さっきから不自然な光源がちらつくなって思ってたら。
侑士の持ってる杖の頭が気味悪く光ってて。
魔法使いって嘘じゃなかったんだ。
っていうのをやっと、証明してくれたかんじ。
28 Moria
「非道いなあ、信じてへんかったん?」
「だって魔法とかいきなり言われても。ごめん」
危ないから明るいところを歩け、という。
景吾坊ちゃまの有り難いお達しを受けて。
先頭を行く侑士の少し後ろをついて歩く。
あちらこちらに衣服の残骸を纏った白骨が転がっていて。
明るいのも少し考えものかと思うけれど。
おそらくドワーフやオークなのだろうそれらの死骸は。
あまりの夥しさと時間の経過で、なんていうか可哀想とかを超越してて。
あたしみたいな薄情者はただただその光景に圧倒されるしかなかった。
「まあええけど。未だに『ファイア』も出せへんねん、俺」
「いやいやいやいや、たぶんそれ無理でしょ。畑違いというか、原作違い?」
「!信じれば出来ひんことなんかないねんで!」
「左様ですか・・・。それじゃあ、まあ、頑張って・・・」
「なんやノリ悪いなあ」
過去の戦場で交わすのに似付かわしくない会話と10人分の足音と。
それ以外の何事もないまま。
ほんとに何もないまま。
先のことを話す人なんて誰もいなかったし。
緊張しながらも和気藹々とモリアの坑道を進んで。
てっきりもっと短いものだと思ってた坑道が意外に長いのだと分かった。
抜け出せないまま2泊もした頃にはさすがに暗いのにもうんざりしてきて。
ていうかタコお化けの一件以来、まだ一言も口を利いてないピヨのこととか。
そっちにもさすがにうんざり。
そしてモリアに入って3日目の、たぶん午前中。
休憩を取っていたあたしたちの前に、そいつは突然現れた。
もしかしたらずっと居たのかもしれないけれど。
「景吾、あれ」
橋のように坑道に巡らされた細い石廊の下の方。
黒っぽい小さな影が足場をこちょこちょと移動して。
時折じっとこちらを窺うようなポーズを見せていた。
そっと、こっそりと。
「ああ、知ってる。此処に入ってすぐから、ずっと居るぜ」
「あたし今まで気が付かなかった」
10箱しかないから、出来るだけパイプを吸うようにしてたのだけど。
仔馬のビルに別れを告げてからは荷物が少しでも減るようにと。
モリアに入ってからはもっぱら煙草を吸っていて。
お陰で残りは3箱と7本。
マッチを擦った瞬間、周囲が少しだけ明るくなった。
「なんだっけ、ゴラム?」
「たぶんな。敵だけはちゃんと出てくるんだからたいしたモンだぜ」
「ストーリーとか知ってるんだから、避けられたっていいのにね」
「ゴラムは無理だろ」
「そうなの?」
「そうだろ。つーか忍足と日吉が」
景吾が何か言い掛けたところで、がさごそとみんなの衣擦れの音。
「ー、行くでー」
「今行くー!・・・ごめん、景吾、今なんて?」
「いや、いい。置いてかれんぞ」
「んー、なら行くけど。あんまり考え込まないでね?
あたし・・・じゃ頼りにならないかもだけど、でもあたしも景吾の考えてること聞きたいし」
何が言いたいんだろ、あたし。
意味分かんない。
「アホ」
「うっさい、知ってるもん」
侑士のとこへ走ってく途中、萩が複雑な顔してるのが目に入った。
そっか萩の耳、ちゃんとばっちり聞こえてたのかも。
「むー」
ゴラム、ゴラム、ゴラム、ゴラム・・・・。
なんかCGでテカテカしてて、なんかやたら目がでかくて、なんか怖い。
あと、フロドとサムを振り回してたような。
ていうかストーリーに関係ないことしか思い出せないのはどうして・・・?
