「いらっしゃい、いいものを見せてあげます」

ロリアンに滞在して早数日。
観月が気持ちワリぃ微笑を浮かべてやって来て。
そんなことを言うから。
俺には拒否権ってもんがないらしい。


 38 a Gleam on the Water


真ん中に観月、その隣に、観月を挟んで反対側、一歩下がった位置に俺。
初対面で大喧嘩をかましたくせに。
『ちょっと女王様に夜襲を』つって出掛けて以来。
なんでかこの二人は仲が良い。
どうやら事の顛末を知ってるらしい滝に聞いても「ふふふ」とか笑うだけだし。
には聞きづらいし、観月に聞くなんて論外だ。

そういうわけでこいつらがこんな四六時中一緒に居るほど仲が良い理由は。
マジで理解不能、てか分かれっつっても無理な話だ。
そもそも観月の方がを気に入ってるらしいのが気にくわねえ。
だ、なにが『はじめちゃん』だよ。アホ。
『ちゃん』付けは俺とジローで十分なんだ。アホーアホー。

「亮ちゃん、なにか考え事?」
「別に」
「こわい顔してるー」
「してねえよ」
「だそうですよ。こんな人に構うことありません、

激 ム カ ツ ク 。

なんだこいつなんだこいつなんだこいつなんなんだこいつ!

こうなりゃ持久戦だ、って勢いで睨み合いに持ち込もうと。したのに。
観月は俺を勝ち誇ったような目で見下ろして・・・。

みくだしたようにみおろして!

「んふっ」との手を引いて歩幅を広げる観月の背中を見ながら、俺は誓った。
帰ったら絶対、見下ろしてやる。
あいつよりは本来の俺の方が背が高い・・・はずだ。
どんどん離れていく二人の後を、俺は小走りで必死に追った。




此処、ロリアンには建物らしい建物がない。
木と木の間を縫って、寝るための小さいコテージのようなもの。
それから書斎や食堂といった日中の生活に必要な場所が、点々とあるだけで。
部屋と部屋とを繋ぐ廊下や階段は、剥き出しで外気に晒されている。

裂け谷も壮観だったけど、ロリアンはまた格別だ。

ところで、現代のビルみたいにはっきり分かれてるわけじゃないにしても。
此処にも一階、二階っつー括りが一応あるらしく。
俺が連れてこられたのはどうやらその一番下。
地面に程近い、ちょっとした広場みたいなところだった。

「はじめちゃん、亮ちゃん小さいんだから、もっとゆっくり歩いてあげなきゃ」
「あれくらい良いじゃないですか。僕は美しくない人は嫌いなんです
「そんなこと言ってたら世の中嫌いな人だらけじゃない!」
「ええ、そうですよ。なにか問題ありますか?」

俺が階段を下りきったら、二人は並んで長椅子に座ってまた喧嘩。
喧嘩するぐらいなら一緒に居なきゃいいんじゃねえか。

「問題ありまくりだよ!とにかく!あたしの友だちに意地悪すんな、アホ!」
「アホとはなんですか!・・・・・・それでいいんですね?
「いいよ。それだけ守ってくれれば。ごめんね亮ちゃん、置いて来ちゃって」

そこでやっと俺の存在に気付いたらしい観月は。
と俺の顔をちらちらと見比べて。
最後ににっこり俺を見つめて、言った。

「おや宍戸くんじゃないですか。置き去りにして申し訳ありませんでしたね」

背筋を薄ら寒いもんが走ったのは、俺だけじゃなかったと思う。

しばらくカチンコチンに凍り付いてたは。
正気に戻るのに軽く2分は掛かってた。

「はじめちゃん・・・それって精一杯の優しさ?」
「当たり前です。これ以上はびた一文だって出せませんからね」
「ごめん、普段のはじめちゃんの方が数億万倍いい・・・」
「つーか今の何・・・?キモっ、正直キモっ
「キモくなどありません!口を慎みなさい、愚民がッ!」

なんかコイツ、日吉と跡部を
野菜および漢方薬品と一緒にミックスジュース
にしたみたいなヤツだな・・・。

ああ、けど、それなら納得行く。

がいちばんに好きなのは、本人がどう否定したところで日吉と跡部だ。
俺は観月なんか死んでも好きになれそうにねえけど。
日吉と跡部が一口で味わえる(かもしれない)観月をが嫌いなわけがねえ。

よく考えたら、激趣味ワリぃんじゃねえか・・・?

