「うわあ!四郎!四郎帰ってきたのー!?」
最初は見間違いかと思ったけれども。
木立の間隙から現れたのは、絶対にどう見ても四郎で。
競走馬だって見分けられないのに、四郎をそれと見分けることが出来るのは。
なんていうか、奇跡とか、そういう類の。


 15 The Derby


「四郎、四郎お帰りー。行こう!今すぐ行こう!」

こんなタイミングで帰ってきたことに免じて。
こないだオークに襲われたときとんずらこきやがったことは。
あと3ヶ月ほど掛けて許してあげようと思う。
それまでたっぷりいたぶってあげるから・・・っていう場合じゃなくて。

「四郎って、誰かと思ったらこないだ部室にいた馬ですよね?」
「四郎じゃねえ。アスファロスだ」
「映画だとアルウェンが来るんだよなー?四郎じゃなくて」
「わー、四郎大きくなったねえ」
「ジローが縮んだんだろうが!それから四郎じゃねえ!」

べ様って昔から変なことに拘るよね。

「景吾ルンはアルウェンに振られたんじゃない?」
「俺様が振ったんだよ!」

「「「「え?」」」」

「嘘に決まってんだろ!」

青筋を立てて怒るべ様は意外に元気そうで、ちょっとだけ安心、ちょっとだけ。
けどそう、映画だと此処でアルウェンが来て。
四郎にフロドを乗せて、先に連れて行ってくれるんだっけ。
こうなったからには来ないかもしれないアルウェンなんか待っていられない。
喋ってる間にも、亮ちゃんの症状は悪化していくばかりで。

「あたし、行くよ」
「ア?行くってどこ行くんだよ?」
「『裂け谷』でしょ?亮ちゃん連れて、行く」

そしたら景吾ばかりか他のみんなまで吃驚した顔をした。
なにそれ、なんかムカツクなー。

「オマエ、馬乗れねえだろ」
「なんとかなるよ。ね?四郎」

四郎返事しろ四郎返事しろ四郎返事しろ四郎返事しろ・・・

返事しろよ!

がつんと脇腹を殴ると、四郎はやっとぶふんって返事と取れなくもない鼻息を。

「ね?四郎も大丈夫だって」
、今殴ったじゃん・・・」
「やだな、がっくんの気のせいだよ」
「俺が行く。一人じゃ危ねえだろ」
「でもべ様が行っちゃったら、なにかあったときこっちが危ないし」

べ様はあたしが絡むと途端に頭が働かなくなるみたいで。
普段はそれでも良いけれど、今日ばかりはそうも言っていられない。

「馬乗れるかもしれないのって、あたしとべ様だけだし」

小さくなってしまった3人じゃ、とてもじゃないけど無理だもん。

「あたしが亮ちゃん連れて行くのが一番合理的」

こんな時しか役に立てないから。
ナズグルだとかが狙ってるのは指輪だし。
景吾たちの元に指輪がなければ、来るのはオークくらいだと思うし。

「分かった」
「そう来なくちゃ」

べ様が亮ちゃんを先に、四郎の上に乗せて。
それからあたしを抱き上げて、亮ちゃんの後ろに乗せてくれる。
うわぁ、景色が高い・・・。

「平行で水平だ」
「は?」
「腰と肩を馬と平行にしろ。身体は真っ直ぐ、地面に水平に。
 それから力むんじゃねえぞ、落ちるから
「落ちる!?馬って落ちるの!?」
「当たり前だ。いいか、本当なら行かせたくねえんだぞ!?」
「だろうね・・・」

だって正直ちょっと怖いもん・・・!

「四郎、落としちゃ駄目だからな?」

がっくんがそう言うと、四郎はふふんと鼻息を荒くして。

ー、危なくなったらよんでねー?」
「どうやって呼べと・・・」
さん、気をつけてくださいね」
「うん。みんなも気をつけて」

ていうか先に謝っておくけれど。
ごめん亮ちゃん、あたし馬に乗るの初めてなんだわ。

「真っ直ぐ東に向かえば川がある。とにかく是が非でもその川を越えろ」
「分かった、努力する。東って太陽が沈む方だよね?」
そりゃバカボンのパパだ。昇る方だ、昇る方。大丈夫か、ほんと・・・?」

