「はぎー、昨日すごかった!かっこよかった!」
昨日の夜オークに襲われて。
今朝のはいつになく機嫌が良い。
レゴラスで良かったな、役得だな、なんて気分も良いけれど。
そのじとっとした視線を俺に向けるの、やめて貰えないかな。
ねえ、跡部と日吉。
23 Crebain, There Goes the Ring
雪山を越えようとして、映画では大変な目に遭っていたから。
山じゃなくもっと南へ下がって、ずっと平地を行く方がいいんじゃないかと。
俺が思ったみたいに、跡部もそう考えたらしくて。
でも地図をひと目見て、すぐにそんな考えは消えてしまった。
このまま南へ下がれば下がるほど、近付くのはアイゼンガルドとオルサンクの塔。
そして其処にはサルマンが住んでる。
忍足は其処で軟禁されたって言ってたから。
まともに考えて、そっちに向かうのは危険だ。
「というわけで萩!一緒に弓道で世界目指そう!あたし、世界の高みを見てみたいの!」
「金メダル取ったらにあげるね」
「うそ!やったうれしー!」
「滝!誑かしてる暇あったら、足動かせ、足!」
「誑かすなんて人聞き悪いな。それにね、俺こっちに来てから身体が軽くて。
このまま何千キロだって歩けそうな気分なんだ」
「・・・・・!アホ!愚民!アホ!」
あはは。跡部ってからかい甲斐あるなあ。
意外にボキャブラリーは貧弱だよね。
「愚民って、べ様すごいこと言うね」
「さん、鬱陶しいので静かにしてくれませんか」
「はい!静かにします!」
日吉の一声は効果絶大で、はどうしてか最敬礼。
「戻るね」って小声で言いながら、とてとてとちびっ子4人組の中に走っていく。
先頭が跡部、その後ろに樺地が続いて、次が俺。
さらにホビットの4人と、それから日吉、最後尾が忍足。
裂け谷を出発してからだいたいはこの並び順で進んでいる。
ちらっと振り返ると、日吉はちょっと怒ったような顔をしてそっぽを向いた。
跡部にしても日吉にしても、分かりやすい。
でも二人とも素直じゃないから。
そんな二人がぼやぼやしてるうちに、を攫ってしまおうかと思うことがある。
そんなことを考えてるのは、きっと俺だけじゃなく。
黙々とただ南へ。
こんな毎日もまた良いんじゃないかなんて思う、このごろ。
「ねー日吉ー、剣の練習付き合ってー?」
太陽がようやく下降線を辿り始めた頃、小休止を取っていた岩場でジローが言った。
は跡部の隣でのんびりとパイプをふかしている。
「なんで俺なんですか」
「んー?なんとなく?」
「いいじゃん!マジで教えて欲しいんだって!」
向日とジローの二人に頼み込まれて、日吉は渋々といったかんじで腰を上げた。
跡部はどうやらリーダーシップの発揮しすぎでお疲れだし。
剣術を教わるなら、日吉が適任だろうと思う。
「ジロちゃんとがっくんがんばれー」
なんてが笑うものだから。
日吉がこっそり溜め息を吐いていた。
「あいつら元気ありあまってんな」
「べ様はちょっと働き過ぎだよ。先頭、侑士とかに代わって貰えば?」
「あいつ道分かってんのかよ・・・」
「大丈夫でしょ。なんならあたしが先頭立ってもいいよー?」
「無理な相談だな」
なんだか耳が良くなってて、談笑中の会話なんかも全部聞こえてしまう。
便利なときもあるけど、そうじゃないときもやっぱりあって。
もう少しコントロール出来るようになりたいんだけど。
「よっし!俺から行くぜ!」
元気よく手を挙げて、向日から剣を構える。
日吉も剣を抜いて、ほんの少しだけ笑った。
かんっ、かんっ、かんっ。
小気味良いリズムを刻んで、向日の剣と日吉の剣が交わる。
7度打ち合ったあと、今度はジローが日吉に立ち合って。
「先輩、テニスじゃないので・・・振りかぶるのはどうかと思います」
「だって一発目はサーブの方が気持ちイーじゃん!ねえ、ちょうたろうもそう思うよねー?」
「いえ、俺に振られても困ります」
長太郎は仔馬のビルと、宍戸と一緒にぼんやり周囲を眺めていただけで。
突然話を振られて、本当に困った様子をしていた。
「振りかぶってる間、身体ががら空きになります」
「そこを狙ってきた敵を、こう、がんっと。肉を切らせて骨を断つーみたいな」