なんてことをこっそり考えてると。
いつの間にか水差しを持った観月が広場の真ん中に立っていて。

「何してるんですか、宍戸くん。迅速にこっちへいらっしゃい」

と、やっぱりいつもの高圧的な調子で俺を呼びつけた。
逆らっても意味ねえし、渋々そっちへ向かう。
はといえば、興味もなさそうに煙草を吸っていた。

「なんなんだよ」
「いいものを見せてあげます、と言ったでしょう?」

すげえ加虐的な笑みでそんなこと言われても怖いだけだ。

俺が、出来れば遠慮したいと思ってることを知ってか知らずか。
楽しそうに、観月は銀の受け皿に水を注いだ。

!しばらくじっとしてて下さいね」
「んー、頼まれても動けないー」
「いや、それ問題アリだろ」

一瞬長椅子に寝そべるような動作を取ったは、身体を慌てて起こす。
人の目が気になったっつうより、たぶん髪が邪魔な所為だ。
最近、滝が調子に乗って毎日、奇妙な髪型を考案してるらしく。
葉っぱや花を絡めて編み上げた今日の髪型は、滝曰く『ギリシア神話風』?

・・・・・なんだそりゃ?

がやってるから良いようなものの、滝の美的センスがかなり疑わしい。
まあけど、そんな余裕があるのは喜ばしいことなんだろう。

「さあどうぞ」
「は?」
「場の空気が読めない人ですねッ!此処を除いてみなさいッ!今すぐッ!」

もうマジで、なんでそんなすぐキレんの・・・?
俺、怒られんの全然趣味じゃねえんだけど・・・?

とか口答えしたらまた怒られるに決まってるから。
言われた通り、ゆっくりと、水の張られた銀の皿を覗き込む。

「水しか見えねえぞ?」
「いいから黙ってなさい」

ほんとムカツク奴だ。

何処だっけ?聖ルド・・・ルドヴィク学院?

そこの連中、よくこんな奴と付き合ってられんな。
みたいな奴ばっかなのか、聖ルド?なんちゃら学院のテニス部は。

てなことを考えながらじっと水面を見てると。
おお?なんかもやもやと映像が・・・・。
最初に映ったのは長太郎がやけに悲しそうにこっちを見てる姿。

それからぐるぐると汚い渦が巻く。

俺たちと跡部、が焚き火を囲んでる様子が見えてくる。
そんな光景が今度は一瞬にしてあの、巨大な禍々しい目玉に変わって。
そこからは悲惨な場面のオンパレードだった。
何故かみんなが俺の周りに倒れてたり。
空を真っ黒な雲が覆っていたり。
・・・・日吉が俺に斬り掛かって来たり。

そうして、と観月が仲良く手を繋いで歩いてる映像の後。

すべてが消えて、また静かな水面だけが残った。

「どうでしたか?」

顔を上げると観月のキモイ顔がばーんとアップで入ってきて。
ちょっと咽せそうになりつつもなんとか持ちこたえる。

「いいもの、見られたでしょう?」
「いや・・・つうか、最後のなに?

どう考えてもアレだけ無関係だろ。

「ああ、あれはの潜在的な願望?
「嘘吐け」
「はい、嘘ですけどね。まあ一種の余興ですよ・・・
 というのはさておき、今見えたのが、宍戸くんの過去と現在と未来です」

過去、現在、未来・・・記憶にないのは全部、未来の話ってことか?
ちょっと待て、そりゃないだろ。
将来的にみんな死んで、俺は日吉に斬られんのか?

「非道い光景だと思いません?」

観月はそう言って、女みたいにからからと笑った。
言い返すことが出来なくて、俺はぎゅっと押し黙る。

「けれど未来は変えられます。宍戸くんが役目を果たすことが出来れば」
「俺の、役目?」
「ええ。分かってるでしょう?」

役目、使命、そりゃ分かってる、ただ思い出したくないだけだ。
果たさなければいけない、俺の役目。

そうか、それじゃあ俺はやっぱり行かなきゃいけねえのか。

脳を掻き回すイメージにぼんやりと身を委ねて。
不安が吐き気を呼び起こす。

なんだって俺がこんな目に、と誰だって思うに違いない役目。
俺だって出来ることなら手放したい、放棄したい。

簡単にいくかもなんて初めは思ってたけど、そんなことねえと分かって。
だから引き返したいと、思ってる。

「もうすぐ別れの時が来ます。どうすべきか、しっかり考えなさい」

えらく勝手なことを言い残して、観月はさっさとの元へ向かった。
広場の中央に、俺だけが取り残される。

いったいどうしろっていうんだ、俺に。

「亮ちゃん?またはじめちゃんに虐められた?」

すぐ傍に聞こえるの声が、俺を呼び覚ます。
「いいや、何でもねえ」と、首を振って。
俺は一人、その場を離れた。



いったいどうすりゃいいっていうんだ?