36 The Scientist


『すみません 続いています はじめちゃん』
というわけで一句出来ちゃったり。
季語もなんもあったものじゃないから川柳だけども。

「だいたい敬語なんて使われると、まるで僕がをいぢめてるみたいじゃないですか」

しつこいようですが35話から続いてます。
いや、しかし、ちょっと待て、今の発言は聞き捨てならない!

「だって事実いじめてるじゃん!正座!ほら見てみ?あたし、正座!」
「ああ、そうでしたね。ではどうぞ、其処にざぶとんがあるでしょう」
また正座じゃん!マジではじめちゃん、場所替わってよ!」

あたし、堅い床に礼儀正しく正座。
彼、寝ないからろくに使いもしない無用の長物ベッドに足組み。
男と女、状況としてちょっとおかしいんじゃないのか。

「嫌ですよ。僕が退かなくても、が僕の隣に座れば済む話です」
「え・・・!?」
「その反応、嫌ですね、すごく。かなり不愉快です」
「だってはじめちゃんにも人の心が残ってるなんて・・・!」

『なまはげ』と『ら・フランス』から生まれた東北太郎、別名『夜叉』とかかと。
ていうかあたし、さっきからどうして東北地方に拘ってるんだろ。
なんかの陰謀かな。じぇだいの陰謀かな。ちんもくの陰謀かな。

「一生正座してなさい」
「やだなあ、軽いジョークだって。ね、気にしないではじめちゃん!」

愛想良くぽんっと肩を叩くと、ものすごい剣幕で手を払われて。
お美しいご尊顔でチョー睨まれた。

「敬語が抜けた途端、どれだけずうずうしいんですかッ!」
「えー、はじめちゃんかたーい!ふるーい。親父くさーい」
「馬鹿みたいな喋り方はやめて下さい。
 あ、失礼しました、『馬鹿みたい』ではなくて本当に馬鹿なんでしたね。
 失礼しました、馬鹿が伝染ると困るのでやっぱり正座してて貰えます?」

あたしこそ失礼したよ。
人の心なんか残ってなかったね、別名『夜叉』であってたね。
人格破綻とかの騒ぎじゃなくて、そもそも夜叉格で、そもそも破綻なんだわね。

「あんた、すごい良い性格してるね」
「よく言われます」
「しかも可愛くない。
 駄目だわ、はじめちゃんの顔!身体および肌の色!
 あたしの好みに直球ストライクなのに

色白だし、猫っ毛の黒髪だし、華奢だし。
天は二物を与えずって言うもんね、あたし今日はっきりとその意味を悟ったよ。
完璧パーフェクトにあたしの好みな子は此の世に存在しないんだ、きっと。

に言われても嬉しくないですね」
「もうその性格、『あたしの愛で矯正してみせるっ!』とかの欲求も湧かないし・・・」
「ぞっとしないこと言いますね、あなた」
「はじめちゃんのツッコミには愛がないね」
「ツッコミどころか心の何処を探してもへの愛など存在しませんから」

普通、そういうことをノンブレスで言うだろうか。
この子、ちょっと寂しい子なんじゃないだろうか。
親御さんはどんななんだろう。
来る日も来る日も地方興行の演歌歌手かなんかだろうか。

『パパは何処なの?』
『嗚呼はじめさん、パパは今日も鳥取で歌ってるのよ・・・』

とかそういうノリで、愛に飢えた子なんだろうか。
そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
ていうかそうじゃない可能性の方が圧倒的に高い。

「それにしても、お湯を浴びたら少しは見られるようになったじゃないですか、も」
「元が良いから!・・・はじめちゃんほどじゃないにせよ」
「貧乏くさいのは変わりませんけどね」
「・・・・あっ、そうですか」
「ちゃんと食べてます?」
「いいえ、ちっとも。ていうかそれははじめちゃんに聞きたいよ」

ちらっと見ても、細腕、細足(見えないから推測)、細首に細胸(推測)!
嗚呼駄目だ、見ちゃ駄目だ、もろタイプなんだから見ちゃ駄目だ。

「食べてますよ、失礼な。そういう体質なんだから仕方ないでしょう」
「じゃああたしも体質なのー。それよか、たぶんもう限界来た・・・」
「人のベッドに貧乏の香りを染み付けないでくださいッ!眠たいんですかッ!?」
「・・・・・・・・」

