都合のええことに。
戦闘の混乱に紛れて。
跡部もも滝も、余計な思考回路をストップさせてくれて。
特には。
になんや言われたら、決心が揺らいでまいそうやったから。


 30 Escape from Balrog


もうちょっと落ち着かせてくれてもええやんか。
て、若干の憤りを感じひんでもなかったけど。
ずっとこうしてても、もしかしたらさらに物思いに耽ってもうたかもしれへんし。
まあ兎にも角にも俺らは連なって戦闘の場を後にした。

広間に出るとさっきまでは聞こえへんかったはずの足音と。
金属がぶつかり合う音とが右からも左からも、前からも後ろからも。
なんやこれ、まさに四面楚歌ちゅう状況ちゃうん。
無事に抜けられんのやろか。
不安やったけど、信じて走るしかなくて。
矢が飛んでこおへんのが、不幸中の幸いか。

けど広間を半分ほど行ったころ。
オークは俺らに追いついてきて、ざざっと周囲を取り囲まれた。

と宍戸は真ん中隠れとき!」
「でも・・・」
「ええから!平気やから!」

8人でと宍戸を庇うように背中に隠して。
俺らの周りには大量のオーク、オーク、ほんまどっち向いてもオークしかおらん。
杖を構えて、他の連中も剣やら斧やら弓やらを。

いくら四面楚歌や言うたって、項羽もこんな風に囲まれたわけやないやろう。
逃げられへんし、それどころかほとんど動ける範囲もないし。
まさに絶体絶命てこのことやわ、て。

見渡してみると、広間はオークの海のようで。

此処の地下にこんなにオークがおったんかと、感心したりした。
じりじりと、こんな風に囲い込まれるくらいやったら、
いっそのことがーっと襲いかかって来てくれた方がなんぼ有り難いか分からへん。

けど、まだなんや。

これまでもそうやったし、今だけ例外なんて有り得へん。


冷や汗通り越して、背筋が凍るような地響きが聞こえた途端。

俺たちを追い詰めとったオークの群れが、一斉に散った。


サルマンのおっさんにしてもオークにしてもトロルにしても。
映画と何等変わらへん登場機会を持っとって。

せやったら。

指輪を棄てるためには出来るだけ映画の筋を辿った方がええんちゃうかと。
さっきのトロルを見とって確信が持てた。

「今度はなんだよ!?」

どしん、どしん。そいつが一歩進むたびに地面が揺れる。
遠くの廊下に赤黒い影が見えた。

ほら、やっぱり来た。

あんなんと、普通の人間が戦おうと思ったらあかんのや。

「バルログや・・・。跡部!そっち行ったら出口があるはずやねん!
 先頭立ってみんな連れてってあげてや」

「テメエはどうすんだよ!」

「アホ、俺も逃げる。けどなんかあったとき、アレ食い止められんの俺だけやろ!?」

なんのかんの言うても跡部は賢い奴やし。
納得したんかどうかは知らんけど。
すぐにいつものポーカーフェイスに戻って。
真っ先にの手を取って走り出した。

ほんまやったら、一番に守るべきは宍戸やねんけど。
そういうとこだけ跡部はアホで、そういうとこが魅力でもあるんやろう。
全員が走り出したその後に俺も続いて。
バルログが来たんと反対側、階段に続く、橋に続く通路を行った。
無事に逃げおおせるちゅう可能性もあるんかもしれへんけど。
どうしてもやらなあかんことが、ある。


石造りの階段を駆け上がって。
細い歩道橋が蜘蛛の巣みたいに張り巡らされた谷に出る。

「・・・なんで待っとんねん、先行き言うたやんか」
「先頭は樺地と滝に任せた。オマエ・・・」
「アレを食い止めるんが俺の役目やで?それにな」

先のこともあるやんか。

後半に備えるためにも、命懸けで行かなあかんと思うねん。

「指輪は棄てなあかんのやろ?」
「指輪よりテメエの心配しろよ」

「そうや、俺の心配するんは俺一人で十分や」

「うわっ!!」

前方から誰かの声が。

「ほれ、前の方危ないんちゃう?跡部が行ったらな」

どうやら其処は歩道橋の切れ目で。
勢い余って落下し掛けたがっくんを滝が引っ張りあげてるとこやった。
跡部はちょっと舌打ちをして、

「    」

小さい声で何事かを呟きつつ、走って行った。
せや、俺もぼけっとしとる場合ちゃうわ。
エルフで、一番身軽な滝が結構な幅のある切れ目を一息で飛び越す。

「跡部!こっちにみんな、投げられる!?」
「ああ。絶対受け止めろよ」
「分かってるよ」

跡部が宍戸、、鳳、がっくん、ジローとを投げ渡してる間に。
樺地と日吉は自分で其処を飛び越えて。
跡部も向こう岸に渡ってしまうと、俺がこっちに一人残される。

「侑士!」

の声。
二度と聞けへんかったらどうしよう。
て、正直ぞっとしいひん考えで。
身に纏ったローブが重たいながらも、助走をつけて切れ目を飛び越える。

俺が脚を離すか離さへんかの内にぐらりと。
後にしてきた方の足場が傾いて。
あれよあれよという間に派手に崩れ落ちた。

「危ないよ!射てきてる!」

あっちこっちの岩陰から放たれる矢に応戦しながら滝が言って。
オーク、まだおったんか。
躊躇も感心もしてる場合やあらへんな。
ほんまはもう二言三言、と話せたら良かったんやけど。

それにしたって、滝の矢は面白いぐらいよお当たる。
日吉がいつになく不安げに俺の方を見とったけど。
気付いてへん振りをして、俺はまた最後尾を行った。

何個か谷をクロスして。
ようやく最後の、人一人分の幅がやっとあるくらいの橋に辿り着く。
背後に迫るバルログの気配は消えるどころか増しとって。
みんなそれに気付いてか気が付かんでかは知らんけど。
滝を先頭にして細い橋を慎重に、急いで渡り始めた。

此処でもやっぱり日吉がこっちを振り向いて。
なんとなく気持ちは分かるような気がした。
俺は、ガンダルフの道を辿っても死ぬことはたぶん、ないけど。
日吉のボロミアは、このままやと死ぬ。

一人二人と橋を渡り終えて、最後。
俺のすぐ前を行く日吉が無事に橋から離れた瞬間。

後ろからものすごい熱波が流れてくるんが分かった。

落ちてしまわんように注意しながら。
俺はバルログの方へ振り返った。


(でも、そうして貰わなきゃどうなるの)


これはが宍戸のことを言ってた言葉やったっけ。
俺もそう思う、て。
たしかそう返事したような覚えがある。

けどずっと頭にあったんは、宍戸のことやなくて、自分のこと。


(死ぬなよ)


当たり前やわ、そんなん。
死んでたまるかっちゅうの。
背を向けたみんなの方から叫び声が聞こえる気がするけど。

堪忍な。

今ちょっとお取り込み中やねん。

「通さへんで」

こうやって間近で見ると、さすがに怖い。
RPGとかのラスボスの比やないわ、これ。
熱いし、怖いし、に会えへんなるかもしれへんし。
けど、ここで踏ん張らへんかったら。

どっちみち、映画にしばらく俺の出番はないんや。

「外出て貰ったら困るねん」

巨大な火の魔物、バルログは左手に火縄の鞭を振るって。
なおもこっちへにじり寄って来るから。

「通さへんで!」

叫んで、俺は杖を高く振り上げた。


ちょっとのあいだ、会えへんなるだけやし。