まだ来ない、まだ来ない。
首がキリンより長くなるほど、待ち焦がれていても。
もう何年も待っているような気さえするのに。
少しも時間がたっていないことに気付かされて、そのたびにウンザリする。
何にって、たぶん自分自身に。


 18 Many Meetings


その日は朝起きてまもなく、ジロちゃんや長太郎と花壇を見に行って。
知らない花を見つけるたびに、近くにいるエルフさんに名前を尋ねて。
こぼれそうになる溜め息を押さえ込んでぼんやり、ぼんやり。
会えないと記憶ばかりが美化されていくから。
だから嫌いになってしまいそうで怖い。

ー、これ吸ったらおいしいかもー」
「いやいやいやいやいやいや毒々しすぎるでしょ、いくらなんでも」

ジロちゃんが持ってきた葉っぱはムラサキ色
ごめん、あたしチャレンジャーじゃないんだわ。
ついでに、世界の珍味を探し求めるグルメなレディとかでもないんだわ。

さん、平気ですか?顔色悪いですけど」
「え?もしかして灼けた?灼け焦げた?メラニン色素パワー全開?」

嗚呼、嘆かわしい!
エルフさんたちに美白の秘訣だか秘伝の美容液だか、教えて貰おうかな。

「違うって、マジ顔色悪いよ、
「がっくんまで。あたしの所為じゃないよ!
 あたしの体内を流れるモンゴロイドの血!
 および螺旋状に渦巻くモンゴロイドのDNA!」
、寝てきた方がいーよ。おれ、部屋まで送ってくしー」
「んー、じゃあそうしようかな。これ以上紫外線浴びたらマズイもんね」

紫外線完全シャットアウトの日焼け止めとかあったら、あたし幾らでも出すよ!
・・・・・・・・・べ様の財布から幾らでも出す!
開発した人にノーベル賞から芥川賞からベストジーニスト大賞から、
いっそベネチア国際映画祭の金獅子賞もM1グランプリも全部
あげ・・・られればいいなあ、なんて思ってると、視界が霞んできて。

あたし、今度こそほんとに死んだかも。

ピヨに会えないまま死ぬなんて、悲しすぎて涙も出ない。



「目、覚めたんなら水飲んどけ」

上半身を起こすと左腕がずきっと痛んだ。
景吾の声で死んだんじゃなかったんだと分かって。
それでもなんの感慨も湧き起こらないのは、どうしてだろう。
読んでいた本を置いて、景吾が立ち上がる。

「意識失って倒れたんだとよ。ほら、水」
「ありがとう。あたしどのくらい寝てたの?」

喉元を流れ落ちる水の冷たさが、体の芯に染み渡るかんじ。

「一日半。昨日の朝倒れて、いま夜だ」
「そんなに?」
「ああ。みんな心配してる」

ジロちゃんとか、泣いてる姿が目に浮かぶようで。

「もう平気。心配かけてごめんね」
「もう無茶するんじゃねえぞ。・・・・ちょっと『起きた』って伝えてくる」
「あ・・・・うん。お願いします」

『行かないで』って、思わず言いそうになった。
病は気から、きっと精神が弱ってて。
たくさん大切な人たちが居るのに、たった一人の存在がこんなにも影響するなんて。
・・・自分でも意外で仕方ない。
扉の向こうへ消える景吾の背中を見つめても、其処にはなんの答えもなくて。
遠ざかる足音に紛れて、すぐ側、掠れた泣き声が聞こえた。

戻れないかもしれない戻れないかもしれないこんな筈じゃなかったのに。

繰り返す言葉は分からないけれど。
何かを目指して旅立って、後に引けなくなったときのような。
誰かが廊下を駆けてくる音がしたけれども、涙は止まってくれなくて。
慌ててベッドの中に潜り込んだ。

扉が開いて、閉まって、かつかつと落ち着いた足取り。
どうか泣いていることに、気付かれませんように、と祈って。



「起きたんじゃなかったんですか」



「寝てるんなら戻りますけど」
「やだ!起きてる!」

うそ、うそ、うそ。

「ほんもの・・・・・?」
「人を幽霊か何かみたいに言わないで下さいよ」

ベッドの上に正座して、細いくせに意外にしっかりしてる腕を掴んでみて。
きのこカットの髪の毛をぐいぐい引っ張って。

「やめて下さいよ・・・・・なに泣いてるんですか、貴女は」
「だって・・・会えなかったらどうしよって」

前向きに、前向きにと思っても、性分が根暗なもので。

「死んじゃってたらどうしよって」

心の片隅に、そんなことまで考えてたりして。

「すごいしんぱいで」

泣いちゃ駄目だって、分かってはいても。

「会いたかったんだもん」

こんなこと言って、またこの人を困らせる。
困ってくれればいい、困ってくれればいい、困ってくれれば。
悪い子だなって、嫌な子だなって、幾ら思ってくれても構わないから。

「全部、そっくりそのままお返ししますよ」

そう言って髪の毛を撫でる手が、いつもより優しく感じた。
ほんとのほんとに会えたんだなって、込み上げてきて。

「お帰りなさい、若」
「只今戻りました、さん」

抱き締めた腕はちゃんと受け止めて貰えて、嬉しくて。
一日千秋の思いだったとしても、過ぎてみれば一瞬のよう。



「滝さんと樺地も居るんですよ」

涙の再会も一段落、徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
こっ恥ずかしさを感じる羞恥心も取り戻しつつある、そんなときにピヨが言った。

