ロリアンに滞在した一ヶ月。
もう何年も此処で過ごしたような。
不思議な感傷に。
思いの外、ゆっくり出来たわけでもなかったのかと。
楽しいときはあっという間に過ぎ去る、というから。
41 Farewell
べ様は此処に着いて早々、『一ヶ月と一日』っていう期間を決めてたみたいで。
ちょうど一ヶ月目の日、あたしたちは明日発つことを告げられた。
そろそろかなって予想はついていたから。
驚くよりも安堵の方が先行して。
そう、ロリアンに居ても気ばかりが焦る。
出発の知らせに唯一、不安げな顔をしていたのは若で。
きっとべ様もそれに気付いていたけれど、何も言わずに。
ただ、あたしと短く視線を交わした。
それからお世話になったエルフの人たちに挨拶して回って。
「帰ったらまた、会おうね」とキヨくんが。
「ずいぶん急じゃねーの」とあっくんが。
最後に行ったはじめちゃんに恭しくお礼を言うと。
「そうですか」と、えらく素っ気ない返事をされてしまった。
また疎遠になってしまうかもしれない湯殿や寝心地の良いベッド。
綺麗な衣装にもお別れをして、旅装束に着替える。
やっぱりというかなんというか、お洋服って気分にすごく影響するもので。
元々穏やかならざる心が、服を着替えてさらに殺伐と。
ロリアンの景色を見納める余裕もないまま出発の朝、みんなの元へ急いだ。
景吾たちと数人のエルフさんの姿が徐々に近付いてきて、小走り。
「おはよう。ごめん、待たせちゃった?」
「おはよー!」
「わっ、ジロちゃん朝から元気だね・・・ちょっと重たい」
こういうとき真っ先に飛び付いてくるのはいつもジロちゃん。
他の子はたいていそれを遠巻きに見て、苦笑い。
それから例外が、今日は三人。
「ジロー、部長命令だ、離れろ、今すぐ離れろ」
「鬱陶しいのでやめなさいッ!」
カルシウムが慢性的に不足してるらしいべ様とはじめちゃん。
終始無言で睨みを利かせてるピヨ。
ジロちゃんを睨んでるのか、あたしを睨んでるのか、
あたしには見えない何かを睨んでるのかさっぱり分からないから
出来ればやめて欲しい、と思う。
「オイ、。餞別だ、持ってけ」
「ありがと。なに?開けても良い?」
あっくんが、両手で包めるか包めないかくらいの小包をこっちに放ってくれて。
「あとでだ、あとで!」
「分かった。有り難くいただきます」
お餞別の品をごそごそと荷物の中に仕舞うと。
今度はキヨくんが満面の笑みで、正面に立ってて。
ずずずいっと右手を差し出される。
「オレもちゃんにプレゼント。手、出して?」
言われるままに左手を、キヨくんの右手の下に重ねる。
かしゃりと金属の触れ合う音がして、手にちょっとした重量感。
「箱もなんにもないけど」
「ううん、そんなの良いよ・・・これほんとに貰って良いの!?」
「もちろん。つけたげるよ、貸して」
飾りのたくさん付いた銀の首飾り。
質屋に持って行けば結構な値で引き取ってくれそうなそれを。
キヨくんは手際よくあたしの首に回してくれる。
あたしみたいな小娘および貧民がつけて良いのかと、ちょっとだけ思ったり。
「ありがとう。大事にする」
「うん、オレだと思って大事にして!」
「んふっ。たかだか首飾りくらいで調子に乗るものじゃないですよ、千石くん」
なんだってこの人は、こんな物言いしか出来ないのか。
ていうかキヨくんがいつ調子に乗ったというのか。
むしろはじめちゃんの方が調子づいてるように見えるのはあたしだけなのか。
ああ、もう、溜め息出ちゃう・・・。
「こんなこともあろうかと、僕も準備してきたんですよ」
「ええ!?はじめちゃんまで!?」
そんなに物欲しそうに見えるの?あたしって。
いかにも『飢えてます!』ってかんじ?
この調子で行けばアレだな。
貰い物だけで裕福な生活が送れそうな気がする・・・たぶん若い内だけは。
「いいから黙って目を瞑りなさい」
「あ、はい、すみません・・・」
何かくれるって言うから手を出さなきゃって、しずしず両手を出したらば。
ぱ し こ ん っ ! と 、 い い 音 で 叩 か れ た 。
「誰も手を出せなんて言ってませんよッ!」
「すみませんでした・・・」
なにさ、それじゃあなにくれるのさ。
嗚呼どうしよう、背後霊とか貧乏神とか憑けてくれるんだったらどうしよう。
これ以上ビンボーになんかなって堪るもんか!
