気配に気付いたのはやっぱり萩が最初で。
気を張った表情で剣を抜いたみんなは。
亮ちゃんと若が居ないことに。
そこでようやく気が付いた。
46 Farewell for a While
気付くのが遅すぎる。
でも自分を責めてる時間はなくて。
敵の到着を待たずに川縁から走り出した景吾に続いて、あたしも。
間に合うだろうか二人は無事だろうか。
若だけじゃなく亮ちゃんの姿もないことだけが慰めで。
亮ちゃんならきっと、なんとかしてくれる。
大丈夫、大丈夫、此処を乗り切れば。
気味の悪い森の中。
転がるように駈け抜けるあたしの腰元で、ぱしぱしと。
見事なまでに技巧を凝らした角笛が揺れていた。
前方を行く景吾の背中は徐々に遠ざかっていく。
木の根を踏みつけた足が痛むけれど。
方向も定まらないまま、ただ走って。
やっとのことで景吾に追い付いたなら。
「亮ちゃん!」
「・・・」
小さなこれは、何か建物の跡だろうか。
なだらかな丘の上に苔むした柱や岩壁が崩れていて。
その影に緊迫した空気を纏った景吾と亮ちゃんが居た。
亮ちゃんの固く結ばれた拳から垂れる鎖は。
「良かったぁ・・・・」
ちゃんと此処に指輪があるじゃない。
そう思ったら全身から急速に力が抜けてしまって。
座り込みたいくらいなのだけど、危機感がそれを止める。
休みが欲しいな、ずっとずっと終わらない休みが。
しばらく叶いそうにない願いだけれど。
「俺・・・」
「行くの?」
聞かなくても知ってるけど、ほんとは。
「ああ、長太郎も一緒に」
「そっか。ごめん、あたし謝らないから」
「謝ってんじゃねえか」
亮ちゃんとあたしの傍で、景吾がどこか遣りきれないような顔をしてて。
景吾としては毅然としてるつもりなのかもしれないけど。
やっぱりそんなこと出来るわけがない。
友だちを死地に赴かせるような真似しちゃって、歯痒いだろうし。
悔しいだろうし、情けないだろうし、辛いだろうし。
「違うよ、謝らないことを謝ってるの」
「オマエ、謝んの趣味だもんな」
「はあ? 意味分かんない、あたしの趣味はピヨ観察ですよ」
名残惜しいけど、湿っぽいのもたいがいにしなきゃ。
あと少し。
あと少しで若をちゃんと助けられる。
亮ちゃんは複雑な苦笑を漏らして。
それから唐突に、握っていた右拳をあたしたちの目の前にひろげた。
「これ棄てて来るから」
「うん」
指輪がてらてらと妖しく輝いて見えるのは。
現実なのか、あたしの脳がそう見せているのか。
亮ちゃんも若も景吾もみんな聞いたはずの声。
その声が頭の先から体内に流れ込んでくるようで。
恐怖と嫌悪にかられるまま、亮ちゃんの手をもう一度握らせて。
小さな拳を両手で包んだ。
「忍足によろしく言っといてくれねえか」
「まかせといて」
「全員で帰ろうな」
亮ちゃんも侑士も、若もみんな欠けることなく。
「もちろん」
笑顔で頷いてみせると亮ちゃんもぎこちなく笑って。
そしてあたしの手からそっと、拳を抜いた。
「じゃあ跡部、あとは頼んだ」
「ああ、頼まれてやる」
「死ぬなよ」
「こっちの台詞だ、そりゃ」
普段なら現実味のない台詞が切迫感を帯びていて。
それでも景吾は薄く笑っている。
「じゃあ・・・」
「うん。長太郎にも『またね』って。それから・・・」
『気をつけてね』なんて無責任すぎる気がした。
景吾みたいに『死なないでね』なんて言えない気がした。
あたしを見上げる亮ちゃんの目は色をなくしていて。
「死んだら殴るからね」
相応しい言葉がなにも見つからなくて、そう言った。
こくりと強く頷いた亮ちゃんは徐々に遠ざかる。
小さな背中が見えなくなるまで視線を馳せていたかったけれども。
「来るぞ」
景吾の声と、耳に馴染んだ剣を引き抜く音がそれをさせてくれなくて。
そうだ、あたしもやらなきゃいけないことがある。
「ごめん、あたし若のとこ、行かなくちゃ」
行ってそして、助けなくちゃ。
「ああ、当たり前だ」
「そうだね」
此処を乗り切ればあとはもう。
景吾に背中を押されて走り出したあたしは。
亮ちゃんと長太郎と侑士だけの場所が空いた旅の輪を夢想していて。
まさかそれが叶わなくなるなんて思ってもみなかった。
まさか景吾と離れることになるなんて。
思ってもみなかった。
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