ばたっと倒れ込んだベッドは景吾のベッド並みに柔らかくて。
ああ、そうだね、寝るのも良いかも。

「眠たいんなら、さっさと帰りなさいッ!」
「ちがっ、あの・・・・ニコチン切れた・・・・
「はあ?」

『はあ?』だって!
うわあ、もう今のはじめちゃんの顔!
全国津々浦々、演歌歌手(推測)のお父様と一緒に宣伝して回りたい!
も、チョー可愛い!激可愛い!押し倒したいくらい可愛い!
帰っても良かったんだけどもね、はじめちゃんがあまりにも可愛いから。

「というわけでノースモーキング・ノーライフ!」

断固、此処で吸いますよ。
もうちょっとはじめちゃんを副流煙という名のサドッ気でいじめたい!

「ちょっと、人がマッチ擦ったらやることは一つ!灰皿用意!」
「部屋がヤニ臭くなるのでやめてください」
「いいじゃん、もういっそはじめちゃんも・・・」
「無茶苦茶言わないで下さいよッ!ヤニ臭い女は婚期を逃しますッ!」
「偏見。いいもーん、ピヨ・・・じゃなかった、べ様が貰ってくれるもーん」

そう言えばピヨに間接的に振られたんだった・・・。
『むかつく』とか言われて、間接的に『嫌いです』とか言われて。

「跡部くんにあげるくらいなら僕が貰います」
「は?え?もっぺんおねがいします?」

なんか今、常識的に考えて耳を疑っちゃうようなことが聞こえた気が。
はじめちゃん、はじめちゃん、睫毛の長いはじめちゃん。
意外にいいとこもあることに。
ちゃんと灰皿を準備してくれて。

「跡部くんにあげるくらいなら僕が貰います」

とまあ、真剣極まりない表情で。

なんだこれ、あたし結構モテるのか。
ピヨに捨てられなじられしても。
べ様もがっくんも萩も、はじめちゃんまでもが養ってくれるって?
嗚呼、違うな、モテてるとかじゃないな、勘違いするようになっちゃいけない。
『同情するならカネをくれ!』ってヤツなんだわ、きっと。

「同情するならカネを」
「古いです、年齢が疑われます。そもそも同情なんか誰がしますか」
「はじめちゃん以外はみんなしてくれる」
「あ あ そ う で す か !」

と、はじめちゃんはちょっと怒ったような顔をして。
この人、割りと沸点低いかんじの人だな、と。
思ったり・・・思わなかったり。

「だいたいなんですか、その、ピヨ?」
「傷心なのでその名前は出さないで・・・!」

この際はじめちゃんで良いよ、もう。
そう言えば性格の悪さも程度の差こそあれ、似て無くもないし。
見た目ははじめちゃんの方が好みなんだから差し引きゼロ(に近いかも)だし。
もう良いよ、なんでも良いよ。

あ あ 失 恋 ご と き で 死 に た い 。

「日吉くんでしょう?を振るなんて、彼の選択はお見事ですよ
「あんたはあたしを傷付けたいの・・・?」

灰皿にまだ長いラーク様をねじり込んで。
そのままはじめちゃんのベッドに俯せになる。
泣きたいなー、泣けそうだなー。
ちくしょう、ピヨのアホ、はじめちゃんのアホ、全人類のアホ!

「何泣いてるんですか、あなた」
「それ、ピヨにも言われた・・・」

涙は心の汗なんですとか、言う人いるけど。
そんなの嘘だ、涙は涙だ、こんにゃろう!
心の汗なんか流せるものなら流してみたいよ!

