今までに通ったどんな道とも違う。
薄暗く、じめっとした空気の砂利道。
この先にどんなことが待ち受けているのかなんて。
楽しみに思える冒険心はないけれど。
とにかくこれは、成さなければいけない冒険であり。
半ば押しつけられた使命でもあるのだと。
そのとき一番知っていたのは誰だっただろう。
26 The Door Cannot Open ...Sesame
昼夜の区別なく暗い場所、地下に。
ドワーフという種族は住んでいるのだという。
ドワーフに組み込まれている樺地くん。
この世界では、伝説や宗教の類でなく、
生きとし生けるものすべてが神様の手による創造物で。
なんとなく無神論者で、それなりに科学的なあたしには。
そのあたりの観念が、ちょっと分からない。
ふと前方に視線を馳せると、侑士と亮ちゃんが何かを話していて。
二人がどんな表情をしているのか、見えないけれども。
どう見ても楽しい話をしてるってかんじじゃない。
・・・・指輪の具合はどうなんだろう。
雪山で若が指輪を拾い上げたとき、どきっとしたけど。
実際、あたしだってあんな機会があったら。
欲しくなってしまうかもしれない。
何かを強く望んでるわけじゃないにせよ。
「ー?難しい顔してるー」
「ん。ちょっと考え事してた」
ここのところ、ジロちゃんはずっとあたしの手を離さない。
助けて貰ってる部分が、たぶん大きい。
「おれ、もっと明るいとこの方が好き」
「あたしも。あんまり夜目も利かないし」
「つぎの御飯、なんだろーね」
「ねー。ずっと歩いてるとお腹空くもんね」
お腹が空くなんて、あたしったら健康じゃないの!
なんて思ってはみても。
健康的な食事が出来るでもなし、甘味が食せるわけでもなし。
もうなんか、日に日に痩せ衰えてく気がする。
そろそろマリリン・モンロー体型は諦めざるを得ない気がする。
嗚呼マリリンは可愛いな、ちくしょう。
ピヨの好みがマリリンだったらどうしよ・・・?
壊滅的に絶望的じゃん。
「これ、一個あげるー」
脳内にハレーションを来してると、ジロちゃんがポケットから。
「クッキーだ!?」
「そ。にあげるー」
「いいの!?うわあ、じゃあありがたく頂戴します」
もしょもしょと口の中に甘い味が広がって。
『砂糖って幸せの味がするなあ』とか若干ポエット入りつつも。
そして甘い味の中に若干砂のような感触を感じつつも。
まあそうだ、ポケットに直入れしてたら砂も混じる。
それでも嬉しい美味しいことに変わりはなくて。
「ありがとう。なんか生き返った!」
「えへへー。かんとくにねー、貰ったんだぁ」
「監督?ああ、エルロンド卿?」
なんだよ、あたしにはくれなかったじゃん。
とか恨み言を言ってもしょうがない。
しかもあれだけいっぱい貰っておいて、『クッキー頂戴』も図々しい。
「あ!なんか見えてきたー」
「うわあ」
ジロちゃんが指さした方を眺めて、思わず声を上げずには居られなくて。
闇より黒い壮大な、まるで切れ目の見えない岩壁が。
あたしたちの行く手を阻んでいるようにも思えた。
「すごいね」
近付けば近付くほどに、なんだか押し潰されるような感覚。
怖くはないけれども、圧倒されてしまう。
やがて触れた壁はひんやりと冷たくて。
此処が生きている人の棲み家である、もしくは棲み家『だった』ことなんか
夢想だに出来そうにないほど。
やっぱり中では、ドワーフの人たちが死んでいるのだろうか。
オークの死骸はそれなりに目にしてきたけれど。
他のどんな種族の骸も、幸いにも目にする機会が無くて。
もちろんネクロフィリアではないから。
死体の山に気分が高揚することなんかないと思うけれども。
悲しめるかと言われれば、曖昧に首を傾げるしかなくて。
「跡部ー!どないしたらええのー?」
先頭を張っていた侑士が、最後尾の景吾に向かって声を張り上げる。
「とりあえず壁沿いに。入口探せ!」
「りょうかーい!」
というわけで、コツコツコツコツ、連なって壁を叩き歩く。
巨壁と大きな溜め池に挟まれた道は狭くて、少し歩きにくい。
半刻ほど進んだあたりで、侑士がぴたっと歩を止めた。
「あったでー!」
見ればそのあたりだけ道が拡がり、ちょっとした広場のようになっていて。
順序よく、みんながそこへ集まる。
「良く見つかりましたね。俺だったら見逃してしまいます」
