心強い相棒になるはずだったあっくんは
「やめとけ」と一言。
それならと誘ったキヨくんまで
「やめといた方がイイよ」と一言。
そして旅の仲間の面々に至っては
「勝手にしろ」と一言。
ああ、ああ、勝手にしますとも!


 35 With a Boy


此処まであたしの神経を逆撫でしてくれるなんて。
ほとんど歴史的快挙と言ってもいいんじゃなかろうか。
そんな恐るべき女王様の。
あたしは名前もまだ知らない。
とは言えあんな男の名前なんか知ったこっちゃなくて。

目的はただ一つ。

あのすました綺麗なお顔を『ぎゃふん』と歪めさせてやりたいだけなの・・・。

『礼儀のない女なんか、何処かに放り出してしまいなさいッ』
なんてさー。
あたし以外の子はどうにかこうにか此処、ロスロリアンに滞在する許可を得たのに。
危うくか弱い女の子一人だけ省かれそうになってたところを。
キヨくんとあっくんがどうにかこうにか取り繕ってくれて。
それにしたってこんな隔離政策は非道すぎる。

此処どこですか、トイレの横ですか、みんなはどこですか・・・?

嗚呼、ほんと、何をどうしたらあんな拗くれた性格が形成されるんだろう。
あたしはトイレの横でなんて寝起きしたくないですよッ!
この屈辱どうしてくれようか・・・ということで。
みんなが寝静まったと思われる夜。
作戦α決行です!メイデイ!メイデイ!



偉い人の私室っていうのはたいてい奥まった場所にあるもので。
きっとトイレなんかとは何万光年も離れたところにあるはずで。
夜でも仄かに明るいロリアンを行く。
最初のときは腹立たしすぎて余裕がなかったけれども。
この王国はとても幻想的で、人が想像出来る範囲を遙かに超えて美しい。
巨木の間に張り巡らされた階段と回廊と建物と。
それらを囲うものはただひんやりと曇った空気ばかり。
ツリーハウスなんかよりずっと、可憐で自然的な枝間の家。

てなものを見たところで苛立ちは消えないんです、が、ね!

あの男はあたしになんぞ恨みでもあるのか。
あたしは親の敵かなんかなのか。

「おやお嬢さん、こんな時間にお出掛けですか?」

ぶつぶつぶつぶつ恨み言を呟きながら歩いてると。
道行くエルフさんに声を掛けられて。
あらやだ、お嬢さんだなんて、ちょっとときめいちゃうじゃない。

「ええ、ちょっとガラドリエルさまに軽く用事が・・・」

ちょっと軽く夜襲を・・・。

そもそもよくよく考えてみたら、映画のガラドリエルさまはケイトちゃんじゃないか。
ブランシェットちゃんじゃないか。
アルウェンのリブ然り、ガラドリエルさまのケイトちゃん然り。
どうして悉く可愛い女の子との出会いを妨げられなくちゃいけないのか。

「奥方のお部屋なら次の分かれ道を右に、其処からずっと行った突き当たりですよ」
「ご親切に、ありがとう」
「いえいえ、可愛いお嬢さんのためですから。お気をつけて」

『可愛い』とかに気をとられてる場合じゃなかった。
このとき疑問に思うべきだったのは、彼のこの親切ぶりだったんだ!クソ!



親切なエルフさんに言われた通り、次なる分かれ道を右にずっと。
『下々の者よ、ひれ伏すが良い』
ってかんじの不遜な建物はヤツのものと思って間違いない。
扉も何もない、カーテンが掛かっただけの入口をそろっとそおっと。

「失礼しまーす。ちょっとした報復にまいりま、し、たぁぁぁ!!??」
「エルフは眠らなくても平気なんですって、便利ですねえ。んふっ」
「すみませんでしたっ!ギブ!ギブ!腕ひしぎ十字固めはほんと勘弁して・・・!」

こんな勝敗の見えきった試合なんかしたくないんです・・・。

「放したら暴れるでしょう?」
「なんすか、それ。いたいけな女の子を、カエルを前にしたコブラみたいに・・・」
寝言は寝ても言わないでください、嫌いですから。
 まあいいでしょう、放します。放すので落ち着いて其処に正座なさい」

女王様に復讐なんて、あたしのような庶民が抱くには大きすぎる夢だったんだ。
ていうか夢ですらない妄想だったんだ。
ほんと、帰らせて下さい、トイレの横でもいいですから・・・。

「僕に悪事を働こうなんて良い度胸してますねえ」
「悪事を働こうだなんて滅相もございません!」
「何を言ってるんですか、あなたずっと
 『ファッキン・サノバビッチ』
 と呟きながら此処に来たでしょう。聞こえてましたよ」

ごめんなさい、放送禁止用語を呟きたいお年頃だっただけなんです。
今をもってそんなお年頃からは卒業しましたので・・・。
ちょっと『サウスぱあく』見過ぎただけなんで・・・。

