一歩踏み込んだ途端。
世界が無理矢理に変換されたような。
不思議な錯覚と恐怖。
そこに何があるのかを。
来訪者に悟らせてしまう感情。


 33 Alternative One


これはまた、あたしは思う、モリアに引き続きすごいとこに来ちゃったな。
モリアを出た翌々日。
鬱蒼と木々の生い茂る森に辿り着いた。
辿り着いたというよりむしろ、『入ってしまった』というのが正しいかも。
此の地を目指したのは旅の意志だけれども。
森の中に居る今、もはやほとんどが不可抗力で。
人ってちっぽけな存在なのね・・・なんて。
柄にもなく自然派および宇宙船地球号派きどりたくもなってしまう。

くしゅくしゅと、あたしたちが踏み締める落ち葉が音を立てて。
場違いな、異質な効果音。
侑士が旅を離れて以来、ただでさえ少なかった口数が。
もっとずっと、ほとんど無言に近くまで。

景吾はこの森にエルフの住まう国があるのだと言ってたけど。
そんな気配は全然しなくて。
白昼に現れる美人幽霊が住んでるとかの方が、まだ肯ける。
や、美人幽霊もエルフも、そんなに違わないか。

そんなことをぼんやり考えてたら。
萩が急に弓矢を構えて。
『何してるの?』なんて思う間もなく。
十数の弓があたしたちに向けられてることに気が付いた。
もう敵に囲まれるのなんかまっぴらで。
責任者出てこい出てきたらメンチ切ってやるよ・・・
などと小心者丸出しなことを誓ってた矢先。

「跡部くん!?」

と、聞き覚えのあるようなないような声が。
閑静極まりない森の中に響いた。

「ごめん、君たち弓下ろしてイイよー」

鶴の一声とかなんとか、とにかくその言葉にあたしたちは緊張状態から解放されて。
べ様だけがどうしてか、不愉快不快の粋を結集させたような顔をしていた。

「なんで跡部くんがこんなトコ居るわけ?」
「そりゃこっちの台詞だ」
「見て分かるじゃん!エルフなんだよ、オレ」

弓矢を下ろしたモノホンエルフさんたちの間を縫って現れたのは。
服装と尖った耳と肌の色以外はどう見てもエルフじゃない。
ものすごい不自然な髪の色をした男の子だった。

うわあ、アレって染め粉なに使ってんのかな。

美容院かな、お金掛かるかな、べ様お金出してくれないかなあたしもやりたいぞ。
と思ってると、その子と目が合ってしまった。

ちゃん!?」

「は?」

こんなオレンジ頭の知り合い居たっけ?
通り過ぎてきた男の数が多すぎていちいち顔なんか覚えてないんだけど。
でもこんな頭、希少種だしな・・・ああ!あ、ああ?

「オレオレ!オレだって!」
「オレオレ詐欺はもう時代に取り残されてるよ・・・?」
「千石清純!もしかして忘れちゃった?」
「ハルディアさん・・・?」

オレンジの子がわあわあ一人虚しく空騒ぎをしてると。
その隣にいた部下らしきエルフさんが、おずおずと口を挟む。

「あ、そうそうハルディアなんだけど。
 この際ハルディア・ド・キヨスミとかにしちゃえばいいじゃん!」
「・・・ああ!キヨくん!?」

思い出した。
べ様に強制連行されたなんとか大会で会った子だ!

「そうだよー。非道いなあ忘れてたでしょ」
「だって10秒くらいしか会ったことないじゃん」

そうだ、そうだ。
なんか奇抜な色の人がけったいなジャージ着て現れたと思ったら。

『千石清純!キヨって呼んでね!』

とだけ言って、微妙に地味めの人に連れて行かれちゃったんだ。
初夏の珍事。
去年だっけ、今年だっけ?

「というか、あたし名乗りましたっけ?」
「あの後、跡部くんに教えて貰ったの」

「え?プライバシーと個人情報保護法はどうなってるんですか、べ様」

「嫌だっつったんだ!けどコイツ、10秒置きで電話してくんだぞ!?」
「まあまあ、いいじゃん。こんな所で立ち話もなんだし、入って?」
「ハ、ハルディアさん、しかし・・・」

まったくもって話について行けてない部下の人がまた、おずおずと。
キヨくんなのにハルディアさん?
萩がレゴラスなのと同じようなものかな。

「平気だって!オレの知り合いだし、ガラドリエルさまもご存じだよ、たぶん」
「ですが・・・」
「なんかあったらオレが責任取るからさ!」
「はあ、まあ、其処まで仰るのでしたら・・・」
「やったー!それじゃあ行こう!ちゃんと皆の衆!

