最後の一人を追い払ってようやく。
宍戸さんを抱き締めて泣いているさんに気が付いた。
こっちに来て早々黒い馬に追い回されたりしたものの。
此処までシリアスな展開を辿るとは、正直考えてもみなかったから。
俺はただただ困惑して、立ち尽くしてしまって。
迷わずさんに駆け寄る向日さんと芥川さんや。
冷静に先を見据えている跡部さんが。
とても大人に見えた。
14 Athelas,Athelas,Kingsfoil
「景吾!亮ちゃん意識がないの!」
さんが跡部さんのことを『景吾』と呼ぶところ、初めて見た。
宍戸さんに駆け寄るタイミングを逸して、跡部さんに程近い位置にいた俺は。
不安で宍戸さんと跡部さんを交互に見遣ることしか出来なくて。
「、おまえ走れるな?」
「当たり前じゃない。急がなきゃ」
「・・・行くぞ」
向日さんと芥川さんが、状況を察して荷物をまとめ始める。
跡部さんはさも当然の如く宍戸さんを抱えて。
「あ、俺が・・・」
「普段通りじゃねえんだぞ。鳳じゃ無理だ」
窮地に立たされたとき人の本質が分かると言うけれど。
こんなところに来てやっと、素敵な先輩をたくさん持っている自分に気が付いて。
そんな俺はなんなんだろうと、考える。
もしも宍戸さんになにかあったら・・・
「長太郎?大丈夫?」
赤い目をしたさんが俺を心配そうに見つめていた。
「あ、はい。平気です」
「行かなきゃ、置いてかれちゃう」
にっこり微笑んださんは俺の手を握って、跡部さんの後を小走りに駆け出した。
小さくなった俺の手より大きいはずのその手は。
少しも柔らかくなんかなくて、長旅に疲れ果てていて。
そんなになって、なお。
どうして俺なんかを気遣ってくれるのだろう、この人は。
「宍戸さん、非道いんですか・・・?」
「大丈夫、亮ちゃんしぶといから」
コンパスの違う俺たちはほとんど駆けっこのようなスピード。
さんや跡部さんにしてみればランニング程度のスピードだろうけれど。
一番辛いのは、女の人で人並みの体力のないさんだろう。
「そうだよ、平気だって。フロドだってちゃんと助かったじゃん!」
「だからちょうたろうも元気出してー」
「ね?」
こんな風に励まされてしまったら。
「はい。・・・そうですね」
なんて、本当はお礼を言いたいはずなのに。
先輩たちのことを尊敬してるって、大好きな人たちに囲まれて幸せだって。
言いたいのに、上手く言葉が紡げない。
無意識に繋いだ手を強く握り返すと、なにも言わずに、さんはふっと笑った。
なんだかどうして。
そんな風だから、どんどんさんのことが好きになってしまうんだ。
跡部さんは容赦なく走り続けて、さんは凄く辛そうにしていた。
けれど泣き言ひとつこぼさないさんに、誰もなにも言えなくて。
少しでも助けになれればと。
手を引っ張るようにして、俺が彼女の分まで走るつもりで、ほとんど意味もないのに。
明け方ごろ橋を渡って間もなく、薄暗い森に入る。
森の中をいくことしばらく。
広場を見つけた俺たちは、其処でいったん足を止めることになった。
「いくら宍戸の心配しても、誰か身体壊したら元も子もねえからな」
合間合間に小休止を挟んできたとはいえ、さすがに誰もが限界に近付いていて。
堰を切って座り込む、さんと向日さんと芥川さん。
俺はまだ一度も宍戸さんの様子を見舞っていなかったから。
座りたい気持ちを抑えて、ちょっとした恐怖感と共に宍戸さんの元へ向かった。
しゃがみこんで見るまでもない。
最悪だ。
身体は冷たく硬直しているし。
おまけに息遣いがすごく荒くて。
「たぶん、剣に毒が付いてたんだ」
とは、跡部さんの感情を殺した声。
見上げると、跡部さんは水を少しだけ喉に流し込み、ふらふらっと立ち上がった。
「ちょっ、どこ行くんですか!?」
「薬草ぐらいあるだろ、森だし」
そう言ってふらふらと、ふらふらと。
ああ、駄目だ。行かせちゃ駄目だ。
この人だって俺たちと同じに走り通しで、宍戸さんを抱きかかえたまま走り通しで。
「俺、行くんで!跡部さんは休んでて下さいよ!」
「アーン?オマエは休んでろ」
「休めるわけないでしょう!馬鹿じゃないですか!?」
反射的に口をついて出た言葉に、跡部さんは目を見開いた。
さんたちも驚いた様子で此方を見て。
「すみません・・・馬鹿なんて言うつもりじゃなかったんです」
自分の考えのなさが恨めしい。
「でも、跡部さんも疲れてるでしょう?俺、行きますよ」
どうかこれで跡部さんが座ってくれますように。
ここ数日で、もともと華奢な造りの跡部さんとさんはさらに痩せた。
二人ともなんのかんの言って、食料を極力俺たちに回してくれている。
本当にさりげなく、気を遣わせまいとしているみたいだけれど。
たぶん、みんな気付いていて。
それでもそれを受け取って、感謝しているのだから。
「先の尖った、細い葉だ。見ればすぐ分かる」
そう言ってようやく腰を下ろした跡部さんに、俺だけじゃなく、全員が安堵した。
昼間なのに森は薄暗くて。
安請け合いだったかな、と思ったりもしたけれど。
跡部さんの言っていた葉は見つかって。
来た道(といっても道ではないけど)を全力疾走で舞い戻った。
なんでも『ヌーメノール』の王族が使わなければ、効果が薄いという『王の葉』。
そんな単語、俺にはなんのことだか分からないのに。
跡部さんが適任だろうと、葉を煮つめて処置に当たった。
宍戸さんの傷口は膿み始めていて、意識も戻らない。
うんうんとうなされる宍戸さんを見ているのは辛い。
出来ることなら俺が変わりたいとさえ思う。
治療を見届けて、俺の足は自然、さんの方へ向いていた。
「ありがとう、長太郎。お疲れさま」
もしかすると、こう言われるのを期待してたのかもしれない。
「たいしたことしてないですよ」
そしてどこまでも卑屈な俺。
嫌になって、嫌になって。
「べ様、ああでも言わないと、休んでくれないでしょ」
「ちょっと言い過ぎました・・・」
「んー、そうかもね」
「ですよね・・・」
項垂れる俺の頭に、さんの手がそっと触れる。
「でも、長太郎のそういうところ、長所じゃない」
「え?」
「心配してるんだなって、ちゃんと分かる」
いつも思う。
さんはどんな言葉が人に効くかを知っていて。
それを惜しげもなく唇に乗せてくれて。
肝心なときにみんなを甘やかしてしまう人。
「しゅんってなってる長太郎も可愛いけどね。さっきのもなかなか」
他の人が言うと嘘に聞こえるような台詞が。
さんの手に掛かれば魔法のように。
信じるに足るものになってしまう。
喩え嘘でも、信じた自分が馬鹿だったなんて決して思わせはしないような。
日吉、日吉って、さんは言うけれど。
こんなさんに好かれてるらしい日吉が、羨ましい。
でも俺は良くできた人じゃないから。
だからさんを、自分の方に向けることを望んでいて。
嗚呼それでも、それでもいいのかもしれないなと、思える気がした。
「あれ?四郎・・・?」
「え?」
そして、さんの視線の先には。
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