「オマエ、肉切らせてどうすんの・・・?」
「だから、骨を断つんだって!」
「いやいやいやいや、意味分かんねーし!」
「えー?もしかしてがっくん、あたま悪い?」
「ジローに言われるとすっげー腹立つの、なんでだろ・・・」
こうして見てると二人とも幼稚園児みたいで。
その横で項垂れてる日吉はまるでパパみたいで。
でもほんと、肉切らせてどうするんだろう。
骨を断つ前に死んじゃうかもしれないよね。
パイプを仕舞ったがビルの方に掛けていくのを横目に見ていると。
さっきまでは無かったはずの音が。
この場に届いているのに気が付いた。
慌てて遠方に視線を巡らせて。
「跡部!なんだか雨雲みたいな、たぶん鳥!黒い鳥の大群が飛んできてる!」
「雨雲ちゃうん?」
雨雲にしては動きが速すぎるし、目を凝らせば小さな黒い物体の塊だって分かる。
「カラス・・・?まずい、隠れるぞ!」
ほとんどじゃれてるだけのようになってた日吉たちも。
異常を察して、剣を鞘に収めるとすぐさま隠れ場所を探し始める。
俺も隠れなくちゃ。
そう思ってあたりを見回すと、が居て。
馬鹿なは宍戸と鳳を隠すのに苦心してたみたいで。
自分はと言えばぽつんと端っこに。
「!早く来い!」
「さん、貴女なにやって・・・」
跡部と日吉を遮っての方に飛び出してしまったあたり。
やっぱり自覚のないやきもちみたいなもの、あるのかもしれない。
「おいで、」
小さな手を引いて、手近な低木の下に潜り込む。
を腕の中に包み隠すようにして。
の鼓動が聞こえるのは、きっと驚いた所為。
自分の鼓動が聞こえるのもきっと、驚いた所為。
何秒も待たないうちに、カラスの大群が俺たちの真上を旋回し出す。
ぐるぐるぐると、3回ほど周囲を巡って。
それからカラスは元来た方、南、へ帰って行った。
あちこちから安堵の息が漏れる。
「ごめん萩。ありがと」
「ううん。どうってことないよ。それにこれも役得、かな」
「ん?」
「なんでもない」
の手を取って茂みから出ると、跡部が青筋を立ててお待ちかね。
「よう滝、イイ度胸してんじゃねーか」
「なんのこと?」
俺の言葉に跡部はぴくっと眉を持ち上げて。
どういう反応するのかな、なんて楽しみに待ってたら。
「・・・・助かった。オラ、行くぞ!」
「え?あ、うん?ごめんね萩、ほんとありがとう」
あっという間にを連れて行かれてしまって。
ちょっと残念ではあったけれど。
「助かりました、礼を言います」
跡部と日吉ってほんとにそっくりだ。
その後は、跡部に怒られ、かばった宍戸と鳳に怒られ。
ていうかほとんど全員に怒られて、ちょっと肩を落としてた。
そういうところ(なんていうか、馬鹿なところ?)が、可愛いところでもあったりして。
「べ様、さっきのって何?」
「クリバインっつう、たぶんサルマンのスパイだ」
南に向かう行列は、言ってた通り今度は忍足を先頭にして。
代わりに日吉がしんがりを務める。
俺の少し前を行くは、半強制的に跡部の隣に収められていて。
「いろいろ知ってるねえ・・・」
「裂け谷に居るあいだに勉強したからな。尊敬して良いぞ、許可する」
「んー、前向きに検討します」
跡部の偉いところは健気なところ。
それから、実は謙虚なところ。
面倒くさがらずに山のように積んだ本をずっと読んでいて。
旅をするのに必要な知識のほとんど、頭に入っているのだと思う。
「やっぱり南は危険だ。雪山登るけど、平気だろーな?」
「平気じゃなくても、景吾についてくよ」
そう言ってが笑うのを、ぼんやりと見つめていた。
決して健康的とは言えない骨張った身体で。
華奢だと言えば聞こえは良いのだけど。
その身体で雪山はキツイんじゃないかなって思って。
のことばかり気に掛かる自分はどうかしてる。
どうかしてるけど、どうにもできなくて。
一歩踏み出す勇気すら持てなくて、このままでもいいかと。
この居心地の良い空間、居心地のいい人たちと。
いつかすべてが風化してしまうまで
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