裂け谷は木の葉の舞う美しい場所で。
そんな裂け谷で、果たした再会がひとつ。
予期せぬシンクロがふたつ。
亮ちゃんの手術も無事に終わって、あとは回復を待つばかりという。
少しだけ平和を取り戻した状況で。
不謹慎にも大いに笑わせていただいた。
16 House Arrest Princess
静かな部屋で、亮ちゃんはずっと眠ってる。
それでもその寝顔は安らかで、そう日を空けずに目を覚ますだろうと。
だから心配はしていないし、どちらかというと景吾たちの方が心配だし。
ただすることがないから、亮ちゃんの看病をして時間を過ごしている。
「ー、メシ食わんか?」
「侑士。もうそんな時間?」
「そんな時間や。ただでさえ虚弱やねんからちゃんと食わな、そのうち倒れてまうで」
まさかあたしや景吾たちだけが此処に来たのだとも思ってなかったけれども。
出来れば真っ先にピヨと再会したかったんだけれども。
侑士と会えたのは、やっぱり嬉しい。
ツッコミ不在の集団は不完全な集団だもん。
けどね。
「侑士いつになったらそのコスプレやめるの?」
なんだ、そのねずみ色のローブは。
「コスプレちゃうし。ガンダルフやで、ガンダルフ!」
と、本人は執拗に言い張るものの。
魔法使いというより行き遅れたヲタクのようにしか見えないのが悲しいところ。
疑って掛かるとぽんぽん魔法を繰り出してくれるあたり。
ほんとにガンダルフなのかもしれないけれど。
胡散臭いのは顔の作りの所為だと思う。
「亮ちゃん、ちょっと行ってくるね?」
「ええなー、宍戸ええなー。に優しくして貰えてええなー」
「あんた、亮ちゃんは歴とした重傷患者なんだよ・・・?」
「分かってるって。はよ行かな、エルロンド卿がお冠やで」
侑士に手を引かれて、あたしは亮ちゃんの部屋を出た。
ところでこの裂け谷の王様、『エルロンド卿』なる人がまた、濃いんです。
川を魔法で増水させてくれたのは彼だと聞いたけれど。
ヒューゴ・ウィーヴィングが出てくると思うでしょ?
エージェント・スミスが出てくると思うでしょ?
関係ないけどあたし、フロド役の子の次にヒューゴ、気に入ってたのね。
だからね、エルロンド卿に謁見したときの落胆と言ったら並じゃなくて。
「殿、ウサギ料理は好きか?」
私室に通された途端に漂ってくる、このダンディな雰囲気は。
顧問在中の氷帝学園男子テニス部・部室のそれとそっくりで。
ぶっちゃけエルロンド卿もテニス部顧問(43)にそっくりで。
しかもまたウサギなの・・・?
「はいだいすきです」
「それは良かった。ミスランディアはそちらの席へ」
言われるまま、綺麗なテーブルを3人で囲む。
右手にエルロンド卿(43)、左手に侑士、テーブルにウサギ料理。
レアル・マドリードも目じゃないくらいの豪華布陣で。
そんな中、平然としてられる女子中学生が居るならば。
是非一度お会いして、教えを請いたいと思う。
「ケイゴルンの一行も、明日には着くだろう」
「良かったなあ、」
こっちはそれどころじゃない。
豪華布陣とフラッシュバックしてくるウサギの生肌が。
容赦なく笑いと吐き気をプッシュアップしてくれてるって言うのに・・・!
「アルウェンも心待ちにしていたのだが、いかんせん今は謹慎中でな」
・・・・え?アルウェン居たんだ?
ここに来てすでに丸一日以上が過ぎているけれど。
アルウェンの名前を聞いたのは初めてで、てっきり居ないものだと思ってた。
「それは初耳やわ。アルウェンどうしはったんです?」
侑士と揃ってエルロンド卿(43)、この際エルロンド卿(笑)とかでもいいかも、を覗き込むと
彼はわなわなと肩を震わせて、絞り出すように言った。
「幼い頃は母親似の美しい娘だったのだが、年を経るごとに私に似てきてしまってな」
「「はい?」」
「『お父様の顔なんか見たくないわ!まるで鏡を見ているようですもの!』と、こうだ。
年甲斐もなく泣きながら喧嘩をした挙げ句、今は娘に謹慎を言い渡している次第なのだ」
「それは(アルウェンが)お気の毒ですね」
「ああ、それは(アルウェンが)お気の毒やわ」
榊太郎顔のアルウェン!榊太郎顔のアルウェン!
悪 趣 味 な ギ ャ グ だ と し か 思 え な い 。
「嗚呼、友よ。お気遣い有り難う。殿はもう少しウサギをいかがかな?」
エルロンド卿(43)の友になっちゃった・・・!!
腹筋痛い、腹筋チョー痛い!!
ごめん、ほんとエルロンド卿(43)が至って真面目なんだって分かってるけど。
でもごめん、あはははははははは、は!
「・・・いえ、あの、もう十分いただきましたので」
「そうか。それではワインなど」
「いえ、あの、未成年なんで」
「みせいねん?」
此処には未成年なんて言葉はないのか?