「そうやろー、俺すごいやろー。なんせ魔法使いやしな!」
長太郎の言葉に気をよくした侑士が、どんっと胸を叩く。
そのとき、流れる雲の狭間から満月が顔を現して。
月光を浴びた扉がぼうっと、白く模様を輝かせる。
上が円くなった大きな扉の輪郭が、はっきりと現れて。
ツタやなんかの彫刻に紛れて、あたしには読めない文字が躍っていた。
「べ様、あれ読める?」
「『唱えよ、友、さらば扉は開かれん』」
「ちょお!それくらい俺かて読めるで!」
「俺様に張り合おうなんざ4000年早いんだよ。どうでもいいからコレ、開けろ」
「え?押したら開くんじゃないの?」
「も映画見たんだろーが。合い言葉が要るんだよ。なんとかっつー合い言葉」
「え!?」
べ様の台詞を聞いてた侑士が素っ頓狂な声を上げたもんだから。
全員の怪訝そうな目が侑士に向けられて。
「てめえ、分からねえとか巫山戯たこといいやがったら」
「いやあ、そのまさかやねんけど・・・・」
「ちょっ、侑士!?そんなんでどうすんの!?」
「まあまあがっくん、落ち着きいや」
ていうか落ち着いてるのは侑士だけでしょ。
べ様は拳をわなわな震わせてるし、萩はものすごい笑顔。
亮ちゃんと長太郎は驚いたみたく口をぽかんと開けてるし、と。
ほぼ全員がなんらかのリアクション。
樺地くんだって、内心嘆いてるに違いない。
「ちゅうかみんな映画見たんちゃうん!?誰か知っとる奴おるやろ!?」
答は言わずもがな、全員がお互いの顔を見合わせたことで分かる。
そんなの一回やそこら見たくらいで覚えてるものじゃない。
「何やねん!頼りにならへんな!」
「意味分かんねーよ、逆ギレじゃん!」
「ええわ、俺が思い出したる!自分ら適当に座って待っとれ!」
待 っ て ろ っ て 言 わ れ て も 。
怒鳴るなり、侑士は杖を片手に『メテオ』だの『ファイア』だの『10まんボルト』だの
どう考えても見当違いなことを呟き始めた。
ほんと大丈夫かな・・・・。
なんて心配してもあたしにはどうにも出来ないわけで。
お言葉に甘えて休憩をと思ってたら。
元気なさげな仔馬のビルとその隣ですっかり困り果ててる長太郎が目に入った。
「長太郎、ビル大丈夫?」
「どうですかね。このあたりに来てからずっとこんな感じで・・・」
「こんなか連れて入るのは可哀想なんじゃねえか?」
座ってた亮ちゃんがあたしたちの様子に気が付いて、そう言って。
それはそうかなと、あたしも思う。
「でも、置いてくわけにも行かないですし・・・」
「ビルは裂け谷の子なんだよね?」
「はい、そうですね」
「んーと、じゃあコレ、エルロンド卿に貰った櫛なんだけど。
ビル、これの匂い分かる?ちょっとダンディなかんじの匂い」
結構使ったけども、他のものよりはたぶん、匂いが残ってるはず。
「犬じゃねえんだぞ・・・?」
「だーいじょーぶだって!分かるよね、ビル。エルロンド卿(43)だよ?」
ビルはぶふふんっと鼻息を荒げて。
おー、いい子いい子。
「独りで帰れる?よしっ、それじゃあバイバイ!今までありがと!」
あたしが背中を押すと、ゆっくりゆっくりビルは歩き始めて。
「気をつけてねー!」
「元気でいろよー!」
なんて声を受けながら、だんだんと暗闇の中に消えていった。
ビルに任せてた荷物もほとんど残ってないし。
手分けすれば、結構身軽に動けるはず。
「オマエ、たまに滅茶苦茶するんだな」
「亮ちゃんほどじゃないよ。それにビル、あたしよかよっぽど賢いし。
ビルも一緒に中入っちゃうと大変でしょ?」
「まあな」
「長太郎も今までビルのお世話してくれてありがとう。ごめんね、勝手に帰しちゃって」
「いえ、どうしようかと思ってたので・・・。助かりました」
怒られたらどうしようかと思ってたから、二人がちゃんと笑ってくれて安心したり。
それから三人でせっせとビルに積んでた荷物を配分して。
水面を見つめながらぼんやり、パイプをふかしていると。
「ああ!なんかメロンみたいな単語じゃなかったー?」
っていうジロちゃんの声が聞こえて。
侑士も、それからあたしも『合い言葉』を思い出した。
「メルロン?」
扉が開いた瞬間も、水面は不気味なくらい温和しくて。
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