覚えてるのは呆気にとられたような若の顔と。
ぐすんと右肩を襲った衝撃。
若が剣を握って走るのが見えたけれど。
それから先のことは分からない。
みんな無事でいてくれればと。
そればかり思う。
47 Farewell for a While
亮ちゃんを見送ったすぐ後、敵の襲撃を受けて。
その場を引き受けてくれた景吾の顔もろくに見ずに走った。
腰に揺れる角笛をぎゅっと握りしめて。
「さん、あの」
水の音がすぐ傍に流れてる。
拭いきれない不安を抱きながら。
それでも若にお願いされてしまったのだから大人しく眠ろうと。
暗闇に明々と燃え盛る焚き火の元を離れ掛けたとき。
背後から明瞭な声が聞こえて、振り返る。
「なに?」
明るいものでも見てしまったみたいに、若が目を細める。
「これ、さんに持ってて貰えますか」
突き出された手にあるのは立派な角笛。
急なお願いはちょっと不思議で。
「いいけど・・・どうして?」
「なんとなく」
「なにそれ。まあ、それじゃあ預かります」
一歩近付いて受け取ったそれは、ずしりと重みがあって。
こんなものをあたしが持ってていいのだろうか。
そう思ったけれど、長い紐を肩に掛けると。
角笛はすとんとあたしの腰元に落ちた。
「お守り代わりです。さんと、俺の」
「ありがとう?」
「いいえ。こちらこそ」
若は暗く、笑ってたと思う。
がさがさと、先刻までの静けさが嘘みたいに森が騒がしい。
マントが風を受けて鬱陶しく広がる。
軽装なのに、こんなにも走りにくいのはどうして?
いっそ身体ごと此処に置き去ることが出来たら。
そうしたら思いだけは一瞬であの子のところまで運べるのに。
渇いてる所為なのかどうなのか、分からないけれど。
もう汗の一滴も出てこない。
なんだか内側に氷が張ってるみたいな。
そうして長い時間を走り続けて。
若の姿が見えたとき、そんな時間はどこかへ消えた。
若の後ろにはがっくんとジロちゃんが居て。
正面に居るのは、オークじゃないもっと大きな。
とにかくそいつが若に向かってボウガンのようなものを構えてるのが見えて。
状況が頭まで伝わるより先に、身体が動いてた。
そんなこと絶対に出来ないと思ってたのに。
人のために命を張ることなんか出来ないと思ってたのに。
頭の中は真っ白のまま、若を思い切り突き飛ばした。
手のひらにまだ、温かい感触が残ってるうちに。
右肩に、痛みも感じられないほどの衝撃が走る。
吹き飛ばされそうになりながらも、なんとか踏み留まって。
こっちに駆け寄ってくるジロちゃんとがっくんをぼんやり見つめながら。
嗚呼、矢が刺さったんだって、やっと気付いた。
さすがにかなり痛いのかも、これは。
『かも』じゃないな。
ほんとかなり痛い、ヤバイ。
もう悲鳴を上げる体力も残ってなくて。
崩れ落ちたあたしの傍で何かが弾ける音がした。
これで、あなたを助けることが出来たのかな?
→The Last part of the First Chapter
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