「エルロンド卿、すみませんけど、お酒駄目なんですわ」
「それなら致し方ない。あとで部屋にお茶など運ばせよう」
「そうして頂けると嬉しいです。それじゃあ私はそろそろ・・・」
「ちょお待ってや、俺も行くし!」
慌てて立ち上がるあたしたちを寂しそうに眺めて。
見送りに際して、エルロンド卿(43)は言った。
「楽しい食事を有り難う。ではお二人とも、行ってよし」
・・・・・残された道は脱兎しかない。
丁寧に扉を閉めて、あたしと侑士は一目散に駆けだした。
もちろん、貯め込んだ笑いを吐き出すために。
「あかんわ、笑ったらあかんて思うねんけど・・・ひぃ、ひぃ」
「だめ、もう43顔のアルウェンって・・・ひぃ、ひぃ、ふぅー」
「そらラマーズ法や!そうか!とうとう俺の子を産む気に」
「ならんわ!たとえピヨの子でも産みません」
二人してお腹捩れそうになりつつ亮ちゃんの部屋を見舞って。
取り敢えず今、あたしの部屋に居たり。
広くて綺麗で良い匂いのする客室。
方や、狭くて汚くて煙草の匂いしかしない現実の我が家・・・。
「なんで?日吉でもあかんの?」
自分で言っておいてアレだけど、ちょっと生々しい想像しちゃうじゃない。
・・・・・・・・子作りに関して。
「だって、ピヨが産まれた子どもを溺愛し始めたら、あたし平常心保てる自信ないし」
ましてや『大きくなったらパパと結婚しような』なんて言い出されたら・・・!
あああああああああ、離婚だ!離婚するしかない。
「・・・ねえ、侑士はピヨのことなんか知ってる?」
「悪いけど、分からへんわ。けどな、今んとこ『旅の仲間』全員男テニのメンバーやろ?
せやし、日吉と滝と樺地もそうなんちゃうかと思てんねんけど」
「うん。そうだといいな」
侑士は笑って、あたしの頭をぽんぽんと。
「エルロンド卿がもうすぐ何組か客人が来る言うてたし、そん中に日吉が居るとええな」
「そだね」
居なかったら、なんてことは考えないようにして。
昔のあたしならきっと、もっとネガティブで。
不安でも、なんとか笑っていられるのは、侑士やみんなのお陰だ。
「ありがと侑士。元気出た」
あたしはみんなに、何かを返すことが出来てる?
いろいろなものを受け取りすぎていて、時々そんなことを思う。
そのとき控えめなノックの音がして。
「失礼、お茶をお持ちしました」
「あああああ!わざわざグロールが持ってきてくれなくてもいいのに!」
銀色のトレイにティーセットとお菓子を載せて入ってきたその人は。
裂け谷に来て早々、エルロンド卿に紹介されたことから察するに、身分の高いエルフで。
エルロンド卿(43)と違って、ほんとにエルフ的な容姿をした。
グロールフィンデルという小難しいお名前の、お美しいエルフ男性。
「いえいえ、その代わりに私もお相伴に与ろうかと」
ていうかエルロンド卿以外はみんな、普通にエルフで、普通に白く輝く肌をお持ちで。
おまけに華奢で綺麗な金髪と来た日には。
もうほんと一緒にいるだけで、その気がなくても照れちゃうような。
「の傷は、どうですか?」
さすがに給仕まではしてもらえないからと、ポットを強奪してお茶を注ぐ。
「そんなに深い傷はなかったし、平気」
「それは良かった。の美しい顔に傷など付いてはたまりませんからね」
そう言って、グロールはあたしの頬に付いた掠り傷をすっと撫でて。
やだ、恥ずかしすぎて死ねそう・・・・!
「う、う、う、美しいだなんてとんでも無い!ほんと、グロールの方が綺麗だから!」
「いいえ、のように美しい人間の娘は初めて見ましたよ」
「良かったなあ、」
「えーっと、その、ありがとうございます・・・」
こういうときはパイプに逃げるのが一番、とばかりにマッチを擦って。
褒められ慣れてないわけじゃないけれど。
エルフなんて種族の方に褒められるのは慣れてなくて。
ひゅるると弱々しく立ち上る煙を、ぼんやりと目で追ってると。
「にも、思いを寄せる方があるのでしょう?」
「けほっ、けほっ、けほっ」
「大丈夫ですか?」
突然なに言い出すんだろ、この人・・・。
咽せつつも、こくこくと頷いて。
「居るには居るんだけども・・・今ちょっと安否が分からなくて」
「だから大丈夫やって言うたやん!」
「うん。あたしもそう思ってるよ?」
そうでも思ってなきゃ、押し潰されてしまいそうになるから。
笑いかけると、グロールは神妙な面持ちで「不躾なことをお聞きしてすみません」と。
それから
「でも、に思われたまま遠くへ旅立てる殿方なんかいませんよ」
なんて言ってくれるものだから。
優しい人たちに囲まれて、あたしは恵まれてるのだろう。
「あの人もそう思ってくれてれば嬉しいですね」
そう言うと、グロールも侑士も柔らかな笑みを浮かべて。
きゅっと胸の奥が苦しくなった。
翌朝、景吾たちは元気な姿で裂け谷に到着したけれど。
それでも痛みは消えなくて。
あたしを置いていくわけがないと、思ってみてもいいのだろうか。
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