「嫌ですね、そんな下品な言葉は聞かせないでいただきたいッ」
「はあ、すみません。以後慎みます」
「いったい何ですか、何が不満なんですか」
「別に全然トイレの隣とか不満じゃないですからっ!
 『みすぼらしい』だの『女』呼ばわりされたことだのなんか
 一切全く塵ほどにも気にしてませんからっっ!」

だから早くトイレの隣に帰して・・・。
此処より良い、この状況より全然良い。

「あなた、名前はなんと仰るんですか」
「はっ!女王様のお耳に耐えうるような名前は生憎と持ち合わせてないので!」
「その『女王様』というのを今すぐやめなさい。僕は歴とした男ですッ」

『綺麗なのに勿体ない』なんて命が惜しいから口が裂けても言えない。
冗談も時と場合を考慮して発せよと、心が必死に警鐘を。

「すみませんでした。それでは何とお呼びしましょうか・・・?」
「まずは自分の名前を名乗りなさい」
「はっ!失礼致しました!わたくし不肖・と申します。
 以後忘れてくださって結構ですのでっ!」

切羽詰まれば敬語だろうが敬礼だろうがナチュラルに出来るものなんだね。
駄目だこれは。
これじゃあ立派に生きていけそうじゃないか。

「観月はじめです。よろしくして頂かなくて構いません」
「はっ!みどぅきはずめ様ですね!素敵ですね!どことなくプロヴァンスの香りが」
して堪りますかッ!み・づ・き・は・じ・め、です」
「はっ!すみません、ついうっかりおフランス的な先入観が・・・」

らフランス的な先入観が・・・。

違うか、らフランスは山形県の特産品か。

つ い う っ か り !

「いい加減その『はっ!』もやめて頂けますか、さん」
「はっ!・・・ではなくて、その、今なんと・・・?」
「いい加減その『はっ!』もやめて頂けますか、と言ったんです」

軍隊的でいいかと思ったんだけど・・・ではなくて!

「その後、その後ですっ!」
「はい?さん、と言いましたけど」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

全身に鳥肌のぷつぷつが5万個くらい出現しちゃうよ!
もうなんだそれなんだそれやっぱりイジメか
小姑的なイジメの最高技か。

「煩いですよッ!どうしたって言うんですか」
「ほんとすみません、ほんとすみません。苗字で呼ぶのだけはやめてください!」
「どうしてです、さん」

ヤツはサド公爵の血縁なんじゃないかと疑わせるくらいの微笑みで。

「あのですね、ちょっと両親に関するトラウマが・・・」
「ああ、幼児ぎゃくたいですか、嘆かわしい・・・」

『幼児ぎゃくたい』とかさらっと言ってのけるあんたが嘆かわしい。
もしあたしがほんとにぎゃくたいを受けてたとしたら。
迷わずコイツに『ぎゃくたい・リターンズ』だ。
謝れよ、ほんと実際非道い目に遭ってる子に謝れよオマエ!

「いやね、違うんですけど。もう兎に角さん・ちゃん他、
 いずれかの代名詞でお呼び下さいませ・・・」
「まあいいでしょう。僕のことは『女王様』以外でお呼びなさい」
「ではご主人様と・・・」
嫌ですよ。と主従関係など結んだ覚えはありません」
「ですが他には将軍様・大将殿・マスター・若旦那等々、
 いささか時代錯誤的な香りのぷんぷんする呼称しか残されておりませんが・・・?」

「頭おかしいんじゃないですか?」

「あの、腹立つんで一発殴らせていただいても宜しいでしょうか」

出来ればそのお綺麗なお顔にお一発・・・。
思いっきりブチ込んでやりたい、めこって言うくらいブチ込みたい。
そもそもあたしが正座してやってるのに。
ヤツは優雅にベッドに腰掛けてるとは何事だ。

「嫌です。僕にだってちゃんとした名前があるんですから、はじめでいいでしょう、はじめで」
「はじめ殿ですかはじめ様ですかはじめの兄貴ですか」
「如何してそうなるんですかッ!敬称略ですよ、敬称略ッ!」
「最大限譲歩して『はじめちゃん』です」
「金田いち少年を彷彿させて癪に障りますが、まあいいでしょう」

はっはーん、読めた。
じっちゃまの名に掛けて読めた。
コイツ、さてはみゆきちゃん好きだな?

「ですが、れいかちゃんも捨てがたいかと・・・」
「何を言ってるんですか?」
「え、あの、はじめちゃんの萌え傾向を・・・
「萌えなんての所の忍足くんにでも任せておけばいいでしょうッ!?」
「いえ、あの、萌えというヨコシマな感情を切っ掛けにはじめちゃんと
 いくらかフレンドリーな関係に持ち込もうかと。
 自分、敬語使い慣れないんっすよ・・・」
が勝手に敬語を使ってるんです!誰も頼んでませんッ!」
「え?そうなんですか?」
「そうですよ」



「あー・・・だよねえ?同い年だもんねえ?」




書き手の熱烈な意向で続きます。