「はい、もういいですよ」
「なに憑けたの・・・?」
「『つける』の漢字が違ってますよ!着けたんですッ!憑けてませんッ!」
ふとみんなの様子を窺うと、どうしてか揃って唖然呆然してて。
これはやっぱり憑けられたんじゃないのか、と。
思いっきりはじめちゃんにガンを飛ばしてると。
「そんなに見つめられても困ります。頭です、あたま。」
「見つめたわけじゃないんですけどもね・・・で、あたま、頭・・・?」
なんでしょう、この刺々しくも繊細な感触は・・・!?
もしかしてもしかするともしかしちゃう・・・?
「はじめちゃん・・・これ、なに?」
「何って、ティアラに決まってるでしょう!」
「だよねえ?」
カ エ ル と か が 載 っ て る 方 が ま だ マ シ だ 。
ティアラなんか載せて、どうやって走れるんですか・・・?
ティアラなんか載せて、どうやって戦えるんですか・・・?
ティアラなんか載せて野宿するアホが何処に居るんですか・・・?
「もしかしてはじめちゃん、あたしを姫かなんかだって勘違い・・・」
「するわけないでしょう。
のように貧相な女が姫君の国など終わりです」
「そこまで言うことないじゃん!あたし今からか・こ・く!な旅に出るんだよ!?
こんなの載っけて動けるわけないじゃない!」
「ああ、そうでしたね。忘れてました。じゃあ返してくださ」
「嫌。これは貰う」
一度貰ったものを返せるわけがあるか、いや、ない。
ましてや高級品なんかあたしの最後の砦なんだから。
いざというときのための換金要員なんだから。
「貰ったからには出来る限り着けてくださいね」
「うん。ありがと・・・ていうかはじめちゃん、あっち見てみ?」
あたしが指さした方を、はじめちゃんは平然と眺めて。
べ様がこめかみをヒクヒクさせながら放送禁止的な顔になってるにも関わらず。
「テメエ、俺様には何にもなしか?オイ」
「僕が貴方に何かを差し上げることなど、
貴方のこっぱずかしい応援団並に有り得ませんね」
「アーン?喧嘩売ってんのか、テメエ」
「と、言いたいところですが、こんなものが倉庫の奥深く、埃まみれで眠っていたので、
ゴミを処分する気持ちであなた達に差し上げます」
最初から素直に『あげます』って言えばいいのに。
この人、喧嘩するのが好きなんだろうか。
それとも生粋のサディスト育ちなのか。
とにかく。
エルフの皆さんが持ってきてくれたのは綺麗なマント。
どうやらちゃんと全員分あるみたいで。
それぞれお礼や文句を言いながら、受け取る。
『埃まみれ』なんて言ってたけど、どう見てもこれは新品で。
口を開き掛けたあたしを遮るように。
はじめちゃんは手ずから、緑葉の形をしたブローチでマントを留めてくれた。
軽くて、着けてる気がしない。
「ありがと」
「どういたしまして」
ぶっきらぼうにそう言って、くるりと、またべ様たちの方へ向き直るはじめちゃん。
「それからこれもどうぞ」
「ア?なんだよ、これ」
「それはレンバスといって、まあ非常食のようなものですね。
一口食べれば一日は動けるそうですよ。
だけに上げても良かったんですけどね、作りすぎたので」
「「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」」
作った、の?はじめちゃんが?
まあ確かに、料理とか得意そうに見えなくもないけど。
それにしても、そんな風呂敷包みいっぱいのレンバス?を作ったなんて。
しかもあたしたちのために。
うわあ、ちょっとした感動秘話だ。
吃驚しすぎてお礼を言うタイミングも逃してしまったべ様たちに。
はじめちゃんはなおも、一人ずつへ違った贈り物をして。
みんなもう、どう反応して良いのか分からないみたいだった。
「そう言えば跡部くん」
はじめちゃんの贈り物攻勢が一段落して。
なんとなく和やかな空気を破ったのはキヨくん。
「キミたち、追われてるよ」
「多いか?」
「うん、たぶんね。この近くに舟を繋いであるんだけど、
それに乗っていけばアンドゥインの流れに合流出来るから。
アンドゥインって分かるよね?」
「ああ、平気だ」
「なんとしてでも無事に逃げ切ってね」
キヨくんはほんとに心配そうで、平和ボケしてた感覚が一気に矯正されてしまう。
またお互いの安全を確認しあう毎日が待ってる。
「に怪我でもさせたら呪いますからね。
それから宍戸くんも、どうか気をつけて」
「いろいろ世話んなったな」
「何もしてませんよ。・・・、また会いましょうね」
「うん。今度はもっと、普通の場所で」
きっと帰れるから、みんな揃って。
「行くぞ」っていう景吾の声に、少しだけ後ろ髪を引かれる思いで。
ロリアンを後に。
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