初めて会ったとき。
寂しそうなカオした子だな、って思って。
二度目に会えたとき。
やっぱりそれは変わってなくて。
それなのに。
普段と同じようにしか振る舞えない、ダメなオレ。
39 Miserable Kingdom 2
跡部くんたち、指輪のご一行様が到着してから半月は経っただろうか。
初対面であれほどご立腹だった観月くんも、すっかりちゃんを気に入った様子で。
まあ、来る日も来る日もケンカしてるんだけど。
それでも何処か仲良さげに喋ってる二人を、見かける。
美男美女でお似合いだな、とか。
みんな思ってるのかもしれないけど、口には出さなくて。
たぶん、そんなこと言うのが悔しいから。
で、観月くんのところともう一カ所、ちゃんが良く行くところがあって。
そっちなら気兼ねなくお邪魔出来ちゃうから。
会うなら其処でって、勝手に決めてる。
「やっほーちゃん!・・・と、あっくん」
カーテンを持ち上げた途端、他とは違う空気がもふっと鼻に入り込む。
「またテメエか・・・」
「こんなとこ来たら、病気なっちゃうよー?」
あっくんは嫌なカオを隠そうともしてくれないけど。
ちゃんはいつも、笑顔でオレを迎えてくれる。
「可愛い子と一緒に居られるんだったら、たとえ火の中、水の中、煙の中!」
オレはついこの前まで知らなかったんだけど。
可愛いこの子は結構な喫煙者らしくて。
あっくんが大量に隠し持ってた煙草を吸いに。
ちょくちょく此処へやって来てるみたい。
「可愛い子ってあっくんのこと?」
「どう考えても違うだろーが・・・」
「そうだよ!こんな白髪頭ぜんっぜん可愛くないって!」
「アア?テメエ今なんつった!?」
「・・・・・いやぁ、あっくん可愛いなぁ」
あっくんはオレのこと滅多に、ていうか全然殴ったりはしないけど。
こうやって胸ぐら掴まれちゃうと、ちょっと怖いモノがあるわけで。
茶化すことくらいしか対応策がないオレを。
助けてくれるのは、いつも決まってちゃんの笑い声。
「相変わらず仲良しだね」
って笑う、ちゃんの嬉しそうなカオ。
「どこをどうしたら仲良く見えんだ・・・」
「だって仲良いじゃん。ねー、キヨくん」
「そ、オレとあっくん親友だもん!」
「勝手なこと言ってんじゃねーぞ!」
「えー、あっくん友だち出来て良かったじゃない」
そう言って、ちゃんは煙草をちょりちょり灰皿に押しつけて。
しばらくぼんやりしてたものの。
赤い箱からもう一本煙草を出して、マッチを擦った。
「そういえば、ちゃんってどうしてあっくんと知り合いなの?」
ちょっと慣れてきたとはいえ、紫煙はオレの頭を痛くしてくれる。
吸ってる人には分からないだろうこのかんじ。
氷帝の部室には、跡部くんがポケットマネーで買ったっていう空気清浄機が
置いてあるって、ちゃんが言ってたっけ。
「どうしてだろうね?あっくん、知ってる?」
オレの気まぐれな質問に、悪戯っぽくあっくんを見つめるちゃん。
あっくんは決まり悪そうに目を逸らして。
ああ、ダメじゃん!
オレだったら絶対、目逸らしたりしないのに。
「言ってもいい?」
「無理」
「じゃあ駄目だ。ごめんね、キヨくん」
二人の馴れ初め(?)だってもちろん気になるけど。
それよりなにより二人だけの秘密、みたいなかんじで。
そっちの方がむしろ羨ましかったりする。
「俺はオマエらがなんで知り合いなのかっつーのが知りてえよ」
ちゃんとした格好をしてても、いつも通りに地べたに座って。
気怠く壁にもたれ掛かりながら煙を吐き出すあっくんは、サマになっててかっこいい。
「あっれー、あっくんってば、ちゃんオレに盗られちゃうとか思った?」
「思ってねーよ!」
「照れちゃって可愛いなぁ、あっくん!
聞きたい?オレとちゃんの運命の出会い、聞きたい?」
「あら、運命だったの?」
「運命だよっ!よし、あっくんがそこまで言うなら聞かせてあげよう!」
「なんも言ってねーだろ」
オレのテンションが軌道に乗り始めるのは。
あっくんの怒りボルテージが上がり始めるのと、大抵いっしょ。
でも、ちゃんの隣に座るなんてオイシイ思いしてるんだから。
オレもちょっとくらい調子に乗ったって許して貰える、はず。
「あれは太陽の眩しいある日のことでした」
「いらねーつってんだろーが・・・」
「そうなんだ、晴れてたんだ?」
「試合開始直前、クールにコート脇を歩く少年・千石清純は
目の前に現れた秋桜のような女の子・ちゃんに
一目惚れしてナンパしました。以上」
「みじけーな、オイ」
「呆気ない運命の出会いだね」
呆気なかろうが何だろうが、運命は運命なんだよ!