今までだまされてた・・・バカボンのパパに・・・。

「死んだら殺すぞ」
「心おきなくどうぞ。べ様たちはゆっくり来なよ、あんまり無理しないでね?」
「こっちの台詞だ、アホ」

亮ちゃんを挟むようにして手綱を握りしめる。
そうだ、でもちょっとだけ力を抜いて、力んじゃ駄目。

「ごめんね亮ちゃん、ちょっと揺れるけど」

景吾がゆっくりと、四郎の背を押してくれて。
嗚呼こわい。
こわいけど、亮ちゃんが死ぬのはもっとこわいんだから、と。
言い聞かせるように、あたしは走り出す四郎に乗って。



「お願い!四郎もっと速く!」

森を抜けて東目指して走っている内に、いつの間にか後ろに迫る9頭の馬。
色は黒、乗っているのは黒い幽鬼。
ツイてないどころの騒ぎじゃない。

神様、あたしなんか悪いコトしましたか?とか、そのくらいの勢いで。

だってチョー怖いよ!チョー!チョー!チョー怖い!
ナズグルも怖いけど、四郎が速い速い。
『もっと速く』なんて言わなきゃならない状況が。
理不尽通り越して天罰とかなんかじゃないのかと。

「頑張れ四郎!頑張れあたし!
「キェェェェェェェェェェ!!」

やだ、聞き飽きたよ、この声!

悔 い 改 め る か ら 何 と か し て ・ ・ ・ !

四郎が急に右に旋回するから、景吾に言われた通り身体を流して。
その途端、左側の空気が裂かれた。
四郎、あんた可愛い顔して結構やるねー。
賢いじゃない!すごい賢いじゃない!
無事に帰れたら、あたしと一緒に日本ダービー制覇しようじゃない!
初の女性ジョッキーGT制覇!初の白馬GT制覇!
そんななったら、ピヨにプロポーズされちゃうよ!?

先輩、俺と一緒に道場を経営してくれませんか?』

いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!悶え死ぬ!!

・・・・・・などと妄想してる場合ではないのであります。
逃げ切らなきゃ、どんな汚い手を使ってでも逃げ切らなきゃ。
使える汚い手があればいいのにね。

ようやく水の音が聞こえてきたのは、それからまだずっと追いかけ回されたあと。
途中で何度か剣が身体を掠めて。
どこから血が出てるとか、考えたくもないほど。
走って、走って、ていうか四郎が走ってくれて。
目の前に現れた川と、その向こう。
幻想的な森が広がっていて。
ああ、ちゃんと辿り着けたんだって。
最近めっきり緩くなった涙腺が、またもや活動を始めそうになった。

「四郎、渡ってくれる?」

言うと、四郎は浅い川を優雅に渡ってくれる。
渡りきったところで手綱を引いて、くるっと振り向いた。
ナズグルの馬は水に入るのを躊躇してるみたいで。
ちょっと良い気分になったばかりに、言ってしまった。

「そんなに亮ちゃんが欲しければ、奪いに来なさいよ。ばーか、ばーか、あほー

・・・・・・・本人アルウェンの真似したつもりなんですよ。

言ってること大して変わらないはずなのに・・・。
余分な3ワーズを付け足すだけで、どうしてこうも違ってくるんでしょうね・・・?

ほんとどうして・・・?

ねえ、あたしの挑発なんざ受け流して下さって構いませんよ?
ねえ、奪いに来なくてもいいんですよ・・・!?

「ああもう!四郎、あたしどうしよう!?あの子ら、こっち来ちゃったらどうしよう!?」

ざぶざぶと渡ってくるナズグルに、四郎も呆れ顔で。
あたふたおろおろしながら

「ウォタガ!ウォタガ!」

とか叫んでみても。
黒魔導師でもなんでもない一般庶民のあたしに使いこなせる魔法じゃなくて。
そもそもこの世界にFFシリーズなんかないのかもしれなくて。
折角此処まで来たのにあたふたおろおろしなきゃならないでいると。
右手から突然、激流がやってきた。
あっという間にナズグルは、水に巻き込まれて流されていく。
ああ、そうかあたし川の神様に愛されてるんだわ。
・・・なんてことはないだろうけども、とにかく。

「亮ちゃん、もうすぐだから」

これ以上馬では進めそうにない。
さてどうやって下りようかと、考えていると。
誰かの腕があたしを抱き上げて。
久方ぶりに地面に下り立った。
その人は続いて亮ちゃんを腕に抱えて、そしてあたしを見た。

「久し振りやな、


とんがり帽子が、似合わないとかの領域をはるかに凌駕してる。