その時は確実にすぐ側まで。
お化け屋敷を、見取り図を持って辿っているようなものなのに。
危険があると分かっていても。
その危険を避けることが出来ないのは。
どうしてだろう。


 27 Watcher in the Water


「メルロン?」

侑士が言葉を零すと同時にまばゆいばかりの光が扉を包んで。
重質の扉は音もなく、消えるように開いた。

「ナイスアシストやジロー」

三々五々、休んでいたみんなも立ち上がる。
景吾が萩に何事か耳打ちしてるのが視界の片隅に見えて。
なんだか胸を騒がすものがあったけれども。
此処も、あっさりとは通過出来なかったような。
具体的なことをなんにも覚えてない自分の歯がゆいこと。
だってこんなことになるなんて思ってなかったもの?
そんな言い訳、許せるけれど、許されるけれど。
でもそんなエクスキューズに意味はない。

も早く入れ」
「あ、うん」

ぽっかりと開いた入口の両脇に、景吾と萩がそれぞれ控えてて。
促されるまま、あたしも慌てて中に入る。

月明かりの下、薄暗さになれていた視界がさらに奪われて。
真っ暗を通り越して、これじゃあ暗黒と相違ない。
生きているものの気配すら、無い。
光を求めるように、出入り口へ振り向いたときだった。
全員が入り終えるのを待っていた景吾と萩もようやく中へ入ってきて。
そんな二人の後ろ、水しぶきが上がっているのが見えた。
思い出すより早く、タコみたいな蛇みたいな生きものの触手がくねくねと。
景吾や萩が気付くより早く、触手が亮ちゃんを狙って伸びてきて。

「亮ちゃん避けて!」

反射的に身体まで動いてしまって。
なんのことだかよく分かってない亮ちゃんを突き飛ばした瞬間。
気持ち悪い感触と一緒に、あたしの身体が宙に浮いた。

「きゃあ」なんて叫ぶ余裕もなくて。
ちょうど胃の真上あたりをぎゅっと何かが締め付けて。
ちょっとだけ意識が遠のいた。
シェイクされてるみたいに身体も視界も揺れて。
なんだっけ?あの、遊園地の・・・バイキング?
下の方で切羽詰まってるみんなが、それに乗ってるときに見える風景のようだった。
ああ、どうしよどうしよコレ今度こそ死ぬかも!
こっちに来てからもう何回『死ぬかも!』とか言ってるか分かんない。
脳と言わず心臓から何から、あらゆる臓器が震えて気持ち悪い。

!」

景吾が必死の形相でタコ足を切り落としてて。
うわあ景吾変な顔、とか思ったらなんだか笑えて。
笑おうとしたら苦しくなってそこはかとなく咽せた。
もうこれ、いっそ殺してくれた方がいいよ・・・。
なんか気分悪い。
過激に船酔いしたみたいな。
吐 き そ う 。

「うひゃあっ!!」
「よっと」

嗚呼、しかも急転直下だ。
タコ足に解放されたと思った途端、誰かの腕の中にぽすっと。

「大丈夫?」

口を開いたら今にも胃から体液が逆流してきそうで、必死にこくこくと頷く。
・・・・死ななかったけど女として死にそうだ。
よりによって萩に胃液なんか見られたりしたら・・・!
萩とチェンジするしかない、性別チェンジするしかない。
頑張れストマック!
吐いちゃ駄目吐いちゃだめ吐いちゃダメ。
などと。あたしが女としての葛藤を抱えてる間にも。
足を切り落とされ、餌(あたし?)を取られの踏んだり蹴ったりで怒り狂ってるタコもどきが
再び此方へ突進をかまそうとしてきてて。
萩はあたしを抱えたまま、モリアの坑道へ駆け込んだ。

どかん!と大砲でも撃たれたみたいな衝撃音がして。

目だけで音の出所を探ると、巨大な未確認生物タコもどきが。
此方へ来ようとして扉につっかえたらしかった。
タコがぶつかった弾みで、扉の周囲が初めはぱらぱらと。
それから徐々に豪快さを増していって、ついには崩れ落ちる。
残されたのは呆気にとられるあたしたちと、瓦礫の山。
今ので吐き気も消え失せた。

、大丈夫?怪我してない?」

「あ、う「「何やってんだよ!!」」・・・へ?」

「宍戸かばってオマエになんかあったらどうすんだよ!?」
「オマエ俺なんかかばってどうすんだよ!?」

これ、何言っても怒られるだけな気がするな・・・。
亮ちゃんを守らなきゃいけない旅、っていうのを忘れて過去最高にご立腹のべ様と。
助けたはずなのに何故か激怒してる亮ちゃんと。
ていうかその後方に控える皆様も何故か怒ってらっしゃるご様子で。

「ありがと、萩。とりあえず、もう平気だから下ろして?」

笑みを絶やさずあたしをお姫様抱っこしてくれ続ける萩。
なんか萩って王子様系だ。
それいい!白馬と萩と、チョー似合う!!