『皆の衆』なんて言われてしまった皆の衆は一人残らずカチンと来た顔をして。
それに気付いてるはずなのに、気にする素振りも見せず。
キヨくんはあたしの腕を取って歩き出した。
なんだろ、あたしってもしかして主賓なのかしら。
みんなは渋々、不承不承、キヨくんの後につける。

ちゃんに会えて嬉しいよ。ほんとどうなることかと思ってたし」
「んー、なんでキヨくんまでこっちに来ちゃったんだろうね」
「オレたちは一ヶ月ちょい前に来たんだけど」
「あー、じゃあだいたい一緒かな」

そうなんですよ、もう一ヶ月と少し経ってるんです、こっちに来てから。

そうしてとつとつと、此処、中つ国に来た経緯を話して。
面白おかしく喋れることじゃなかったけれど。
キヨくんは真面目に聞いてくれた。
それにしても、旅のことを話してるうちに感傷的になってしまうあたり。
あたしもたいがい女々しい。

「そっか、だから忍足くん居ないんだね・・・」
「うん。ずっと一緒だったから、変な感じ」

努めて明るく、笑ったつもりだったんだけど。
キヨくんはぽんとあたしの頭に手を載せて。

「大丈夫だよ」って言ってくれて。

何が大丈夫なのかとか、分かんないけど。
「ありがとう」と、あたしは答えた。



「それがさあ、おかしいんだよ」
「え?何が?」
「此処の森ね、ほんとはエライ女王様とちょっとスケールの小さい王様が
 治めてるらしいんだよね」

あら、レディファーストな良い国じゃないの。
とかではないんだろうな、一国の問題だし・・・。
黙って聞いてると、キヨくんは続きを話し始めた。

「それがどうしてか分からないんだけど、オレと一緒に来ちゃった人たちがね」
「あれ?キヨくん一人じゃなかったんだ?」
「うん、オレも合わせて3人かな。
 ほら、オレも『ハルディアさん』とかいうことになってるでしょ?
 で、あとの二人が女王様と王様なんだ・・・」

なんでキヨくん、こんな暗いオーラを纏ってるんだろう。
女王様が絶世の不美人だったとか?
それかアルウェン(43)状態だったとか。

ちゃんたち、最初の日どうだった?」
「え?此処に来た日のこと?
 ・・・・んー、まあそれなりに混乱してたかな。
 べ様とか『ケイゴルン』がどうしたこうしたーとか言ってたけども」

最初の日とか、だんだん忘却の彼方に追い遣られてる。
もう普通の女の子に戻れなかったらどうしよう・・・。
返り血と野宿が似合う女の子に染まっちゃったらどうしよう・・・。

「それならまだ可愛いけど、オレと一緒に来たのがなんというか、濃い人たちでさ」

いやいやいやいや、氷帝のメンツだって十分濃いよ!
というのは敢えて言わずに。

「王様なんかキレて暴れ回るし」
「ああ、氷帝の子で、そういうのはなかったかも」
「でしょ。女王様に至っては、そもそも男だし

「・・・・・・え?」

「いやね、身体はちゃんと男なんだよ、今も」
「そうだよね、びっくりした」

世界変換だけじゃ飽きたらず性転換まで施されてるのかと。
そんなことするくらいなら。
いっそあたしを女王の座に据えてくれても良かったんじゃないか。
死ぬまでに一回くらい、女王様になってみたいな、と。

「もう大騒ぎ。『如何して僕が女王なんですかッ!納得出来かねますッ!』って。
 気持ちは分からないでもないけど、ちょっとあの怒りっぷりは尋常じゃない」

あ た し の 周 り に そ ん な 人 居 な く て 良 か っ た !

ありがとう神様!

そんなこと言われたって、こっちこそ怒りたいよ!
記憶喪失でもないのに『此処は何処、私はだあれ?』ってなもんですよ!

「ずっと『帰りたいです、帰しなさい、帰りたいです』とか呟いてるし、怖すぎる。
 ほんと南とか東方・・・ってオレのチームメイトなんだけど、
 そいつらだったら良かったのに、一緒に来るにしても」

「指輪棄てたら帰れるかもって話なんだけど、あたしたちの間では。
 もしかしたら、それまで待って貰わなきゃいけないかも、帰るのは」
「だよねえ・・・」

肩を落としたキヨくんから視線を前方に遣ると。
木々の間に広がるエルフの王国が見えた。


いかにも綺麗な人がうようよ居そうな。