寝付かれなくて、焚き火を囲むと跡部の様子をぼんやりと。
アモン・スールというらしい、石に縁取られた小さな丘で。
火を消して床についたと入れ替わるように、毛布から抜け出た。
落ち着かない、落ち着かない、落ち着かない。
心を乱すそれに、心当たりはあるんだけれど。


 13 An accident


まだ温かい焼け跡の側に腰掛ける。
遠く離れた場所に跡部のものだろう篝火が見えた。
跡部の奮闘ぶりにはマジで頭が下がる。
てきぱきと的確な指示を与えてくれて、大変なことは全部自分で引き受けて。
さすが部長だと思う反面、ちょっと頑張りすぎじゃねえかと。
心配にはなっても、こんな小さな身体で跡部の代わりが出来るかといえば。
ずるずると頼ってしまうっていうのが、正直なところで。
それじゃあ自分に出来ることはなんなのかと、みんな躍起になってる。
なんかはどうせ、自分がお荷物だとか思ってるはずで。
そんなことはないと。
がいないと誰もここまで出来ねえんだからと、言い出せずにいる。
指輪ひとつで、たかが指輪ひとつで。
そう思ってふとポケットを探る。

「あれ?」

・・・・・・・ねえぞ、指輪がねえ。
慌てて身体中を総浚え。
それでもやっぱり見つからなくて。
さっきまではあったはずだから、きっとこのあたりに落としたんだ。

指輪ない→指輪取られる→邪悪パワー復活→帰れないかもしれない

と、俺にしては吃驚するくらいのスピードで思考が展開していって。
アホか俺は、早く探さねえと・・・!
ばたばたし出した俺に気付いて、が身体を起こす。

「どうしたの亮ちゃん」
「指輪この辺に落とした」
ええ!?うそ、探さなきゃ」
はじっとしてろ!無闇に指輪触っちゃいけねえんだろ!?」
「そうだけど・・・」
「いいから!」

地面に這い蹲って探してる内に、わらわらと向日と長太郎も起き出して。
ジローまでもが目を覚ましたところで、堅い金属が手に触れた・・・。
手に触れて、そしてそのはずみで指輪が。

『しまった』とかで許されるような過失じゃなく。
指輪を嵌めたら敵に見つかっちまうってことを、何度も聞かされたはずなのに。

突如として目の前に現れた巨大な目玉。
心底怖くなって、もぎ取るように指輪を外した。

「亮ちゃん!」

がこっちに来るのが見えて、急いで指輪をしまう。

「ヤバイよな・・・」
「うん、たぶんね」

ああ、馬の駆ける音と、耳が痛くなる金切り声。

は隠れてろ」
「平気だよ、あたしも」
「俺らなら剣使えるし、平気だ」
「あたしだって持ってるもん!」
「馬鹿!オマエ煙草より重たいもん持てねえだろーが!頼むから隠れてろって!」
「いや!」

アホ、意地っ張り、アホ。

はあとべ、あとべ呼んできて!」

ジローが激頭キレるってことを、こっちに来て知った。
ははっと動きを止めて、それから緊張した笑顔を作って。

「そうだね。分かった。みんな気をつけて」

そう言って丘を駆け下りていった。

「悪い、ジロー、助かった」
「いいって。いたら心配で戦えないしー。それよか、来たよ・・・」

申し訳程度の寝具や荷物を端に蹴り遣って、揃って剣を抜く。
『踊る仔馬亭』を出る前に、跡部が嫌そうにしてくれた剣だ。
ご丁寧に陣形を組んで現れた敵は9人。
ずっと指輪を追ってる『ナズグル』とかいう、黒い幽霊。
悲しいことに、もうすっかり見慣れた。
俺をかばうように囲む3人。

じり、じり。

そんな俺たちを囲むようにナズグルが。
向日とジローがしびれを切らして同時に飛びかかるけれど。
もともと体型が違いすぎる。
奴らは二人を猫でもあしらうかのように一蹴して。
未だ俺をかばう長太郎を強引に押しのけた。
じりじりと詰め寄ってくるナズグルに、一歩、また一歩。
後退を続けている内にとうとう背中が岩壁に触れる。
俺もう死んだかも、なんて自分のことしか考えられねえで、悪いけど。

投げ遣りになってたのかもしれない。
正面で振り上げられた剣に、ヤバイなと思ってみても身体は動かねえし。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

左肩に激痛が走って、それでやっと正気に戻ったという体たらくだ。

「宍戸っ!!」
「亮ちゃん!!」

霞んだ視界に映った二人を見て。
ああしっかりしねえと、俺もしっかりしねえと。
心配してくれる人がいるんだから、と。
息を切らして駆けつけた跡部は鬼のような形相でナズグルを一人、また一人。
剣と松明を振り回して、追い払っていく。
はと言えば無防備にも俺の元へと駆け寄って。
「ごめんね、ごめんね」と泣きながら、俺の傷口を検分していた。

なんで謝んだよ、なんで泣くんだよ、馬鹿。

残る一人はたぶん、俺を刺した奴。
の肩越しに、そいつを追い詰める跡部と、それからジローに向日に長太郎が見える。
痛いのと悔しいのと嬉しいので、俺まで泣きそうになった。

「痛いと思うけど、我慢してね」

が手にしていたのは水の入った布袋で。

(あんまりねえから、節水だぞ、節水)

いつだったか跡部が言ってたのを思い出す。
傷口に掛けられた水はたしかに染みたし、痛かったけど。
それよりずっと、申し訳なさの方が大きかった。


痛みも罪悪感も、意識の混濁に紛れていって