と思うんだけど、こういうこと言うと返ってくる反応は総じて『軽そう』。
まあ否定は出来ないけどさ。
だけどちゃんもそういう風に思ってたらどうしよう・・・。
それはちょっと、いただけない。
「ところであっくん。呼び出し掛かってるよ?」
がらんごろんと鐘の音がしてて、コレは王様呼び出しの合図。
なにかと仕事をさぼる王様に頭を痛めた部下の人たちが考案したらしい。
「やっぱり、あたしには聞こえないんだわ」
「こっち来てから、あっくん地獄耳だから」
王様なんて柄じゃないと、自他共に認めるあっくんは。
すごく嫌そうにオレを見ながら立ち上がって。
「テメエ、になんかしたら殺すぞ」
っていう世にも怖ろしい捨てぜりふを残して出て行った。
あはは、殺されるのは嫌だな・・・。
「王様するのも大変だね。キヨくんはお仕事ないの?」
「たぶん」
ほんとはあるんだけど、全部他の人に任せて来たし。
ちゃんが灰皿ごと椅子に移動したから、オレもその向かい側に座る。
「あんまりサボってると、アレだよ、グレちゃうよ?」
「あっくんみたいな?」
「そ。あっくんとかあたしみたいな」
次から次へと煙草に火を点ける様子を見てて。
その細い手を見てて、可愛らしいカオを見てて、綺麗に結った髪を見てて。
嬉しいのに、哀しくなる。
「ちゃんはグレてないでしょ」
あっくんだって別にグレてるわけじゃない、と思う。
素直じゃないだけで、ほんとは優しくていいやつだ。
一筋になった煙がゆらゆらと不安定に立ち昇る。
「そうかな?」って静かに笑う寂しそうなカオは綺麗で。
それがときどき凄く大人びていて。
オレなんかじゃ手の届かない子に思えてしまうのは。
ひょっとしたら間違いなんかじゃないのかも。
認めたくないことだけれど。
「どうやってあっくんと知り合ったの?」
認めたくない憶測がこの子のことをもっと知れば消え去るんじゃないかって。
それとも、オレもちゃんと秘密を持てばいいのかもしれない。
それも全部、希望的観測だけど。
「あっくんに聞こえてるかもしれないよー?」
「うん、そうかも」
「でも、まあ、たいしたことじゃないし。聞こえてたら一緒に怒られよっか」
くすくすと部屋の空気が揺れて。
そんなことされたら、息継ぎだって困難になっちゃうじゃないか。
それにあっくん、怒らないよきっと。
「あれはそれなりに曇った、雨の降りそうな日のことでした」
「オレの真似?」
「ふふ。学校に向かう道すがら、少女・は殴り殴られ蹴り蹴られしておりまして・・・」
「ええ!?殴り殴られって・・・!?」
どしてそういう状況になるわけ!?
「なんかほら、あたしショボそうだからじゃない?
喧嘩吹っ掛けられたっていっても、相手も女の子だし、
あんまり強そうな子狙うわけにいかないでしょ」
いや、なんかそれっておかしくない・・・?
目の前の女の子は、けらけらと明るくて屈託ない喋り方。
まあいっか、と思えるような。
「そこに颯爽と現れたあっくんを見て、
何故か喧嘩相手の子たちは逃げて出してくれました。以上」
「ああ、あっくん見た目怖いもんねぇ」
「ラッキーだったよー。あの時あっくんが通りかかってくれなかったら、
その場に変形した身体が・・・」
「そんなに殴られてたの!?」
「ううん。あたしじゃなくて相手の血塗れの身体がごろごろと」
「ええ!?ちゃんってケンカ強かったりする、の?」
「いや、最弱くらいじゃないかな」
だよね、見た目からしてそんなかんじだもん。
筋肉とか全然なさそうだし。
なんだ、それじゃあやっぱりちゃんがやられてたんじゃないか。
だけど、たぶん訊いて欲しくないことなのかな、とか思って。
灰皿いっぱいに溢れる煙草の吸い殻を眺めながら。
帰ったらあっくんとオレたちと三人で遊ぼうね、って言ったら。
ちゃんは今まででいちばんの笑顔をくれた。
自分の気持ちが本物だったらいいなと思う、心から。
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