「はるばる遠い土地からやって来てくれた友たちよ。
モルドールの脅威に対する答を求めて参られたのだろう。
中つ国はいまや破壊の兆候が明滅している。
逃れることは叶わん。我らが手を結ばなければ、破滅しか辿るべき道はない。
すべての種族がこの運命の力に縛られているのだ。
・・・シシド、力の指輪を其処へ」
厳粛な雰囲気の中。
エルロンド卿(43)が『フロド』の発音で『宍戸』なんて言うものだから、
笑いを堪えるのが大変だった。
19 The Council of Elrond
会議までには時間的な余裕があって、それまでにたくさんの相談事を。
指輪をどうするか、あたしたちが旅に出ることになるのか、出た方が良いのか。
景吾は片っ端から資料を紐解いて、来る日も来る日も活字と睨めっこ。
大丈夫、もう答は出ている。
エルロンド卿に言われるまま、亮ちゃんは指輪を中央の台座へと。
不気味なほど、完璧に美しい指輪。
「人の子の、運命だ」
と、誰かの声がした。
「夢を見ました」
ゆっくりと全員の視線が声の主に注がれる・・・若?
「東の空は闇に染まり、西には青白い光が微かに見えるだけ。
『手を伸ばせば運命をつかみ取れる、イシルドゥアを死に向かわせたモノが見つかった』
と誰かの声が」
「ワカミア!」
エルロンド卿が厳しい表情で若(・・・ワカミア?)を射った。
「・・・アッシュ ナズグ ドゥルベイタル」
侑士がエルロンド卿を遮るように立ち上がって、何事かを唱え出す。
ここ数日、珍しいことに侑士まで本に釘付けだったから不思議に思ってたんだけども。
知らないうちに魔法の勉強でもしてたんだろうか。
侑士の声に呼応して、闇が裂け谷を包み込み、岩が砕け、雷鳴が。
呪文の終わりと共に静謐とした普段の裂け谷が戻ってくる。
「彼の地の言葉を口にして下さるな、オシタルフ」
「赦しは請わへんで、エルロンドさん。
あんたかて今の西方がどんな状況なんか、よう分かってるやろし」
にやにや笑いながらそんなことを。
侑 士 ぜ っ た い 言 っ て み た か っ た だ け だ 。
ちらちらと窺っていた亮ちゃんが、苦しげな様子なのが気に掛かった。
「夢の言葉に惑わされたわけじゃありません」
「当たり前だ。誰も指輪を手懐けたりは出来ねえんだからな。
指輪はサウロンにのみ従って、他のどんな支配者も受け付けない」
「・・・でしょうね」
なんて我が儘な指輪だこと。
サウロンが作ったんだかなんだか知らないけど、早く親離れした方が良い。
「そう、ケイゴルンの言う通り、我我は指輪を使えない。
選択肢はひとつ、誰かが指輪を破壊するのだ」
「今此処で壊す、ってことは出来ないの?」
それが出来れば、一番の方法で。
エルロンド卿はあたしを見つめて深刻げに頭を振った。
「残念ながら、どんな武器を持ってしてもそれは叶わないのだ、殿。
オロドルインの火中で作られた指輪は同じ火の中でしか指輪以前の、
力を持たない金属の状態に戻すことは出来ない」
「・・・それは残念ですね、ほんとに」
「指輪はモルドールの奥深く、オロドルインの裂け目に永遠に葬り去るのだ」
衆目を集めた指輪は挑発的に、そして非道く魅惑的に、囁く。
あたしには分からない、何処かの言葉を。
怖い、怖い、こんなものどうして存在しているのだろう。
「君たちの中の、誰が行くかだ」
唾を飲み込む音がその場に響いた気がした。
「簡単なことではない。
黒門は眠らない悪、オークよりもっと強力な何者か、によって守られている。
そして、巨大な目が常に我我を窺っているのだから」
そうは言っても、誰かが持って行かなくちゃいけないことは事実で。
それなら誰が?
亮ちゃんはどんな顔をしているのだろう。
誰も強制なんかするつもりなくて。
しん、と静かに時の流れるのに任せた。
「エルフの手に渡るくらいなら、死んだ方がマシだ」
樺地くんの隣にいたドワーフのおじさんが、静寂を打ち破る。
萩がぴくっと肩を震わせたのが分かった。
それを皮切りに、萩以外のエルフたちが立ち上がる。
「エルフなんぞ信用せん」
「我らとて!」
「ちょっ、落ち着いて!」
萩がエルフを止めようとしても、そうして場が混沌に侵されていく。
座っているのは景吾と若と侑士、それからあたしと、亮ちゃん。
為す術無く俯いていたあたしの耳に、吹き飛ばされてしまいそうなか細い声が。
「俺が行く」
あたしの隣で、膝に置かれた景吾の手が震えていた。
自然に、あたしの手が景吾のそれへ伸びて。
もしかすると、あたしの方が誰かの体温に触れたかったのかもしれない。
亮ちゃんの声は、騒ぎの中に届かず、もう一度。
「俺が行く!」
あれほど煩かったのが嘘のように、静まって。
誰もが亮ちゃんを見たけれど、あたしにはどうしても出来なかった。
「俺が指輪を滅びの山に持って行く。道は、分からねえけど・・・」
「指輪を棄てれば帰れると決まったわけじゃねえんだからな」
会議の前日、あたしの部屋に集まって。
これからの方針について、最後の話し合い。
その席上で、景吾は誰にともなくそう言った。
「他にも方法はあるかもしれねえ」
これがもしフロドなら、景吾はこんなこと言わなかったと思う。
こんなこと言わずに、フロドが指輪を棄てに行くのを止めもせず。
ただ黙って、その旅に、フロドの守り手として同行しただろう。
物事には優先順位があって、誰にでも同じに愛情をなんて言っても所詮無理なことで。
亮ちゃんが指輪を持っているから。
あたしみたいにどっちつかずでおろおろしてるよりも。
はっきりと判断の出来る景吾の方が、よっぽど優しい。
「おまえの好きにしろよ、誰も咎めねーから」
「なんかあっても頼もしい仲間が9人も居るねんで!」
侑士の後押しに、亮ちゃんは曖昧に微笑んだ。
「・・・・は?」
「え?」
「はどうしたい?」
「そんなこと、あたしに聞くかな・・・?」
亮ちゃんの真剣な眼差しは、はぐらかさせてもくれそうにない。
どうもこうもないよ。
「あたしは亮ちゃんや、みんなと一緒にいたい」
こんな仲間、どこに行ったって見つかりそうにないんだから。
ほんとに文字通り、かけがえのない。
「俺が行く」と、亮ちゃんは。
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