「嫌だ」

「え?反抗期・・・?」

「ふふふ。嘘。いいよ、下ろす。足場悪いから気をつけてね」
「うん。ほんとありがとね」

イカレた三半規管のお陰でちょっとばかりふらふらしたけれども。
それに追い打ちを掛けるように

のばか!」

なんてジロちゃんに・・・ジロちゃんに怒鳴られてしまって。
ほんと取り繕いようもないくらい派手にすっ転んだ。

のばか!死んじゃったらどらごんボール集めないと生き返れないんだよ!?

「え?あ・・・うん、そう・・・かもしれない?」

「ししどは死なないけど、は死ぬかもしれないんだよ!?」

なんだそれ、亮ちゃんは不老不死の人造にんげん18号かなんか?
あ、亮ちゃんの方が健康かつ頑丈ってこと?

死んだらおれも死ぬし!!うっ・・・うっ・・・」
「ちょっ、ジロちゃんなんで泣くの!?わけ分かんないって!」
さん!金輪際こんなことしないで下さいね!寿命が縮みます!」

ジロちゃんのしかかってきて重いし。
見下ろして怒ってくる長太郎は怖いし。

「ジロー、潰れるやん、ちょおどいたり」
「ゆーしー」
「けど俺かて怒ってるねんで。ほんま、無謀すぎやわ」
「だって亮ちゃん助けなきゃ、って思って」
「だ・か・ら!それが無謀だって言ってんの!」
「がっくんまでそんなこと言う・・・。亮ちゃん無事だったんだし、良かったじゃない!」

はあ、もうヤダ・・・。
みんなの怒鳴り声がすごい頭にガンガン来るし。
痛いし!疲れたし!怒んないでよ!
折角侑士に起こして貰ったけども。
やっぱり力が抜けちゃって、あたしはその場にへなへなと座り込んだ。

「みんな助けてくれようとしてるの見えてたよ。ありがとう。お手数お掛けしました」
「まったく、どこまでむかつく人なんですか、あなた」

ピ ヨ に ム カ ツ ク と か 初 め て 言 わ れ た 。
一文字で表すと(涙)なんだけど・・・。
あ、()はノーカウントで一文字ね。
あたしが漫画のキャラとかだったら確実にうしろ、『がーん』て出てるよ、効果音。
嗚呼、ほんとに涙出そうになってきた。

「おまっ、日吉!泣かすなよ!アホ!死ね!」
「泣いてませんー。ピヨに死ねとか言わないでよ、べ様キライ
!その・・・悪かったな、助けて貰ったのはマジ感謝してるから!」
ほんとかよ。だって亮ちゃん怒ったじゃん」

いいんだ、いいんだ、どうせあたしなんかに助けて貰わない方が良かったんでしょ。
へっ、アホ!馬鹿!マヌケ!スーパーサイヤ人のなり損ね!

泣いたらおれも悲しー・・・うっ・・・うっ・・・うわーん」

ちょおジローはほんま黙っといてや。
 あんな!ちゃうねんで!怒ったんとちゃうねん、みんなのこと心配してんねん」
「知ってるよ、分かってるってば!けどみんな怒ったし、しかも・・・うっうっ」
「しかも何!?ごめん!俺、怒鳴ったの謝るから!」
「俺も謝りますから!」

みんなが自分の涙に慌てふためいてるのを見て。

『あっはっは、たのしー』

・・・・とか思える大人の女だったら良かったんだけども。
お子様なあたしは逆に混乱してきて。
そしたらべ様が颯爽とあたしの前に跪いた。

、帰ったらなんでも買ってやるから今すぐ泣きやめ」
え?・・・・あの、なんかちっちゃいプリンあるじゃん、蓋にヒヨコの絵描いてあるやつ
「ああ、コンビニで売ってるやつだろ?」
「あれ、一生分欲しい。好きなの」
「分かった。毎日買ってやる」
「ほんと!?嬉しい!!」

我ながら現金な性格だとは思う。

「よし!じゃあ先進もう!亮ちゃん怪我してない?」

プリンのことを思い出したらちょっとだけ元気出た。
現金な上に糖分摂取の欲求も強いみたい。

「俺は平気だ。こそ大丈夫かよ」

「心に大きな傷を負いました」

「え・・・!?もうほんっと悪かった!助けてくれてありがとうございましたっ!」
「嘘だよ。全然平気。ほんと亮ちゃんに怪我無くて良かった」

そう言ったらまたべ様に睨まれたけど。
わけ分かんないし、無視して。
優しくしてくれた萩と樺地くんの方へ、とっとと走っていった。


ピヨに「むかつく」って言われた・・・。