肝心なことは全部どこかに飛んじゃってて。
やっぱり無理。思い出せない。思い出せるわけ無い。
記憶力はママンのお腹の中に置いてきてしまったのです・・・。
「、どないしたん?」
「んー?ちょっと記憶術を・・・」
「なんやそれ。てか、俺ら尾行られてる思うねんけど・・・知っとる?」
侑士がちょっとだけ声のトーンを落とす。
「さっき気が付いた。べ様はモリアに入ってからずっと居るって言ってたけど」
「ホンマかい。あかんわ、全然気ぃつかんかった」
「べ様と萩は気が付いてると思う。あとの子・・・亮ちゃんとかはどうだろ?」
「あー、宍戸はたぶん知っとるわ。休憩してたとき、なんやそわそわしとって。
それで俺も気付いたんやけど」
亮ちゃんは最近すこし痩せた。
もっともこんな状況下で太る人なんか居ないけれども。
他の子はそれなりにそのままなのに、亮ちゃんだけ明らかに疲れたふうで。
「亮ちゃん、最近寝付きも悪いみたいなんだよね」
「よおそんなん分かるなぁ」
「あたし夜型だしね、寝るの遅くなっちゃうの。
そしたら亮ちゃんの毛布だけ落ち着かないんだわ、なかなか」
何やってんのさ、って最初の頃は不審に感じてたんだけど。
毎晩毎晩、亮ちゃんだけごそごそしてて。
ああ寝られないんだなって。
あたしとホビットの4人は戦力外通告を受けて夜の見張りは免除して貰ってる。
それでも、亮ちゃんの睡眠時間って見張りをやってくれてるのと変わらないくらい。
「やっぱり話通りに進んだほうがええんやんなあ・・・」
「え?」
「いや、やっぱり宍戸と・・・鳳やっけ?二人で行かさなあかんのやろか」
瞬間、侑士が自分のことを言ってるのかと。
それならあたしに訊いて欲しくないと。
卑怯にも思ってしまって。
正直なところ、亮ちゃんと長太郎の名前を聞いて安心した。
「そんなことして欲しくない」
「せやなあ」
「でも、そうして貰わなきゃどうなるの、って。
あたし、指輪が怖いから、出来れば離れてたいっていうのもあって。ほんと最低」
『最低』とか、自分を貶めるようなこと言うのも最低だ。
『そんなことないよ』って言って貰えるのを、期待してる。
「俺もそうや。どないしたらええんか分からへんし」
そう言って、侑士は一度言葉を切った。
「けどな、に覚えといてほしいねんけど。
なるようにしかならんし、自分がどないしたいんか、目標が何なんかをな、一番に考えや」
「・・・侑士?」
「お、なんか見えてきたで」
「うっわ、すっげー」
細い細い、切り立った石廊を抜けた先は天井の高い広間で。
戦いの跡もなく美しいままに。
荘厳と、あたしたちを飲み込む。
『言葉も出ないような』って、こういうことを言うんだと。
小さな光でも十分なほど、押さえ込めない威厳を纏っていて。
しばし、立ち尽くすよりほかなかった。
こんな場所があるなんて想像したこともなかったから。
血が震える。
生きてて良かったとも、帰りたいとも、思って。
それからまた、誰からともなく歩き出す。
踵が床を弾く音が、広間中に響き渡る。
姿や息遣いだけじゃなく、すべてを監視されてるみたいな錯覚が。
怖いけれども、とても興奮する何かで。
みんな無言で、きっとすごく、気分は高揚してる。
広間をざっと横切った壁。
大きな、開け放たれた扉があって。
その奥、薄明かりに包まれた台座に立派な石櫃が置かれていた。
近寄っちゃ駄目だという本能からの警告と。
もっと間近に見てみたいという欲求が心の内でせめぎ合う。
審判を請うように景吾を見つめると
それと分からない程度に頷いて、景吾は部屋に入っていった。
「デカイ音、出すんじゃねえぞ」
何人かで囲んだ石櫃の上部には文字が掘られていて。
なんて書いてあるのか、相変わらずさっぱり分からない。
「モリアの領主 バーリン 此処に没す」
圧倒されるとか、そんなこと感じてる余裕なんてなかったんだ。
こうして、名前のある人が死んでいて。
あちこちに縷々と倒れてる身体も、ちゃんと名前のある人たちだったもので。
死ぬことが悲しいことなんじゃなく。
何かの、指輪のために争うことや。
傷付いたり、傷つけられたりすることや。
指輪がなくなれば、それらがなくなるのなら。
あたしたちの目的を見誤ったりしない。
帰ること、それから。
したいと願ったことを、成すこと。
ふっと輪を離れた景吾が古びた本を拾い上げた。
何が起こるのか、知っているけれど。
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