、作者を殴り飛ばしたくなるようなオチを。
ほんのちょっとだけ期待してた。
こんなに気弱になるのは、ピヨに会えない所為なのか。
それだけなら良いんだけども。


 12 Amon Sul (and who am I ?)


翌朝、ほとんど日の出と同時に起きる。
景吾だけが起きて、机に向かってなにやら考え事をしていた。
ジロちゃんは何故かベッドで雑魚寝していて。
寝るんだったらあたしを起こせって、言ったはずじゃなかったっけ。
じとーっとジロちゃんを睨んでると、声が。

「ジローなら、さっき俺が起きたあと、無理矢理寝かせた」
「そうなんだ。おはよ、景吾」

ほんと景吾には敵わないなって、思う。
結構寝たのに、まだ頭がぼんやりする。
景吾に一言断って、あたしは建物の裏にある水場に向かった。
顔を冷たい水に浸して重たい目蓋を引き締める。
そんなこんなで部屋に戻ろうと、1階を通り抜けようとしていると。
ふと、カウンターの上に小さな包みが見えて、近寄ってみる。

ちゃんへ』

寝ぼけてるわけじゃなく、小包にはほんとにそういうメモがついてて。
開くと中には、昨日のと同じケーキ、パイプ草、パンが何切れか、それから・・・


「あ。おはようございます、さん。」
「おはよ。変わらず皆さん、お小さいことで

しかも元気なことで。
あたしゃ駄目だよ、低血圧でその上明るい場所が大嫌いと来た。

そうよ、あたしは夜の新宿に舞う一羽の蝶・・・!!

って進路調査票に書こうかな。

希望1 ピヨのお嫁さん  希望2 新宿(夜)に舞う一羽の蝶

その先に生徒指導室が見えるけれども。

「朝ご飯、食べる?」
「食べる!!」
「んー、じゃあこれ、みんなで分けて」

貰ったパンをほとんど提供して。
きゃっきゃとはしゃぐがっくんたちをするりと抜けて、景吾の向かいに座る。

「どうしたんだよ、あれ」
「なんかバタバーさんが準備しててくれたみたい。これべ様の分ね」
は食わねえのかよ」
「あたし朝御飯、食べない人」

他の何が準備万端でも、胃と食欲だけは十分な睡眠時間を欲してるらしく。
不承不承パンを受け取って、べ様はもごもごとパンを千切っては食べ、千切っては食べ。

「茶はねえのか、茶は」
「ね え よ !」

アホか、状況を弁えろ。

「・・・お茶の代わりになるか分かんないけど」

しおらしく差し出したそれを見て、べ様は食べる手を止めた。

「こんなもんどうしたんだ?」
「『欲しいなー、あったらいいなー』と独り言を、バタバーさんの前で。
 そしたらパンやなんかと一緒に置いてあって。
 『明日、朝早く出るかも』とか言ったから、たぶん準備してくれてたの」
「・・・抜け目ねえな」
「せめて頭の回転がフェラーリのモーターより速いと言ってくださる?」
「どんだけ高速回転してんだよ」

それは、きっと景吾が『欲しいな、あったらいいな』って思ってたはずの、地図。
まさかほんとに貰えるなんて思わなかったけども。
男の優しさは、時には利用出来るだけ利用しなくちゃならないのだ。
ごめんねバタバーさん、ありがとう。

「次は『裂け谷』か・・・?」
「ごめん、覚えてない」
「頭の回転、地球の公転速度より遅いんじゃねえか?向日!ちょっと」

一年一周かよ、どんだけ遅いんだよ。
などと、怒る暇もなくがっくんがやって来て。

「オマエ、次行くとこ覚えてるだろ」
「次?ああ、映画で?えーっとね、たしか谷・・・『裂け谷』?」

なんでがっくんはちゃんと覚えてるんだろうね、ママン。
それはね、が無駄な知識ばかり貯め込んでるからよ。
嗚呼ママン、ほんとですね、ほんとごめん。
チョモランマの標高とか北欧の人口密度とか石油王がたくさん居る国とか
所詮アタイにはそんな知識しかないんです・・・。

「うわあ、地図ですか?あるのとないのじゃ大違いですよね」

『551の豚まんみたいなもんだよね』って言いたい。
切実に言いたい。
でも確実にすべる・・・それどころか通じないかもしれない。

「どうかしました?さん」
「なんでもなーい。もうそろそろ、ジロちゃん起こして行こっか」

なんとか口をつぐむことに成功した自分を褒めたいです。


それから東を目指して歩くこと数日。
呆気ないほど平和だな、とか不謹慎にも思ってしまうくらい。
メラニン色素は根性で抹殺。
8×3なしで制汗、これも根性。
それでも疲れだけはどうにもならなくて。
煙草やめようかなって一瞬だけ思ったものの。
某野球チームのなんとかっていう人がそういえばテレビで吸ってたな。
なんてやる前からすでに禁煙失敗。
だいたいアカンパニーの皆さんは、体力ありすぎるんだよ!
おかしいよ、日本の男子中学生!
そんなあたしを気遣ってくれてるのかは知らないけれど。
夜営の見張り番もあたし抜きで勝手に回ってしまってて。
なんだかなし崩し的に『日が沈んだら就寝、日が昇ったら起床』という。
お年寄りか弥生時代にしか有り得ないような生活習慣が身に付いてしまった今日この頃。