「すっかり忘れてた」なんて、口が裂けても言えません。

「会ったら吃驚すると思いますよ」
「萩たちも小さくなっちゃった?」

そうだ、みんなに元気な顔を見せてあげなきゃ。

「さすがに鳳には驚きましたけどね」

長太郎なんか2分の1サイズだもんね。
善は急げ、百聞は一見にしかず、とにかく会いに行かなきゃ、みんなに。

「というわけで、抱っこして?」
「頭でも打ったんですか」
「左腕を少々。でもほら、歩けないなんてこともあるかもしれないし・・・ないかもしれないし・・・」

歩けない可能性は太陽が西から昇って東に沈む可能性よりさらに低いんだけども。
ていうかほぼ確実に歩けるんだけども。

「馬鹿なこと言ってないで、行きますよ」
「どうせ馬鹿ですから」

渋々ベッドから下りると、背中を向けた若の左手がさり気なく伸ばされていて。
ほとんど縋るようにしてその手を取ったあたしに、彼は目もくれないで歩き出した。
気持ち悪いと言われようと、そういう無愛想なところがたまらなく愛おしい。

「また痩せたんじゃないですか」
「分かんない。ウサギ料理に過度のストレスを感じてたことは確かだけども

エルフの谷は静寂に包まれていて、若とあたしの足音だけが響く。

「ちゃんと食って下さい。それから煙草」

あいたたたたたた・・・・・。
誰かチクりやがったなコノヤロウ。

「幾らなんでも吸い過ぎだって、跡部さんがぼやいてました」

べ様か!べ様がピヨにチクりやがったんだな・・・?
『余計なお世話だ!』って大きな声で言えないのが辛いところ。

「出来るだけ控えて下さい」
「努力はします」
「お願いします」
「・・・・・なんかママみたいというか、べ様2号のようだというか」
「あんな人と一緒にしないで下さいよ」
「うわっ。言ってやろー、べ様に言ってやろー」
「やめて下さい」

言いませんよ、ちょっと意地悪しただけなんだし。
それに『べ様2号』ってむしろ褒め言葉なんだから!

「跡部さんもさんのこと心配なんですよ」

ぼそっと若が呟いた言葉。
跡部さん『も』の意味を、都合の良いように解釈してしまったりして。

あっはー、これって一歩前進したんじゃ・・・・!

陰鬱一転、ハイになっちゃうじゃん!
単純回路の頭に万歳三唱。


「「「「「「(さん)!!」」」」」」

廊下を抜けたところ、テラスと言うには大きな場所、みんなの声がする。

「このたびはどうもご迷惑をお掛けしまして・・・って亮ちゃん!!」
「もう身体、大丈夫なのかよ」

走り出すだろうあたしのために、若が手を離してくれる。

「全然平気!亮ちゃんこそ大丈夫?痛くない?」
「ああ。その・・・に助けて貰ったんだろ?ありがとな」
「ノンノン!四郎とエルロンド卿のお陰だよ」

四郎(はほんとにアスファロスって名前でグロールの馬だったらしい)が走ってくれて、
エルロンド卿(43)が手際よく治療してくれて。
萩の姿を見つけたあたしは、亮ちゃんの返事を待ってる余裕もなく。

「はーぎー。無事で良かった!なんか格好いい服着てるね!」
「こっちこそ、が無事で良かったよ。いいでしょ、この服」
「うん!すごい似合ってる!」
「ほら、なんか耳までこんななっちゃって」

さらさら綺麗な髪を、これまた綺麗な指で掻き上げてくれる。

「わ!尖ってる!すごーい、エルフとおんなじだ!」
「良く聞こえるし、便利だよ」
「萩って綺麗だから、エルフでも違和感ないね。
 ・・・・ところで、樺地くんの姿が見当たらないのだけども」

きょろきょろ見回してみても、大きくて目立つ樺地くんが居ない。
樺地くんも居るって聞いてたんだけどな・・・。

先輩・・・」
「樺地くん?えーと、何処にいらっしゃるんでしょうか・・・?」
、下、下」
「え?萩ってば何言って・・・・・・・・・・・・!!

長太郎のみならず、なんで樺地くんまで・・・・?
さては長身に恨みを抱く、ちびっ子の仕業か。

「ごめん!ごめんね樺地くん!気が付かなかったあたしを許して!」
「いいえ、気にしてない、です」

あわわわわわ、ちっこい、ちっこいけどホビットじゃない。
なんだこれは、ドワ・・・ドワーフか!

「樺地くんは大丈夫?どこも怪我してない?」
「平気、です。先輩は、身体・・・」
「ううん!あたしも平気。良かった。これでみんな揃ったね」

屈まなきゃ目線を合わせられない樺地くんなんて、ちょっと新鮮だ。
そしたら樺地くんの奥、一人離れた場所で、あたしを見てる景吾に気が付いた。
樺地くんの頭を撫でて、景吾の方へ駆け寄る。

「随分元気そうじゃねえか」
「ありがと。景吾のお陰だよ」
「俺はなんもしてねえよ」
「看病してくれたのも、若呼んで来てくれたのも景吾でしょ?」

そう言って笑うと、景吾も一瞬間頬を弛めたものの、ものの
がしっとローキックを食らって。

「ちょっ、いきなり何よ!?」
「なんかムカツク」
「えー、理不尽!不条理!カミュ!」
をいじめるべ様に突撃や!行ったれホビッツ!」
「「「「イエッサー!」」」」

侑士の掛け声に、亮ちゃんやがっくんやジロちゃんや、長太郎までもが景吾に飛びかかる。
と言っても小さい4人じゃ、たいした衝撃も与えられなくて。
端からは遊んでるふうにしか見えないのだけれど。

「ちょっ、おまえら、重っ!ギブ!ギブ!」

折り重なった5人がおかしくて、みんなで笑ったり。
やっぱりこのメンバーが、居心地いいんだなと。


先のことなんか今だけは忘れて。