「それじゃあ日吉くんも僕とだいたい同じだと思いますけどね」
「お可愛らしいのに性格ひん曲がってるってこと?」
「まあ否定はしません」
「う・・・う・・・」
「如何して其処で泣くんですか、さらに」
「だって・・・『むかつく』って言われてー、ピヨにー・・・ううっ・・・」

もう駄目、あたし終わる、地球も終わらせる。
なんなんだよ、ピヨなんか軽い火遊びで良かったんだよ。
・・・・っていうのはかなりの勢いで嘘で。
それがほんとに嫌、すごい嫌、馬鹿みたい。

「それが何だって言うんですか。『むかつく』くらい僕だって思いますし、言いますよ」
「悪かったですね、どうせあたしはムカツク女ですよ・・・」
「そうじゃなくて・・・まあそうじゃないこともないですけど」
「うわーん。これでも人様に頼りつつなんとか生きてるんですってば・・・」
「人の話は最後まで聞きなさい」

此処ではじめちゃんの大袈裟な溜め息。
ああほんと、こんなとこまでピヨに似てやがると来た。

「僕はさっきなんて言いましたっけ」
「あたしのこと養ってくれるって。うん、いいよ。
 もう東北だろうが何処だろうがはじめちゃんの実家に引っ越す!」
「如何して僕の出身地を知ってるんですか。まあそれはいいですけど」

え?はじめちゃんほんとに東北民だったの・・・?
ごめん、ネタにしようとしててごめん。

を好きでも『むかつく』くらい言います。
 僕だって言うんですから、庶民のはもっと頻繁に言うでしょう?」
「ピヨには言わない。思ってても言わない」

だってピヨはむかつくところが可愛いっていう稀な存在なんだもん。
ピヨは特別だから使う語彙が違うんだもん。

「ほんとにむかつく人ですね、あなた」
「うっ、うっ、やっぱり・・・」
「でーすーかーらー!何処まで言わせれば気が済むんですかッ!」
「皆まで言って」

そんな怒んないでよ、悲しくなるじゃない。
あたし人を怒らせる才能しかないんだ・・・、そうだそうに違いない。
そんな才能じゃお金も稼げないというのに!

「嫌いじゃなくても、むしろ好きでもむかつくこともありますし、言うことだってありますよッ!
 だから日吉くんがのことを嫌いと決まったわけじゃないでしょう!」

ああ、なるほどなるほど。

ふうん、なるほどねー。



ええ!!そうなの!?そうかな!?あたしって振られてないのかな!?」
「そうやって感情の起伏が激しいところがまたむかつきますね」
「素直かつ正直なだけだよ」

そうだよね、『むかつく』くらい普通に言うもんね。
まさか心底憎い相手だから言ったわけじゃない・・・と思いたい。
我ながら驚異の回復力を発揮しちゃったとは思うけれども。
ぴょこんとベッドから起きあがって。
最近消費スピードの著しいマッチを擦って。
嗚呼ラーク様、ラーク様、あなたは何故ラーク様でいらっしゃるの・・・?
文句はないですけど、出来ればマルボロ様が良かったです。

「ここ数日ずっとね、ピヨのこと無視してて」
「ああ、それはもう駄目ですね、最低ですね」

当然はじめちゃんの方にも向かう紫煙を神経質そうに手で掻き消して。
咳き込んでくれないのが幸いだ。

「まだ大丈夫かな?ピヨ怒ってないかな?」
「僕なら怒る以前に寂しいですけどね、構って貰えないと」
「わあ、それいいね。寂しがってくれてたら最高だね」
「安心なさい。万が一にでも僕の推測が間違っていて日吉くんが本当にのことを嫌いでも、そのときは僕のところへ来ればいいだけの話です」
「わお。はじめちゃん失恋博士みたいだわ」

『だけの話』ってすごいな、人の失恋をあたかも感情の伴わない行為かなにかみたいに・・・。

「意味の分からないこと言わないでください。
 これぐらいで失恋博士になれる誰も苦労はしませんよ。
 悲しいに決まってるじゃないですか。
 まあ僕が失恋するなんて有り得ないですがッ」
「そだね。はじめちゃん振る女とか男とか、いなそうだよね」
「如何して男にまで振られなきゃいけないんですか」
「いや、そっち方面からもモテそうだなぁ、と」

あたしがそれ系の男だったら狙いますよ。
可愛いし、女の子より清潔っぽいし、性格も、思ってたより悪くない。
ていうか今だってきっと、励まそうとしてくれてるんだろうし。

「ありがと。なんかピヨとちゃんと話せそうな気がする」
「話してそして振られて来なさい。僕が困りますから」
「嫌だよ、意味分かんない」

つんとしたはじめちゃんの顔を見つめていて。
嗚呼、如何してこんなに長くなっちゃったんだろうと、思いました。


強制終了。