橋と第二の広間は陥落した
扉を防いでいるが それも長くは保ちそうにない
大地が震える
太鼓の音 太鼓の音が地下深くに鳴り響く
もう逃げ場はない
闇の中を影が走る
もう逃げ場はない
奴等が来る
29 Beat Connection
この部屋をやり過ごすことだって出来た。
部屋の中を確認して、すぐに続きを行くことだって出来た。
そうしなかったのは平気だろうと高を括っていた所為。
この中に厄介ごとを引き起こすような馬鹿はいねえと、それだけで済むと思っていた所為。
埃まみれの本を拾い上げ、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
最後の方は非道く筆が荒れていて。
内容を見ればそれも肯けるってもんだろうが。
やっぱり読むべきじゃなかったんだろう。
かさこそとネズミの這う音がして。
驚いた鳳が身体を僅かに引いた瞬間。
不安定に井戸の淵に支えられていた錆びた兜がかちゃりと。
かつーん かつーん かつーん かつーん
静寂の最中に石と金属の衝突する音だけが存在を主張していた。
・・・やっちまった。
「す、すみません!俺が動いたから・・・!」
「そんなのは後だ!とにかく逃げんぞ!」
まだだいじょうぶまだだいじょうぶまだだいじょうぶ。
言い聞かせるようにして、出入り口に目を馳せる。
一番其処に近い場所にいた滝が一歩外に踏み出し掛けて、すばやく扉を閉じた途端。
嗚呼、とんでもないことをしちまったなと。
「駄目だ。もう塞がれちゃってるよ!」
その場は決して軽くない恐慌を来していたが。
樺地だけが微動だにせず、未だに石櫃を見つめていた。
「すみません!ほんとにすみませんでしたっ!」
「いいからオマエはお
「長太郎、大丈夫だから。ね、今は無事に此処を出ることだけ考えてればいいんだから」
俺の言葉を遮って、が鳳の肩を掴んで。
「かんぬき代わりに、コレ使え」
扉を出来るだけ強固なものにするために右往左往している滝と日吉に、
あたりに散らばっていた斧やなんかを投げ渡しながら。
いつからあいつはこんな女になってたんだ、と。
場違いな嫉妬を感じていた。
俺は何時も、間違いばかりを犯しているのかもしれない。
「チビとは下がってろ!」
後ろを確認してる暇もなく、扉の外側に金属が突き立てられる。
「これは、幾らも保たないですね」
日吉が無表情に剣を引き抜くのとほとんど同時に、俺も自分の剣を構える。
扉は何かの間違いなんじゃねえかと思うくらい振動していて。
汗ひとつ流さない滝と日吉に。
俺だけがテンパってるんじゃねえかと。
鈍い破壊音が扉を突き破った斧と一緒にやって来る。
一つでも突破口が出来てしまえば後は早い。
穴の向こう側めがけて滝が射た弓がどれ程の敵に命中したとしても。
氷山の一角だ。
「来るぞ!」
俺たちが扉から飛び退いた瞬間、豪快に通路が開けた。
雪崩れ込んでくるオークを手当たり次第叩き斬って。
どうにもこうにも数が多すぎる。
部屋の隅にたちの姿を確認して。
そっちにだけは死んでも行かせねえぞ、っつう心づもりで。
を守る代わりの人間は幾らでも居る。
それでも俺が守りたいと、ずっとずっと今までも、これからも。
「次から次へと鬱陶しいんだよ!」
何百匹居るんだよ、オークってのは。
積もる屍を蹴散らしながら剣を振るい続けて。
異質な気配に振り向くと、大物がお出ましだ。
オークとは明らかに異なる化け物が場の空気まで一瞬にして吹き変える。
残っているオークどもを出来るだけ床に沈めて。
そいつ、トロル、に精神を集中させた。
出来損ないの超巨大児みたいなナリをしたトロルは、オークの握る拘束縄を振り解いて、
ある一点目掛けて突進を始めた。
と宍戸たちの居る方だ・・・!
ああそうか、指輪が。
「まずいよ、跡部!」
「分かってる!」
滝の放った矢は何本もブッ刺さってるのにも関わらず。
まるで意にも介してねえかのように。
樺地と日吉がトロルの足元に参じてるのを確認し。
部屋の壁に設けられた中二階的な回廊に逃げ登ったたちの後を追った。
もうすでに戦力外五人も剣を手にしていて。
トロルはすぐ側まで迫っている。
止める間もなくジローと向日がトロルの肩に飛び移って何度も何度も肩口に剣を突き刺すと、
さすがに効いたのか奴は大きく身じろぎをして。
その拍子に二人は揃って地面に叩き付けられた。
構ってやってる余裕がない。
鳳はトロルの腕と必死に格闘した結果盛大に突き飛ばされ。
、に至ってはろくに剣を向けることすら出来ずに、
危険を察したらしい宍戸によって俺の方へ突き飛ばされた。
「痛っ・・・」と吐息のような声を漏らして。
「景吾!亮ちゃんが!」
「宍戸は俺が助けるから、オマエは危ないことすんじゃねえぞ!」
「景吾こそ気をつけて・・・」
「ああ、心配すんな」
柱の影に追い詰められた宍戸の元へ、一刻も早く。
ほとんど目と鼻の先に宍戸の姿をとらえた瞬間、忽然とそれが消え失せ。
焦って視線を彷徨わせる。
右、左、其処に壁を背にした宍戸が見えて。
なりふり構わず中二階から飛び降りる。
槍を振り上げられても、動くことすら宍戸は出来そうになく。
間に合え、間に合え、間に合え。
そう強く念じながら走って。
俺がトロルの腹に剣を貫いたのと。
滝が奴の頭に何本かの矢を突き刺したのがほとんど同時だった。
上半身を旋回させるように低い悲鳴を上げたトロルは。
悲鳴を終わりまで聞かせることなくばたりと、その場に伏した。
「間一髪、だね」
「そうだな」
さらり髪を掻き上げてから、滝が宍戸を引っ張り起こす。
「立てんのかよ」
「ああ、なんとか。・・・助かった」
「ふふふ、宍戸にお礼言われるなんて、思ってもみなかったな」
「ちょお、そんな悠長にしてる場合とちゃうかもしれへんで?」
そういやどっから沸いて出やがったんだコイツは・・・。
一人だけ綺麗でなんか腹立つぞ、忍足。
「みんな大丈夫・・・?」
「、さっき突き飛ばして悪かったな」
「いいの、いいの。助けてくれようとしたんでしょ、亮ちゃん。ありがと」
走ってきたの身体をざっと見回しても、あるのは掠り傷ぐらいで。
ひとまず安心してたところに樺地の声が。
「まだ、来ます」
「・・・オークか?」
「ウス」
また緊張が走る。
「此処出た方がいいですよ」
「うん。今のは結構ヤバかった」
「よっしゃ、ほな俺が先頭行くし、跡部は後ろ頼むわ。行くで!」
やけに声の明るい侑士のことを勘繰る間もなく。
俺たちはその部屋を後にした。
さっきまでの静けさが嘘みたいだな。
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