ー、今日ここで休むってさ」
「いいね、がっくんは若くて」
「大丈夫かよ!?おない年だろ、俺ら!」
「今まで黙ってたけど、実はあたし、3000年生きてるヴァンパイアなの。
 若い男の血、とくにピヨピヨ言う子の血を吸わないと、あたし生きて行かれない・・・!」
「日吉、ピヨピヨ言ったことないじゃん!」
ー、おれの血じゃダメー?」
「嗚呼ジロちゃん!この際ジロちゃんの血でも・・・!!」

飛び付いてきたジロちゃんをがばっと抱き締めて、牙をジロちゃんの首筋に・・・。
いや、ちょっと待って。

「誰 か 突 っ 込 ん で く れ な い と チ ョ ー 困 る 」

「すいません、俺、タイミングを逃してしまって・・・」
「俺、ナチュラルに引いてた・・・」
のフリ、激受けにくいんだよ!」
「えー、吸血鬼じゃないのー?」

誰か忍足星(関西地方)から侑士呼んできてー!


「ふあっくしょい!・・・嫌やわ、誰か噂しとるんかいな。
 そもそもなんで俺はこないなことしとんねん。ああ、優し。俺、やっさっしー!
 ひいては世界平和のため、ひいてはのためや!
 待っとれよ、とクソじじい!」


「おい、火起こせ、火!」

今となっては懐かしの人・侑士に思いを馳せたりしてるところへ。
『タンパク質を捕ってくる』という謎の言葉を残して出掛けていった景吾が帰ってきた。
・・・片手にウサギの亡骸を持って。

「鳳は水の準備しろ」
「オマエ、それ食うのかよ」
「嫌なら宍戸は食うな」

すっかりワイルドが板に付いたべ様は、その場に正座して。
ウ サ ギ の 皮 を 剥 き 始 め た ・ ・ ・ 。

「「「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
「うるせえぞ。嫌ならも向日も食うな」

だ、だ、だ、だ、だって!
ウサギの生肌なんか拝みたくないんだもん!
調理済みと調理前は別なんだもん!

「普通に豚とか鶏は食ってんだろうが」
「そういうのは、屠殺場の気配を排除しつつ食べるの!」

ドナドナとかのことは考えないようにして食べるのが普通なの!

「ただのウサギだしー、へーきだよ?」
ジロー、変だって。てか鳳もなんでフツーにしてられんだよ!?」
「厨房で見慣れた光景なんで・・・」

うわあ、来た。金持ち来た。
どうせ庶民ですよ!
ほとんど庶民以下と言ってもいいくらいですよ・・・!
べ様に背を向けて起こした火で吸った煙草は、気持ち悪い味がした。

熱した鍋に細かく刻んで塩をふったウサギの肉・・・と匂いのきついハーブを少々。
肉の表面が焼けたらオニオンスライスを加えまして。
さらにキノコのスライスを加えます。
トマトピューレと水で煮込むこと二十数分。
堅くなったパンを砕いたものを投入して、今度は約十分。
最後にハーブと塩を少々振れば完成です。
以上、べ様のお料理教室でしたぁ。

・・・・・・・・・・?

「べ様、なんでこんなの作れるの・・・?」
「常識だ、常識」
「ごめん、俺跡部のこと『温室育ちのぼんぼん』だと思ってた・・・」
「あたしも同じく」
「俺も」
「俺もです」
「おれも思ってたー」

「おまえらメシ抜き」

「「「「「えぇぇぇぇぇ」」」」」

だって家にはメイドさんいっぱい居るしさ。
学校でも樺地くん従えてるしさあ・・・。


「ウス」
俺は・・・徒歩移動中です。ウス。


5人で謝り倒してようやく食べさせて貰えたウサギ料理は美味しくて。
食前食後に初めて懺悔なるものをしたりした。
これから牛の時も豚の時も鶏の時も、悉く懺悔しようかな・・・。
懺悔の仕方、今度クリスチャン(推定)の長太郎に教えて貰おうと思う。

ところで、テントもなにもない野宿は何泊しようとも大変なことに変わりはない。
トイレとかお風呂とか、果てはベッドまでもがとてつもない贅沢品に思えるほど。
森や川縁や沼地や。
ワイルドかつラフな地面の上にべ様宅のカーペットより薄いマットを敷いて。
ブーツを履いたまま毛布とジロちゃんを抱え込んで寝る。
だから今夜のように平らでほとんど虫もいそうにない場所が、ほんの少し嬉しかったり。
眠る前に一服をと焚き火に向かうと、景吾が一人で地図を睨んでいた。

「今日は景吾が最初の見張り?」
「ああ。あいつらは?」
「みんな寝ちゃった。疲れてるんだよね。ごめんね、あたしだけ一晩中寝ちゃって」
「ばーか、に見張り番なんか務まらねえよ」
「ほんと、ありがと」

移動中も景吾がずっと緊張してくれてることとか。
がっくんがみんなの不安を和らげようとしてくれてることとか。
ジロちゃんが夜しか寝ないで頑張ってくれてることとか。
長太郎が気遣わしげにみんなを見ててくれてることとか。
亮ちゃんが自分一人で指輪を持っててくれてることとか。
ちゃんと知ってるのに、あたしはなんにも出来ないで。
ぱちぱちと薪のはぜる音だけが響いてた。
景吾が立ち上がる。

「外回り行ってくる」
「気をつけてね」
「ああ。オマエも早く寝ろよ」

なんだか分からない胸騒ぎは、景吾に覚えたものなのか、それとも。
結局もう一本煙草を吸ってしまって。


見上げた空はおそろしいほど真っ暗だった。